がんばれ美香子「なにそのタイトルやめてよ」
「ちょっと何よあれは! どういうつもりなの!」
四畳半の狭い部屋で、桜木美香子は壁に向かって叫んでいた。
「ねえちょっと! 聞こえてるのあんた!」
その薄い壁の向こう側には、ミュージシャンを夢見て上京してきた若者が住んでいるが今は留守だった。本来なら美香子の大声で大迷惑を被っていた彼は、今は駅前でストリートミュージシャンを気取っている。
「ちょっと聞こえないフリしないでよ、なんなのあれは。約束と違うじゃん!」
時刻は夜九時。季節は五月。月が綺麗な夜だ。
「あんたに言ってんのよ、あんたに! 何が月が綺麗よ!」
……。地の文に話しかけないでもらえるかな。
「何が壁に向かって叫んでいた、よ。まったく……それにしても隣の彼、気取っているは酷いんじゃない。最近固定客もついてきたみたいだし、意外と有望だよあの人。……ていうか、それよりタイトル! なんであんなダサいタイトルなの!?」
だいたい、タイトルの最中に割り込んでこないでくれよ。おかげで訳のわからないタイトルになったじゃないか。
「どうせつけるなら「美少女美香子ちゃんのハートウォーミング・ラブストーリー」が良かった」
短い言葉の中に随分嘘を混ぜたものである。
「混ぜてない! 一つも混ざってないよ」
そしてそれも十分ダサいということに美香子は気づいていないのだろうか。
「え。そ、そお……? ダメだった? ……ていうかそのナレーション口調やめてよ。なんか私無視されてるみたいじゃん」
大学生になり、学生寮に入ったと田舎の親には嘘をついている美香子。入学早々、質の悪い男の先輩に遊ばれ、はやって同棲を決意した直後に失恋。アパートに一人で住むハメになった。
「だーかーら、そのナレーション口調を……てか、遊ばれたなんて人聞きの悪いことを言わないでよ。失恋てのも違うし。その、ちょっとしたスレ違いが続いてぎくしゃくしてきちゃったから、一旦冷却期間を置こうってことになっただけで……」
冷却中なのは美香子だけである。相手の辻村竜二(24)は次の相手と早速熱い日々を送っているのだ。
「え!? なにその話。マジなの? ねえ、どういうこと? 相手って誰なの?」
美香子は知らなかったが、その相手とは……。
「……」
……。
「……」
……。
「……ちょっと、急に黙らないでよ。誰なの、次の相手って」
月が綺麗な夜である。
「話そらしてんじゃねえよ!」
興奮するとすぐ口が悪くなる美香子である。しかしそう口にしてみたものの、美香子は次の相手のことなど気にしても仕方ないと思い直し、あんな男のことなど何一つ残らず綺麗に忘れることにした。
「いやいやいや。忘れることにしてないって。いいから答えて。誰なの次の相手って」
そして綺麗に忘れることにした。
「そして、じゃないでしょ。順接で繋げないでよ。繋がってないから」
忘れることにした。
「ねえ、まさか弘美? それとも玲子? あ、まさか春香さんじゃないよね」
美香子は時雨沢春香のことなど忘れることにした。
「あ、図星? え、やだ本当に春香さんなの?」
辻村竜二の新しい恋人だなんてことは全然ない、時雨沢春香のことなど忘れることにした。
「ちょ、ほんとに春香さん? あ……あの女っ!」
美香子は叫ぶと携帯電話を手にした。一体何をするつもりかと言えばどうやら春香に電話をしようとしているらしい。しかし急に冷静になり、電話をするのをやめてお茶を飲む美香子。
「あ、出た。もしもし春香さん!? ちょっと今いいですか? 話あんですけど」
そこで急に冷静になり、電話を切ってお茶を飲む美香子。
「竜二と付き合い始めたってホントですか?」
しかし春香は留守だった。留守電相手に文句を言っても仕方がない。電話を切る美香子。
「な、なんなのそれ! あんたどういうつもり!? 私が竜二とうまくいってなかった時相談したじゃん! いい先輩だと思って相談したのに!」
春香が平謝りに謝ったので、美香子の溜飲は下がり、もう綺麗サッパリ竜二と春香のことなんてどうでもよくなり、お茶を……。
「酷いじゃん! え? あの時は応援してたけど別れたら関係ない? 何それ! 別れてすぐっておかしいでしょ」
