不幸系女子の玉の輿
彼女は、物心がついた時にはすでにこの組織にいたという。
本当の親なんて会ったことも、聞いたこともないまま組織の一員として育ち、暗殺者として技を磨いていた。
親は居なくとも組織の中ですくすくと育った彼女は、ソロで任務を遂行できる一人前の暗殺者になるため、日々試験を受けているもののなかなかうまくいかなかった。暗殺の対象者が予定のルートを通らなかったり、既に処されていたり、急に睡魔に襲われ気絶してしまったりと、タイミングが悪すぎてそもそも試験を受けられないのだ。
私は毎回、そんな不幸体質の彼女の試験担当となっている。
自慢ではないが、私も組織に所属し研鑽を重ねてどんな仕事も一人で請け負うようになった。エースとは言わないがそれなりに腕は立つと自負している。
「アサギ、今日は暗殺仲間としてよろしくね!」
「暗殺仲間って…あなた豚しか殺ったことないじゃないのシルビア」
私の呆れた返答にもめげることなくシルビアは、豚には自信があるんだと笑っている。
豚、といっても暗殺業界の隠語でもなんでもない。本当に食用の豚だ。
技としては幼少から仕込まれているため隙もなく素晴らしくはあるのだが、現状それは対豚にのみ発揮されている。
やる気に満ちたシルビアは私とお揃いの黒装束を纏い、月明りを頼りに本日のターゲットを狙いやすい樹の上へとよじ登っていく。
そのターゲットとは「平民なのに侯爵家へ嫁ぐことになった娘」である。その娘はこの国を豊かにする聖女様らしい。なんというシンデレラストーリー、なんという玉の輿。
しかしこの国には定期的に「自称聖女」が現れる。なぜなら聖女といっても特別な力があるわけではない。ただ「金色の髪で今年18になる娘」、それが聖女の条件だった。
聖女の関係者ともなれば大貴族と繋がりができると、金髪の娘の誘拐事件が多発したことすらある。恐らく今日巻き込まれているだろう不幸な平民の娘も本物ではない。
「ねぇアサギ、表の世界って大変だね」
樹の上で良い潜伏場所を見つけたのか、シルビアは落ち着いて周りの様子を確認しながら私に声をかけてきた。
「どうしたの急に」
「聖女って王家の血を引く男性が父親なんでしょう?」
「らしいね、だから聖女が生まれた年は暗殺の仕事が増えて大変だったって先代が言ってた」
聖女が生まれると王宮でなにかが反応するらしいけど、その年に生まれた王族の娘は公式には居なかったらしく、ご落胤だなんだと騒ぎになれば王家のスキャンダルになるというか、愛憎劇に自分の立場が危うくなる、とちょっと心当たりのある輩からの依頼が多発したんだとか。
「王家とか聖女とか、裏の世界なら身分なんてしがらみ、気にしなくていいのにね」
「…………」
世を儚んでいるかのような視線で葉っぱを一枚撫でる姿は暗殺者とは程遠かった。
圧倒的な聖のオーラ。暗殺者には不向きな清廉さ。尾行には向かない豊満な身体に、闇の中ですら明るい空色の瞳。そして短くしているが少しの光でも輝いてしまう、白に近い金色の髪。
どう考えてもここにいるのが「聖女」なんだよなぁ…。
と、なんだか声に出すことができないまま、私は隣で今日の試験のイメトレをしている彼女を見下ろした。
ボスに以前聞いたことがある。
この金髪の少女は先代が拾ってきたのだと。それから幼少期はボスと修行に励んだのだが、ボスは組織のトップを引き継ぎ、かたや未だ暗殺者見習いという大きな差ができていた。腕は確かなはずなのに、それもこれもシルビアの避けられない体質のせいだった。
「…きた」
彼女は緊張感を小声に乗せて標的を目視する。道の向こうから馬車が来る。もっとこの樹に近づいてきたら二つナイフを投げるのだ。一つで窓を割り、もう一つでターゲットを仕留める。何度も練習してきた技だ。
「相手を豚だと思ってやるといいよ」
私の応援にこくり、と頷くとシルビアの空色の瞳が細められ、パカラパカラと何も知らずにゆっくり距離を詰める馬車へ狙いを定める。そして好機!
私は足元の枝にぐっと力を入れた。
「ひゃあ?!」
小花が舞い散るようなかわいい悲鳴とともにバランスを崩し樹から落ちそうになるシルビアの腕を掴みあげて、私はそのままの勢いでナイフを馬車の窓ではなく馬本体に投げ刺した。
ヒヒン!と驚いて走り去る馬と、突然の暴走に淑女を装えずギャァァという聖女らしからぬ声を残して今回のターゲットは姿を消す。聖女役の娘に恨みはないけど、玉の輿は諦めてもらうしかない。だってこれが私の今日の本当の任務なのだ。
暗殺者試験の阻止。この任務はボス直々の指令だった。
シルビアは気付いていないがウチのボスは彼女を相当溺愛している。こんな組織に所属しているくせに、シルビアに汚れ仕事なんてさせたくないんだと素直に言えず、いつも私に暗殺者試験の邪魔をさせる。ただそれは私も同じ気持ちではあった。なぜだか彼女を暗殺者にしてはいけない気がしているのだ。
馬車が走り去って、暗闇に静寂が戻ると私に腕を掴まれたままのシルビアはちゃんと自分の足で立ち一つため息を吐く。
「またやっちゃった。私もう18歳なのに、いつまでたっても一人前にはなれないなぁ。ボスに認めてもらうにはまだまだ努力が必要だね」
暗殺を生業としているとはいえ、このがっかりを隠そうとする笑顔はさすがに良心が痛かった。本当なら実力はあるのにボスのわがままで邪魔しているのはこっちなのだ。ボスのせいだよと白状してしまいたいけど任務詳細は黙っていろと言われている。だけど。
「…ボスが専属の豚の暗殺者を探してたよ。あなた豚肉を切るのはとても上手だから、それならすぐに一人前になれるんじゃない?」
平静を装ってはいるものの、私は頭を抱えたくなった。豚の暗殺者ってなんだよ、と思わず脳内で自分に突っ込む。こんなフォローあってたまるかと彼女の様子をそっと伺うと、なんと真夏の太陽みたいにキラキラした瞳でこちらを見ていた。
「そ、そうかな!一人前になれるかな!豚は得意なの!」
「…シルビア専用の獲物を贈る。暗殺に最適なんだ。包丁っていうんだけど」
「ホウチョウ…!あの東方の武器だよね!わぁぁ!私、専属の暗殺者を目指してみる!」
なぜかテンション爆上がりのシルビアは、体質なんかじゃなくておっちょこちょいでタイミングが悪いと思わされている不幸系女子だ。だけど我が組織の聖女様。実際に聖女かどうかなんて関係なかった。ただ彼女には幸せになってもらいたい。
「さ、それじゃ帰ってボスに報告しましょ」
そうだ。早くウチのボスとくっついたら良いのだ。ボスはこんな組織を仕切ってはいるけど、実は表の世界では立派な肩書を背負っている。これこそ玉の輿だ。
私は闇色の髪を耳に引っ掛けてシルビアと共に足音もなく帰路に就く。
そして戻り次第私はあの溺愛ヘタレ系ボスに特別ボーナスを請求しよう。なにせ彼女を暗殺者ではない、ボス専属の役職に就かせるという120%の仕事をしたのだから。




