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hands  作者: けいつー
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終わりの始まり

物心がついた頃には、干草が寝床になっていた。

別に自分にベッドが無い訳ではない。

自ら、この場所で寝ることを選んだのだ。


両親から牛達の世話を任された当初、みんなが警戒して餌を食べてくれない時期があった。

幼いながら、なんとか群れに溶け込もうと試行錯誤した結果、時間の許す限り彼女達に密着することを決め、牛舎で寝ることにしたのだ。


その甲斐あってか(本当のところは牛のみぞ知る)群の長であるヨウコ(ちなみにこの牛舎には乳牛しかいない、みんな雌牛である)が心を許してくれるのに要した期間は2週間足らずであった(もっとも、これが長いのか短いのかは知る由もないのだが)。


牛達と仲良くなる為に始めた干草ベッドであるが、実は寝心地抜群である。

山積みされた干草に巨大シーツを広げてそのままダイブする(一度、シーツ無しで寝たことがあるが、寝返りをうつ度に埋もれていき、窒息しかけた)。

適量の干草で全身を覆うと、陽だまりのなかで溶けるように眠れるのだ。


今日も今日とて安眠に耽っていると、いつもにも増して暖かい空気に包まれている気がした。

冬が存在感を如何なく発揮している季節のはずであるため、なんとなく不思議に感じたが、

完璧な寝床が覚醒を妨げる。目を開けようか考えた刹那、柔らかい声が遠くから聞こえた。


「ねぇ、そろそろ起きましょう?」


「・・・」


「ねぇ、まだ眠いの?」


「・・・」


「ねぇ、そんなに私と寝るの、気持ちいい?」



干草の山から転げ落ちた。


目の前には不敵な笑みを浮かべる幼馴染がいる。


「あら、今日は随分と大胆な寝相ね。」


「てめぇ、普通に起こせねえのかよ。」


「心外ね、私に抱きついて頬ずりしていたのは誰かしら?」


「・・・次に俺のベッドに入ってきたら、二度と口聞かねぇからな。」


心臓が早鐘を打つのを悟られないように冷静を装った口調は、少しぶっきらぼうになってしまった。

相手が怒っていると勘違いした幼馴染は、しゅんと顔を伏せてから


「ごめんなさい。そんなに怒るとは思わなくて、お願い、許して?」


と上目遣いで媚びるように謝罪した。

それを見て、今度は顔面が紅潮していくのを必死に堪えながら


「別に怒ってねぇよ。俺も言い過ぎた。悪かったな。」


「じゃあ許してくれるの?」


顔を伏せたまま、泣きそうな声で囁くように訴えてくる。


「許すもなにも、いつも起こしてくれてありがとうな。気にしなくていいからこの話は終わりにしよう。」


「うん、ありがとう。」


大袈裟に肯いた彼女の目には「してやったり」の色が残っていたが、彼が気付くことは無かった。




ここはリンネ村。世界を統べる王都シュバインから南西300Kmに位置する小さな村である。

この世界に地図は存在しない(少なくともこの村には存在しない)。王都やその他の町や村の位置は、村長やシスターから教わる。そしてこの世界の外周はウミと呼ばれるもので囲われていて、ウミへ出る行為は固く禁じられている。もっとも、ウミへ出る手段は手漕ぎボートくらいなものなので、そのような行為に出る者はいないのだが。



「おはようございます、シスターカノン」


いつも通り、予定より早い起床から牛達と一緒に朝食を済ませ、幼馴染と一緒に教会へ赴く。

この村には学校という制度が無い。

その代わり、9歳から12歳の子供達は教会でシスターから一般教養を学ぶ。

また、誕生日を迎えた子供達から順番に教会へ通う為、入学式や卒業式のような制度は無い。

教会で学んだ後は、それぞれ一人前として社会へ出て行く。と言っても、親の仕事を継ぐのが慣わしとなっているリンネ村では、教会へ通わずに親の仕事の手伝いに専念するといって差し支え無い。

13歳の誕生日を迎える前夜、教会では成人の儀式が行われる。

その儀式では、普段は村に住んでいない、王都のシスターがやってきて式を執り行う。


そこで神の手が授けられる。


ヒエンは2日後に13歳の誕生日を迎える。教会で学ぶのは今日が最後だ。

長年お世話になったシスターに対し、感謝の意を表するべく深くお辞儀をした。


「おはようございますヒエン、ミレイ。今日も元気そうですね。」


ミレイというのは幼馴染の女の子だ。

彼女は来月13歳の誕生日を迎える為、もう暫く教会でお世話になるのだが、

いつも通りに礼儀正しいお辞儀をしている。


「はい、シスターカノン。今日もよろしくお願い致します。」


リンネ村に9歳~12歳の子供は、ヒエイとミレイを含めて5人だけだ。

しかも残りの3人は、9歳のミレイの弟であるヨシキ、10歳のナオとヤン(双子である)なので、同じ講義を受けるのはヒエイとミレイだけである。



「今日の問題は少し難しいから頑張ってね。」

「げっ、もう今日で最後なんだから勘弁してよシスター。」

「いけませんよ。先人が培った知識をに伝えるのは、村民の義務ですからね。さぁ、そろそろ中へ入りなさい。」




「今日の計算問題には参ったな。」

その日の講義を終えた二人は、家路の途中である。


「そんなことないわよ。ヒエンは苦手意識が強すぎるのよ。」

「でも必要ないだろ。なんで三角形の角度を求めるのに、分度器を使わないんだよ。」

「『でも』は言わない約束でしょ。頑張ったご褒美じゃないけど、今日のお昼ご飯は期待していいわよ。」

「てことは、今日はミレイの親父さんが作ってくれたの?」

「そんな失礼を言う人には食べさせません。」

「ごめん、悪かった。」

「分かればよろしい。」


他愛も無いやり取りをしているうちに、牛舎の前まで辿り着いた。

手早く牛達を牧場に放ち、二人はヒエンの部屋(牛舎の寝床ではなく、母屋の部屋である)でミレイが持ってきてくれたバスケットを開けた。


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