そこで冷静になる美香子。こんな夜中に電話で怒鳴り散らしてはいけない。美香子は電話を切り、お茶を……。
「じゃあ何!? 実質ふたまたかけてたってこと!? ちょっとどういうこと?」
お茶を……。
「え、ちょ、後ろにいるの誰? まさか竜二? 竜二いるの!? 出せよこらっ! 竜二いるんなら出せよ!」
お茶を。
「竜二!? ちょっとどういう……。え? うざっ……うざいって……どういう意味……。……え、それ酷い……な、何よそれ! 何よそれぇ!」
……。
「こっちが願い下げよ! 竜二なんか死んじゃえ! 春香も死ね! もう二度と顔見せんな!」
ピッ。
……。
「うっ。うっ……」
……電話を切った美香子。落ち着いてお茶を飲む。
「おちゃ? お茶が何よぅ……うっ。ひぐっ。ぐすっ」
……泣き出す美香子。ベッドに突っ伏して、すすり泣く美香子。
「うわーん!! わーん! くそっくそっ。あんなやつ。畜生!」
ドスン。
壁を蹴ったような音がどこからか聞こえた。
「私が蹴ったんだよバーカ! どーせあのヘボミュージシャン気取り、いないんだからいいだろ!」
……。さっき有望とか言ってたくせに。
「うわーーーーん。何よー。私バカみたいじゃん……」
……。だから、言ったじゃないかよ。
「……何よ」
あんな男なんてやめろって。
「言ってなかったじゃんよ! 私知ってるからね。あの時はあんた、他人事だったじゃん。『美香子は目の前でいたずらっぽく微笑んでいる都会的な男性にすっかり心を奪われていた。既に二人を残して皆はカラオケに行ってしまった。早く合流しましょう、そう言おうとした矢先に男は囁くように言った。飲み直さない? 美香子は目を見開く。拒絶の言葉は胸にしまわれていた。私ももう女子大生。野暮ったい田舎娘じゃない。都会的で女性の扱いに慣れた男にはどこか危険な雰囲気も感じるが、美香子は頷いていた。憧れていたキャンパスライフがここから始まる……』ほら、こんな調子でナレーションしてたじゃん。私の心の中まで適当にアテレコしてさ。全然やめろとか言ってなかったじゃん」
それはその……こっちにも都合があってな。一応ほら、『女性の扱いに慣れた男には……』ってあたりに危険信号を出していたつもりだ。
「ばっかじゃないの? 女性の扱いに慣れてるののどこが危険信号なの? モテる男の必須条件でしょ」
いや、恋愛物に出てくるその手合いは大体ろくな男じゃないんだけどな……。
「それは男目線でしょ? 女目線じゃ逆なんだから。奥手で女と話したことがないような男と付き合うのって、女の子からしてみたら、たい、へん、なの。女の子から話題振らせるなんて最低よ。わかってる? 私はそんな疲れる恋愛なんかしたくないの。いい? 美少女美香子ちゃんが突然モテない君のところに押しかけて、モテない君大ラッキー! みたいな話なんてごめんだからね。逆よ逆。美香子ちゃんのところに素敵な男がわんさかやってきて選り取り見取り、さあ困ったわどうしましょう、そういう話でひとつ頼むわよ」
……それがハートウォーミング・ラブストーリーか。それでいったい誰の心が温まるというのか。
「私の心が温まるのよ」
さっき泣いたカラスはどこへやら。美香子は意外に元気だった。ベッドの上にドスンと座り、あぐらをかくような体制から足の裏を合わせ、体を前へ倒す。
「ふん。元気? 強がってるだけだってわかんないの? ていうかあんたも大変ね。ナレーションモードやめれば?」
謎の礼拝のような姿勢で悪態をつく美香子。
「ばか。柔軟体操よ。美少女には体の柔らかさが必須条件なのよ。お通じも良くなるし」
美少女はお通じとか言わない。
「やれやれ。女の子に夢を見たいのね」
しかしまもなく成人を迎えようという女が美少女とはいささかキツいものがある。
「何言ってんの。美少女に年齢は関係ないわ。ていうか私こないだ十九の誕生日来たばっかだし。二十なんてまだまだ先じゃん」
美少女を名乗っていいのは高校生までだ。
「ああつまり、あんたロリコンな訳ね」
壁に向かって独り言を言い続ける美香子。
「ねえちょっと、図星だからって逃げるのはよくないよ」
