[0-1] 夢と記憶
その日は私――日乃元栞の誕生日だった。
大きなケーキに14本のロウソクを立て、部屋をを真っ暗にして火を吹き消した。
一回で火が消えたことよりも、消える瞬間に火の勢いが強くなったように見えたのが印象に残った。
幸せな気持ちになって布団に入り、しばらく経ってから耳をつんざくような警報の音で目が覚めた。
慌てて入ってきた父に起こされ、寝巻きから着替える暇もなく父に手を引かれて家を飛び出した。
夜の街は騒然としていた。
街中の人が外に出てどこかを目指しており、何かを怒鳴りあっていた。
私は父に手を引かれて人の波に分け入った。兄も母を連れて父と私の後をついてきており、父と何かを怒鳴りあっていた。
気がつくと私は地下通路の片隅にいた。
通路は人がごった返しており、満員電車の中のように身動きが取れなかった。
人々は何かを目指して前へ前へ進もうとしていたが、一歩たりとも動けなかった。
その時通路の拡声器から声が聞こえてきた。
内容はほとんど聞き取れなかったが「女の子が先」という単語だけかろうじて耳が拾うことができた。
それを聞くや否や、父はすごい力で私の腕を引き、人混みを掻き分けて前へ進んだ。方々から怒号が飛び、とても怖かった。
やがて、父と私は扉の前に辿り着いた。
通路の大きさに比べてとても小さいその扉は、人一人がやっと通れるかどうか、というところだった。
父がその中に私を押し込むと、私は扉の向こう側の男に捕まえられ、何かを言われて身体ごと父の方へ向かされた。
父は決然とした表情をしていた。
その隣には母と兄の姿もあった。
皆、異様な空気で私を見つめていた。
私は突然怖くなった。
皆と二度と会えないような気がして、父親に近づこうとした。
その途端、後ろの男に肩を掴まれ、身動きできなくなった。
私は必死になって父に近づこうとした。
しかし父は、そんな私を静かに見つめたまま、ただ一言こう言った。
「いきなさい」
次の瞬間、目の前の扉が閉まり、父の顔が見えなくなった。
私は父の名前を呼んだ。母と、兄の名前も呼んだ。
しかし、どうにもならなかった。
私を拘束した男が、私の腕に何かを突き立てた。腕がチクリと痛んだ瞬間、視界がぼやけて意識は寸断された。
それが、最後の記憶だった。