1-9-2 スカート付
サイカチ村自警団は少数精鋭である。
小型とはいえ専用のヨロイを三機。
一般に流通しているものより、装備の質も良い。
狙撃すら可能な高性能の火縄。
ライフリングという異世界の技術によって
集弾効率が飛躍的に向上しているという。
そして総大将シュンテイと直掩の侍衆は、
対人戦のエキスパートといえた。
総大将を含んで総勢四名。
魔障石を生成した珠を体内に埋め込み、
自身の体を式鬼の符に見立てて、
刺青という形で呪を刻み込んでいる。
本人の資質と、埋め込んだ珠の容量による制約はあるが、
生きながら戦鬼、妖の力を振るう人間兵器である。
挟撃に遭い、天幕の多くは炎に包まれていた。
侍衆が打ち倒した敵の数は、50と3名。
一人もかけることなく10倍以上の敵を屠った事になる。
「・・・大将」
「なんだ、まだ敵は皆殺しに出来ていないぞ」
話しかけてきた部下には右腕がついていなかった。
鎧の残骸のようなものを身に着けているが、
ほとんどが弾痕と斬撃痕で埋め尽くされ、
防御効果は期待できないだろう。
自分自身も、大きな怪我は負っていないが、
それなりに消耗はしている。
「妖力切れみたいでして、腕も繋がらんのですわ・・・
あっしは、先にいきますぜ」
「おいおい、お前、俺様のカッコいい計画にケチつけんじゃねぇよ」
「・・・なんすか大将、計画ってのは」
「一兵も欠けることなく40倍近い戦力差を覆す、
最強の自警団伝説を打ち立てんだよ!」
「・・・無茶言いますねぇ・・・まぁ、
大将がそう言うんじゃしょうがねぇ。
なんとかもう一踏ん張りしてみますわ」
「気張れよ、俺様はこれから・・・あのお嬢様を相手にするんでな」
見上げれば太陽を背に、巨大なヨロイが立っていた。
上背の大きいシュンテイをして、見上げるほどの大きさ。
全体的なシルエットは板金鎧を着込んだ騎士に見える。
色は朱をベースに金の縁取り。
右腕に大盾、左腕に大剣。
名前の元となった巨大な腰垂は、獅子を模った巨大なバックルに留められている。
後背にはマント、人を模した、しかし人にあらざる瞳は眼下の炎上する戦場を睥睨していた。
「とりあえず一当てしてみないと・・・か」
全身を引き絞るように対鎧刀を構える。
全身の2つの宝珠と77に渡る珠へ神経を通すような感覚で。
点火。
全身の珠に妖力の蒼い火が点る。
作り変えられる肉体。
全身が赤く、紅く、赫くなっていく。
肩、肘、額の肉を破って黒金製の角が突き出してくる。
歯が内側から生え変わり、全てが牙に変わる。
変化し、増加する力の全てを、構えた刃に篭める。
大地を蹴れば土が抉れ、次の瞬間にはスカート付の眼前まで移動していた。
左袈裟。
振りぬいて残心。
「と、浸ってるとこ悪いんだけどサ」
ヒルダは眼前の侍に声をかけた。
恐ろしい速度で駆け寄り、斬りつけてきた侍だったが、
反応できないほどの速度ではなかった。
右腕の大盾を刀の軌道に合わせつつ、機体の重心を後ろに流す。
大業物が盾の半分まで断ち切ったのは想定外だったが、
盾のギミックで腕の捻りで刀をへし折る。
元々この盾は、対ヨロイ戦で相手の刀をへし折るための
ソードブレイカーとしてデザインされている。
無骨な大盾の裏側に、それらのギミックを仕込んでいるのだ。
通常はギミックを大盾から覗かせるように、外に出してから使用するのだが、
今回は盾の外殻を切り裂かれてしまったので、そのまま使用したのだ。
左腕の大剣の峰で侍を薙ぎ払う。
全力の攻撃の直後だったためか、無防備に吹き飛ばされ、天幕を一つ破壊したようだ。
「父様には、皆殺しにしろ・・・と言われているガ」
周囲には燃え上がる天幕と、惨たらしく殺された仲間たちの死骸。
敵方の死体は一つも生産されていない。
「これだけの力ある集団を・・・もったイな気はするな」
ヒルダに山賊に対する仲間意識は薄い。
別に他の山賊団との同盟だから、というわけではなく
そもそもヒルダの価値観には力と血縁しかないのだ。
父への敬愛、亡き母への慕情。
それ以外は強いか弱いか、使えるか使えないかだけだ。
ヒルダはヨロイを乗りこなす才能があったため、
自らの操るアンネローゼの戦力が、基準となっている。
山賊同盟には一律価値がない。
有象無象、その他大勢だ。
それに比べて、この自警団は素晴らしい。
小型のヨロイは3機掛りならアンネローゼを上回る戦力だ。
先程の侍も、不意を打たれていれば負けていただろう。
「残念ダよ」
天幕から飛び出し、こちらに殴りかかってくる侍を盾で横殴りに迎撃する。
ついでに盾裏から取り出した投擲用の釘を投げつける。
両腕と両足を貫き、地面に固定。
「・・・先に第二目標とか言われてイる天幕から片付けるカ」
天幕郡の中央。
他の天幕とは色合いの違うそれは、周囲の天幕が燃えているにもかかわらず、
ほとんど被害を受けていない。
天幕に近づく。
今回の襲撃に際してのスポンサーが、
この自警団が警護している宮女と貴族を殺したいのだと聞いている。
大きく剣を振りかざし、唐竹割りに振り下ろす。
と、地面に到達する前に違和感。
強引に振りを止められた感覚。
何かおかしなものに刺さってしまったのかと剣を動かそうとするが、
びくともしない。
「・・・なんらカの術か?」
確かに自警団には陰陽術師が一人いると聞く。
都に上れば陰陽寮でも上位に入るだろうと言われている逸材だそうだ。
しかしヨロイの物理攻撃に対応できるような陰陽術など聞いたことがない。
そんなものがあるのなら、真言装甲とともにヨロイに搭載すれば無敵ではないか。
剣が使えないのであれば焼き尽くすまで。
いくら真言結界があるとは言っても、
先程切り裂いた穴から砲撃を行えば逃げ場もなく焼き尽くせるだろう。
ヒルダはバックル状になっている火砲の照準を、
剣の刺さっている天幕の裂け目にあわせる。
と、衝撃。
剣が上に大きく跳ね上げられ、
それを握っていたアンネローゼの機体もバランスを崩して後ろにふらついた。