壁に向かって独り言を言い続ける痛々しい美香子。
「む。……いいわよ、そっちがその気なら……」
突然美香子は立ち上がり、手を腰に、いや腰じゃなくて脇腹か、右手は脇腹で左手は太ももの、あ、左じゃなくて右の太もも、その膝からこぶし一つ分くらい上のところで手をパーの形に、いや中指だけ第二関節で曲げて置いて、右手はチョキの形で水平に、いや水平じゃなくてコの字型に動かして……。
……。
要するに謎のポーズをした。
「あ、投げた。ナレーション放棄ね。謎のポーズって何よ? ちゃんと説明しなよ。ほら、首も曲げてるよ? 角度は?」
そう言いながら美香子は首を……えーと、斜め四十五度くらいに曲げ、右目をつぶり、そのまま左足を膝蹴りするように上げて片足立ちになった。
「残念ー。右目はつぶってませんでしたー。薄目あけてますー」
……。美香子はバランスを崩して世にも間抜けな姿勢のまま転倒した。
「してませんから。何腹いせに適当なことを言ってんの」
これが本当にうら若き乙女なのか、いやこれはもう初老のオランウータンだ、誰もがそう言うであろう容姿の桜木美香子。
「ちょっ。誰がオランウータンっ! 一回も言われたことないから!」
恵まれない容姿に愛の手をという募金でポルシェが買えるくらいの金額を集めた桜木美香子。
「完全な嘘よ完全な嘘。ちょっと、言っとくけど私どっちかと言えば恵まれてるほうだからね。誰もそう言ってくれたことはないけど、でもえーとあれだ、そう、小学校五年生の時なんかホワイトデーにチョコ貰ったほどだからね!」
それが人生で唯一の自慢である悲しい美香子。
「やめて! 本当に悲しくなるから! そりゃあ、今までの人生あんまり浮いた話もなかったけど、大学入って変わったんだから」
変わったは変わったが、残念な変わり方である。遊びサークルの先輩にコロッと騙されて酔った勢いでほいほいホテルに付いて行ってしまうような女になってしまった。
「ちょ、そ、そんな言い方……」
そしてホテルにつくなりベッドを吐瀉物で汚し、介抱するのに疲れた辻村竜二に半ば突き飛ばされるようにタクシーに押し込められる女になってしまった。
「えっ……私そんなだったの? 記憶無かったから……なんだ、てっきり……」
翌日以降、辻村竜二と美香子はつきあい始めた。……と美香子も周囲も思っていた訳だが、肝心の竜二が美香子の手を握ってこようとさえしなかったのはそういう訳である。
「……いや……恥ずかしがってんのかと……」
どうしてラブラブだなんて錯覚できたのであろうか。恋は盲目にもほどがある。
「もう……やめて。私が悪かったから」
……。
かつて桜木美香子は、おとなしい少女であった。
「え……。何よ、急に回想?」
小学校五年生の頃……。
「ちょ、ホントやめて」
*
小学校五年生の頃……。
「はいはいはいちょっと、ほんとやめてって言ってるでしょ。回想シーンとか勝手に入れないでよ。私は今を生きる女なんだから」
桜木美香子は、おとなしい少女であった。
「やーめーろって言ってんの。どうでもいいでしょ。はいはい回想終わり終わり」
クラスでも目立たない存在で、友達も少なく、休み時間は一人で本を読んで過ごすような少女であった。
「もう、聞いちゃいねえ。それならほら、この姿勢はどうだ! 描写しなくていいの? 凄いことになってるよ」
だがそんな美香子に、思いを寄せる少年がいた。
「だーっ。もうやめてってば。お願い。ホントお願い。あの話はやめてほんとに」
それは同じクラスの小林健太であった。転校生だった彼は、クラスにうまくなじめていなかった。だからこそ同じようにクラスで一人寂しそうに過ごす美香子に興味を持ったのかもしれない。
「わーっ。わーっ。わーっ」
小林健太が同じクラスにいた期間は短い。彼は親の都合で頻繁に転校を繰り返していた。二学期の途中で越してきたと思ったら、三学期が終わって新学期にはもうお別れだった。同じクラスにいたのは半年ほどの間だった。
「わーっ。わーっ。……はぁ、はぁ。……今日はしつこいわね……」
小林健太は、美香子となんとか仲良くなりたいと考えていた。それで休み時間に話しかけた。何の本を読んでいるの?
