けも耳っ!!
異世界トリップとか、以前のあたしは憧れだった。自分の知らない世界に行って、恋をして、涙と共に帰る。そんな筈なのに――。
「いやぁぁ!! こっちくんな――っ!」
背後には黒いコートを着て、銃を構えた方々。悲鳴を上げながら全力で逃げると、目の前に煉瓦で作られたボロい家が見えた。
「助けて、朱っ!」
ばん、と音を立てて扉を開くと、「あ?」と不機嫌そうな声が聞こえた。女の子のピンチだぞ、二つ返事で請けなさい……ん?
ぽた、と茶色い床に垂れた水。それを辿ると、シャワーでも浴びたのか、濡れたシュウの赤い髪と耳。それに――筋肉のついた上半身を惜しみなく露出している。何もやましい事なんてない、とでも言いたげな表情のシュウは、「何」とこちらを睨みながら白いタオルで髪を拭く。
「……な、な、」
「なんだよキモイな。じろじろ見んじゃねぇよ」
「服を着ろ露出狂猫――――っ!!」
その時、鍵を閉めたドアがけたたましい音を立てて蹴破れた。
☆ ☆ ☆
この国は、言わば異世界。あたしの住んでいた世界と全く違う。特にどこが違うかというと、耳と尻尾だ。
なぜかこの世界、人間に動物の耳と尻尾が付いている。犬、猫、狼、栗鼠、鼠、兎、豚、エトセトラ。統一感がないその国は、王を決めるのも大変らしく、つい数年前までは戦争が行っていた程だったと聞いている。
そんな国が、数年前から決めたルールがある。
『王になるには、異世界から来た“餌”と呼ばれる少女の唇に噛み付く事』――。
つまり、“餌”の唇に噛み付けば、例えどんな下級の人でも王になれると言うことだ。
そして、王が死に、今回もまた、“餌”と言う可哀想な少女が送り込まれる事になったのだ――。
そのあたしも、数日前まで普通の女子高生をやっていた。名前は夏野蒼。紺色に青いラインが入ったブレザーに、水色のスカート、同色のネクタイ、白いYシャツ。学校に帰って来てすぐ後の、まだ着替えてすらない状態だった。
お母さんに言われて渋々着替えようと思ったとき、ベランダの手すりの上に、灰色のロシアンブルーが歩いているのを見た。飼い猫のように綺麗だが、首輪が無い。不思議に思ってベランダに出て、猫に手を伸ばす。
「迷子かな? おいでー」
その瞬間、
……ぼきぃっ。
「あへっ?」
体重をかけていた手すりが折れて、あたしは宙に放り出される。
「きゃあぁぁっ!」
横を見ると、信じられない顔でこちらを見てくるロシアンブルーの子。
ご、ごめんなさい……。
余りの怖さにその子を抱き寄せ、視界がシャットダウンした。
目が覚めると、獣耳と尻尾をつけた人間……らしき方々があたしをじとりと見ていた。会話を聞くと、ここはお城らしい。品定めするようなその視線に耐えられなくなって床に座り込むと、足に何かふわふわしたものが触れた。
何だろうと思い見てみると、あたしのお尻についた、青がかかった灰色の尻尾。毛並みは良く、頬ずりをしたい。さらにピカピカに磨かれた床を見ると、尻尾と同色の猫耳まで付いている。
「……っな、何これ――」
「目が覚めたか」
凛とした声。思わずそちらを向くと、犬によく似た耳――狼だろうか――と、フサフサの大きな尻尾を持った黒コートの男性が立っていた。顔は人形のように整っていて、漆黒の瞳は奥深く吸い込まれる。
「……歓迎しよう。今回の“餌”、蒼。俺の名前は狼の黒だ」
行きなり自己紹介をされても困る。だいたい、この尻尾は何なんだ。
一気に訊くと、説明をされた。“餌”の事、この世界の事、彼の事――。
どうらや彼――クロは、前回の王の唯一の息子らしい。女の子ばっかり産まれたが、クロだけ男で産まれた、と。王の決め方は“餌”の唇に噛み付く事だが、基本は王子が噛み付き、王になる、と。なので明日のお披露目会であたしはこいつに唇を噛み付かれなくてはいけない、と。
って、冗談じゃないわよ!
……兎に角こっそり城から抜け出す事に成功したあたしは、偶然見つけた猫のシュウ、兎の白、犬の黄々と一緒に住むことになったのである――。
☆ ☆ ☆
「見つけたぞアオ様っ! 早く王子に噛み付かれろ!」
黒塗りの拳銃を構え、大声を上げる城の使いの豚耳の男性と、栗鼠耳の男性。
ちょっ、これはヤバいんじゃない……? 相手は二人とは言え拳銃を持っている。一方のこちらはか弱い猫とやる気のない露出狂だ。一応シュウは本気を出せば強いが、ハクとキキがいないと何もしないだろう。
「って、そう言えばハクとキキは?」
「街に買い出し行ってる」
「ふうん」
「……っおい! シカトするんじゃねぇ!」
呑気な会話をしているあたし達に、涙目で反論する城の人。今にも引き金を引きそうだ。
「……無闇に家壊されたら困るんだよ」
そう言って、シュウはズボンのポケットから黒い、楕円形の物を取り出した。先端には紐が付いている。
「あ、それ……手榴弾?」
ヤバくない? と反論するも聞く耳持たず。持っているのは赤い猫耳だけみたいだ。
「じゃあな」
ぴん、と先端の紐を引っ張り投げつける。
「逃げるぞ」
「えっ、」
ひょい、とあたしの腰に手を回し俵担ぎにすると、森の奥に向かって走る。
「え、いやお家!」
「面倒だなぁ、お前が倒せっつったんだろ」
いやそうだけども。限度がある、っ!?
背後で聞こえた大きな爆発音。それを確認してからあたしは溜め息をついた。
猫に拾われたものの、危険度は狼と一緒の気がするんだよなぁ……。
もう少ししたら帰って来るであろうハクとキキの顔と、元の世界であたしを心配していると思う家族の顔を浮かべて、また深い溜め息をついた。
あたしの獣耳は、まだ垂れ下がったまま。
馬鹿な話が書きたい! と思って書いた物です
ハクとキキ……キャラ決まってるのに登場できず←
さらにモモ何て名前すら出ない←
続編……書こうかなぁ……
人気次第ですね( ̄∀ ̄)