1-3-2 別の天幕にて
私が目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。
布製の壁と天井。
支えるように木製の梁が数多く張り巡らされている。
私の体は木製の板を組み合わせたベットの上に
横たえられているようだった。
何枚か重ねてある布越しにも、硬さが伝わってくる。
周辺の匂いから判断するに、私が気絶する前にいたはずの草原から、
さほど離れてはいないだろう。
「目が覚めたみたいね、コボルトのお嬢さん」
匂いではわかっていたのだが、私の横に座っていた女から声がかけられた。
気絶する直前に嗅いだ、鉄と獣を混ぜ合わせた匂いをこいつから感じる。
「・・・誰だ?」
唸り声を出そうと思った私の意志が自動的に翻訳される。
この自動翻訳のお陰で愛するあの人にも、
ようやく心の内を告げることが出来た。
神の力とは本当に便利なものだ。
「怯えなくても良いわ。
私はトウテツ、お前達を拾ってきたトウコツの姉よ」
トウコツ・・・聞き覚えはないが、
どうやら私は誰かにここにつれてこられたらしい。
近くにはいないようだが、愛しいあの人も、
同様にこのあたりにつれてこられているらしい。
目の前の女を改めて観察する。
薄い緑色の髪に同色の瞳。
体はまだ肉付きが薄く、口調に反して童女のようにも見える。
身にまとっているのはすけるような薄絹に、
硬そうな生地の布製のジャケット。
胸元には皮製の胸当てをつけているようだ。
自分の体を見下ろす。
いつの間にか服を着ているようだ。
元の世界では見なかったような形状の服だ。
目の前の女の着ているジャケットと同素材のようだ。
私自身の身体と、目の前の女を見比べる。
神は言った。
私の身体はあの人の好みに合わせて形作られたと。
目の前の女より、肉付きの良い身体。
これが、あの人の好みならば、
目の前の女は私の障害とはならないであろう。
ふと、ベットの上に愛しいあの人の匂いを見つける。
あの人の着ていたジャケットだ。
そういえばこの世界で最初に目覚めたとき、
私は服を着ていなかった。
そんな私を心配して、あの人は自分のジャケットをくれたというのか。
私はジャケットを胸元に抱え込み、大きく息を吸い込んだ。
・・・
「お、お兄ちゃんはどこ!?ここはどこなの!?」
あたしは頭の中にもやがかかったように
お兄ちゃんのことしか考えられなくなりました。
さっきまで冷静だったはずなのに、
なんだか怖くてたまりません。
お兄ちゃんの姿が見えないことが不安だし、
もしかすると怖い目に合わされているのかもしれないと思うと、
いてもたってもいられません。
「ここはサイカチ村自警団の天幕・・・キャンプってところかしら。
都まで天子様の奥さん候補を護衛する最中なんだけど・・・
なんだかあなた、一瞬前と印象が全然違うんだけど・・・」
お姉さんが意味のわからないことを言います。
「お、お兄ちゃんに会わせてっ!」
あたしは必死で訴えます。
「・・・んー、演技にも見えないわねぇ。
そのお願いだけど、ちょっと待ってもらえないかしら」
「ど、どうして!?まさかお兄ちゃんの身になにか・・・」
「一緒に来た男の子はぴんぴんしてるわよ」
ま、まさかお姉さん、私からお兄ちゃんを・・・!?
「お、お兄ちゃんはエルザのものなんだからっ!
こ、この・・・どろぼうねこっ!」
「いやいやいや、私の好みはあんなお子様じゃないし。
もっと苦みばしった大人の魅力が不可欠だし!
・・・じゃなかった。
あなたと男の子を合わせられないってのは、
私達の客の貴族様があなたたちに興味を持つと厄介だからで・・・」
でも、あたしはお兄ちゃんに会いたい。
お兄ちゃんもきっと不安なはずだから。
一緒に寄り添っていてあげないと駄目だと思うの。
「ごめんなさい・・・エルザ、お兄ちゃんを
独り占めするつもりなんだと思って・・・」
「目が覚めたらいきなり見覚えのない場所にいたんじゃ、
不安になるのもしょうがないか。
まぁ、もう少しだけガマンしてちょうだい。
夜になったら会わせてあげられると思うから」