「わかったわよ。いいから回想シーンやりなさいよ。ずっとナレーションで続けるのも疲れるでしょ」
*
「何の本を読んでいるの?」
「……え。えっと……これ」
美香子は声をかけてきた少年にびっくりしつつも、本の背表紙を見せた。
「『家政婦は五度死ぬ』……えっと……推理小説?」
「う……うん」
「死にすぎじゃない?」
おいちょっと美香子、回想シーンの途中でツッコミを入れるのやめてくれ。
「だって五回だよ? しかも家政婦なのに」
うるさいな。これは当時君が読んでた本だからな。えっと、今の2つのセリフはなしな。過去には無いセリフ。いいな。わかったな。じゃ続けるぞ……。
美香子の返答に、小林健太は感心した。推理小説なんて大人の本を読んでいるなんて凄い。健太はと言えばほとんど本を読んだことがない。児童書でさえも。活字が苦手だった。
「面白い?」
健太がそう聞いたのは純粋な好奇心からだったが、美香子は責められたのと勘違いしたのか、怯えたようだった。
「お……面白いよ……」
「ふーん」
そして、会話が途絶える。健太は何を言ったらいいのかわからなかった。美香子が不安そうに返す。
「な……なに?」
美香子は訝しんでいた。転校生が来たのは知っていたが、特に興味はなかったし、興味を持たれるとも思っていなかった。だのに話しかけてきた。暇をもてあましていじめにでも来たのだろうか。害意があるのかどうか、それが目下のところの懸念事項だった。
「懸念事項なんてそんな難しい言い方しないでよ。小学生なんだよ? わかってんの?」
だから、出てくるなって十九の美香子は。今は小学五年生のシーンなんだよ。いいな? 黙ってろよ。……わかった? じゃ、続けるからな。
健太は、何? と言われて戸惑ったが、とにかく会話をしたかったので訊いてみた。
「ねえ、一人で読んでて面白いの?」
「え……うん。面白いよ。それに本読んでる時は一人じゃないよ」
「そうなの?」
「うん。一人じゃないよ。いっぱいいるんだよ。この中に」
「誰がいるの?」
「えっと……」
美香子は冒頭の登場人物一覧のページを見せた。
「探偵さんと……助手と……」
「こいつら全部出てくんの?」
「うん。出てくるよ。あ、この人はさっき死んじゃったけど」
「死んじゃったの!?」
「だって推理小説だもん」
「可哀想だなー」
「そうだね。でもこの人が死に際に残したメッセージのおかげで、犯人がわかるんだよ」
「よくわかんねえ」
「死んじゃったけど、人の役に立ったってこと」
「でも死んだら意味ないじゃん」
「意味なくないよ。もちろん死んじゃうのは可哀想だけど、意味ないなんて言ったらもっと可哀想だよ」
「ふーん。ちょっと見して」
「あ、取らないでよー」
健太は少し読んでみた。
「はんにんは、つきあかりのしたで、チロ……」
「それ舌だよ。したって読むの」
「した……なめずりを……。ダメだ疲れた。読んで」
「え……。う、うん。犯人は月明かりの下で舌なめずりをした。おびき出したターゲットを待ち構える。約束の時刻、家政婦がキョロキョロとあたりを見回しながらやってきた。犯人は物陰から姿を現すと哀れな被害者に襲いかかった……」
「なあ、これ推理小説ってやつなんだろ? 殺すとこ書いたら犯人わかっちゃうじゃん」
「え、わかんないよ。犯人としか書いてないし……」
「でも、この文を喋ってる奴は犯人見てるじゃん」
「え、だってこの文は地の文だよ」
「ジノブン? そいつは誰なの?」
「誰でもないよ。お話の中には出てこない人。喋ったりしないよ」
「じゃあそいつは犯人知ってるのに、黙ってるのか? 教えてやりゃあいいのに。犯人はあいつだぞ、気をつけろーって」
「あはは。小林君おもしろいね」
その後、時々彼は美香子と話すようになった。小林君と呼んでいたのが健太君と呼ぶようになった。そのうちに美香子は健太に本を貸してあげるようになり、健太も苦手だった本を読むようになった。二人で本を読んだり、それについて話したり。淡い青春の一ページだった。
そして三学期末。小林健太は三月十五日、つまりホワイトデーに美香子にキャンディを送った。ホワイトデーに何かを送るのは彼にとって人生で初めてのことで、ホワイトデーに何かを受け取るのは彼女にとって人生で初めてのことだった。
