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アップデート人類  作者: 黒猫メロン


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3

 今日一日で変なことが立て続けに起きている。

 それがどうしても頭にこびりついて剥がれてくれない。

 胸の内側が大きくざわつき、それが時間と共に大きくなっている気がした。

 そのざわつきは自分の鼓動とは"何か"。

 外側から無理やり中に入り込もうとする異物のようで、体がそれを拒む。

 そんな変な感じだった。

 唯を見るが、彼女からはそんな感じは一切しない。

 気にせず、最後の一口を口に含み、喉の奥を通って胃に辿りついた。

 そして、すっと息を吐き出し口を開く。

 「ご馳走様――でした!」

 こっちの気持ちをまったく知らない彼女は、満面の笑みで皿を平らげ、ペロリと唇を舐めていた。

 赤いソースがべったりとかかっていた皿は、綺麗に純白を取り戻している。

 ――今はこの時間を楽しもう。後で考えよう。

 違和感を体の奥に押し込み、唯に話しかける。 

 「よく、あんな凄いの食べられるね。ソース……やばい」

 水を飲んでも飲んでも、舌がひりひりしている。

 お陰で、ピッチャーの水がなくなって店員さんを呼んじゃったよ。

 口を開けて冷やそうとするが、空気が触れると余計にひりついた。

 唯に至っては味覚がバグってるお陰で、今も普通にしている。

 「そうですか? 全然普通に美味しいですよ。大袈裟ですねー」

 「そ、そうっすか」

 その後はデザートに助けられ、お腹が限界まで膨れると、一息つく。

 「満足です」

 うっとりと目を細めお腹を擦る唯。

 「あぁ、腹いっぱい」

 満足気にそう返した。

 「そう言えば……大丈夫ですか?」

 主語は無いが、何を言おうとしたか分かった。

 内臓が金属にすげ替わったように重くなる。

 頭に浮かんだ過去の日常は、宗田を蝕み続け、針で胃を刺し続けていた。

 ただ、せっかくの楽しい時間を壊したくないと、ぎこちない笑顔を見せて、言葉を発する。

 「大丈夫……かな」

 もう少し言葉を続けたかったが、自然と唇が沈み、次の言葉を発することを拒絶してしまう。

 その気持ちを察したのか、変わりに唯が話てくれた。

 「あの……いつでも相談に乗るんで……なんでも言ってください」

 彼女の優しさは宗田にとって嬉しくて、拒絶した口を無理に開かせる。

 「ありが……とう」

 再びぎこちない笑顔になってしまったが、それでもいいと思った。

 「……ごめんなさい」

 謝らなくていい。それを口にしようとする。

 「気に――」

 そう言い切る前に――目の前が再び歪みだした。


 ――……ッ、ザザザッ。


 そのざわめきが大きくなると、色が消失した。

 目に映るのは白と黒。唯の色だけが"濃い"。

 

 ――……魔王。


 耳ではなく、脳に無理やり押し込まれるように“声”が流れ込んできた。

 それが神経を逆から撫でるようで、背筋が無理やり引き延ばされる。

 

 ——日付が変わる時、それを……始め、る。


 呼吸が止まった。

 

 ——人類と魔王の戦争。

 

 ——殺せ。

 

 間を置いて、もうひとつ。

 

 ――殺せ。 

 それは声というより、世界から告げられる"指示"だった。

 老いも若さも、性別すら感じない、ただの事実だけが淡々と落ちてくる。


 ――進化か、死か。

 ——戻したければ、来い。


 現実のひび割れが修復できないくらい大きくなり、日常が砕けた感覚だけが残った。

 心の中に鉛が深くまで沈んでいく。

 日常の断片となった人達が、今の声について話し、波紋のように広がって騒音となっていた。

 妙にうるさくて、イラつきを覚える。


 ――イラつくなら破壊すればいい。

 自分以外の衝動が足元に食らいついて飲み込もうとしてきた。

 ゆっくりと確実に黒に染められ、もう少しで顔に到達しようとすると、唯が口を開く。

 「今の……なんでしょう?」

 その瞬間、すーっと波が引くように、突然襲った変な感覚は消える。

 だが、まだ足元にはその余韻が残っている気がした。

 ……今のは? それよりも神崎さん――

 宗田は一度息を吸い込み、唯を見た。

 すると、赤みがかった唇は薄っすらと紫に染まり、小さく震えている。

 「あ、えっと、分からない。悪戯かな?」

 声のトーンが少し下がってしまう。

 そう言った自分の言葉には、嘘が多分に含まれているのは承知だった。

 ただ、今のことを否定して欲しい。

 そんな懇願が込められた言葉を投げた。

 「悪戯……ですかね? でも、やっぱり……」

 そう言って、顔を下に向ける。

 指先はせわしなく動き、上下する肩が忙しく動いていた。

 それが、この場から連れ出すことを決心させてくれる。

 「とりあえず……店を、出ようか」

 会計伝票を手に取るとすっと立ち上がる。

 まだ言うことのきかない指先を、唯に悟られないように隠し、会計を済ませた。 

 「それでさ。さっきの事、落ち着いて話さない?」

 「そう……ですね。でも、どこで?」

 唯は不安気に周囲を見回す。まだ店内のざわめきが耳に残っているのか、視線が定まっていない。

 「そうだな……うち、来る?」

 言ってから少しだけ息を呑んだ。

 軽い誘いのつもりではない。落ち着かせたい、それだけだった。

 一瞬だけ唯の目が見開き、顎を引いた。

 「……いいんですか?」

 店の前の空気は、暑くて冷たかった。

 少しばかり時間をおいて、唯は顔を上げる。

 「……お願いします」

 そう言った声は細く、触れれば消えてしまいそうだった。

 

 唯の歩幅はいつもより小さく、靴音も控えめに追いかけてくる。

 半歩後ろを歩く彼女に「大丈夫」と声を掛けようとしたが、喉の奥へと押し返された。

 世界が遠くに感じられた。車の音に人の話し声、そのどれにも膜が張られたように、二人が異物となったように感じられる。

 お互いに会話がないまま、歩き続けるとようやく見知った建物が目に入った。

 後ろに少し視線を向けると、肩を落とした唯の姿が映り、恐怖が理不尽な世界への怒りへと変質しそうになる。

 「着いたよ」

 静寂の世界は唐突に終わりを告げた。

 「あ……はい」

 俯きながら視線だけをこちらに向ける。

 「中に入ろうか」

 ギィッとした扉のきしむ音が、虚しく溶け広がった。


 ――今日感じた違和感は気のせいじゃなかった。

 外側の異物が内側へ入り込み、心臓の奥で熱を帯び始めていた。


――そして、この日から俺達の日常が侵されることになる。

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