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廊下が一本多い

掲載日:2026/04/22

 その日、マンションの帰り道で違和感に気づいた。


 エレベーターを降りて左に曲がる。いつも通りの動線だ。けれど、視界の先にあるはずのないものが見えた。


 ――廊下が、一本多い。


 まっすぐ伸びる廊下が、T字路のように分岐している。

 右は見慣れた住戸番号、左は……見覚えがない。照明は同じ色、床材も同じ。雑に言えば「自然すぎる」。

 誰かが引っ越してきたのだろうか。工事の記憶はないが、見落としただけかもしれない。


 翌日、管理人に聞いてみた。


「うちの階、廊下って二本ありましたっけ?」


 管理人は一瞬きょとんとし、それから首をかしげた。


「何言ってるんですか。前から二本ありましたよ?」

「いえ、昨日――」

「疲れてるんですよ」


 そう言って話を切られた。


 その日の夜、隣人がいなくなった。警察も来たが、事件性はないという。理由は単純だった。


「最初から、この部屋は空室ですから」


 皆がそう言った。


 三日目。増えた廊下に、人が入っていくのを見た。若い男性だった。

 私は声をかけた。


「あの、すみません……! この廊下、前からありましたっけ?」


 彼は振り返って言った。


「前からありましたよ」


 そういうと彼は、突き当りの非常口から出て行ってしまった。

 戻ってくることはなかった。


 四日目。廊下のことを話題に出すと、住人たちは微妙に視線を逸らすようになった。


「ありますよ、廊下」

「何、いってるんですか?」


 言い方が、変だった。


 五日目。私は気づいた。


 皆、あの廊下の説明がやけに上手いのだ。


「照明? 途中に三つありますよ。二つ目だけ、少しチカチカしてて」

「床のシミなら、角から三枚目のタイルです。前からあったでしょう」

「突き当たりは非常口ですけど。重いですから開けにくいですよ」


 誰も同じ言い回しはしないのに、内容は不自然なほど一致している。


 試しに聞いてみた。


「行ったこと、あるんですか?」


 一瞬、沈黙が落ちる。


「……行かなくても分かりますよ」

「廊下なんて、見れば分かるでしょう」

「前から、そこにあるんですから」


 皆、自分が行ったとは言わない。


 なのに、長さも、幅も、天井の低さも、まるで測ったように説明できる。


 まるで――

 誰かに教えられた説明を、思い出しているだけみたいだった。


 六日目。私の部屋の前に、見知らぬ住戸番号が増えていた。


 七日目。管理人が言った。


「最近、廊下のことで苦情が多くて。分かりにくいですから、案内役を置こうと思うんです」

「案内役?」

「前から住んでる人が一番いいでしょう」


 八日目。私は増えた廊下に立っていた。


 住人が一人、こちらを不安そうに見ている。


「……この廊下、以前までありませんでしたよね?」


 私は自然に答えた。


「何言ってるんですか。前からありましたよ」


 その瞬間、背後で、さらにもう一本、廊下が伸びる音がした。

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