*
時は戻って現代の美香子の部屋。
「……え?」
あ、回想終わったよ。
「……な、ちょっと、随分唐突に戻るじゃん。回想シーンから戻る時はもっとこう、ホワホワホワみたいな感じじゃないの?」
ホワホワホワ。
「……。なげやりだな……。もっと余韻にひたらせてよ。バッサリ切ってくれるじゃない」
これ以上回想するものもないだろう。
「そう……。ああ、なんか懐かしい。健太君、どうしてるかなあ、今頃。あのあと確か、すぐ転校しちゃったんだよね。親の都合で転校が多かったからさ彼。突然でびっくりしたなあ……」
……。
「あ! そうだ! ねえ、知ってるんでしょ。あんたなら。健太君って今、どうしてるの?」
……。
「ねえ、知ってるんでしょ? ナレーションだもん。地の文だもんね」
知りたいかい。
「やだ、何? 思わせぶりな……。もしかして超格好良くなっちゃってるとか? あ、もしかしてここから彼との再会ってストーリーだったりする? やだ、超テンション上がる! こういうのを待ってたのよね!」
……やれやれ。仕方ないな。じゃあ……。
「あ、教えてくれるのね。やった! 彼、何やってるんだろう!」
一方その頃……。
「わくわく……」
*
墓。
*
「……は? え、今の何?」
*
墓。
*
「え、だからちょっと、今の何?」
*
墓。
「だから! 何なのって聞いてるの! 悪ふざけはやめてよ!」
……誰もふざけていないよ。
今のが全てさ。……知りたかったんだろ? 小林健太が今どうしているか。
「だって、ただ墓って……」
ふう。じゃあもう少し丁寧にやろうか。
小林健太は小学校六年生になったばかりの春、いねむり運転のダンプカーにはねられ……
「やめてよ!」
……。
「やめてよ! ……やめて。やめて……。う……嘘よね」
……。
「嘘よね」
ほ ん と。
「嫌! 嫌よ……そんなの嫌! 嫌! 健太君が……なんで!」
ほんと。
本当なんだ。
というよりも、美香子。君は知っているんだ。本当は。六年生の時に先生から伝え聞いたんだからね。ただあの時の君は……受け止められなかっただけだ。だから……転校したことにした。
「やだ……。やだ……」
……。でも、僕は願ったんだよ。
「やだ……」
美香子言ってただろ? 死んじゃったけど、人の役に立ったから、意味なくないって。あの本読んでた時にさ。
「……え……?」
だから僕は、美香子の役に立ちたいって思ったんだ。あの時ね。美香子の人生を見守りたいと思ったんだよ。
「健太君……なの」
僕はあの推理小説の地の文とは違う。美香子の人生がピンチの時に、助けてやる。
……このままだと美香子はずっとあの下らない男のことを引きずることになる。それがわかっていた。だから、今夜だけ、君の人生を切り取ったんだ。僕の力で君の人生を変える。ここで変わる。そういう物語にする。
だけどこれはルール違反だ。だから、この物語が終わる時、僕も消える。本当のお別れだ。
「ま……待って」
タイトル、ダサいよな。まあ僕もそう思った。でも、これは、僕からのエールなんだよ。
「健太君……!」
がんばれ、美香子。
*
*
*
「……なんか変な夢見た」
「あ、目が覚めた? 美香子。もう朝だよー」
「う、うん……。あれ、皆は?」
「ルーちゃんと弘美は始発で帰った。がっちーはそこで死んでる」
「……頭痛い」
「深酒したからね。ま、しょうがないか。どう? もう彼のことは忘れられそう?」
「彼?」
「……辻村さん」
「あんなやつどうでもいいよ……」
「……え、えーっ! なにそれ。なぁんだ、昨日さんざ泣き言聞いたげた私の心配を返して下さい」
「いやごめん。エミコには感謝してる。……あー、なんか変な夢見たんだけどなぁ。思い出せないや」
「夢なんてだいたいそんなもんでしょ。……てか、ほんとに平気? あんたがシャレになんないくらい落ち込んでたから私達、結構マジに心配したんだよ?」
「うん……なんか平気みたい。元気出た」
「そお?」
「うん。……がんばるよ、私」
「そっか」
「うん。がんばる。だから……見ててね」




