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アップデート人類  作者: 黒猫メロン


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2/13

1 崩壊の序章

 ――闇の残滓が瞼の裏にこびりついたまま、俺は椅子に座っていた。


 ここに居る理由は分からないが、一つだけ頭に浮かんでいることがある。

 ――今日こそは彼女に話しかけるんだ。

 それしか浮かばない。

 ああ……落ち着け、俺。

 コーヒーを持つ手がやけに冷たく感じる。

 膝が勝手に揺れて、床を叩く音がやけに耳に滑り込み騒がしかった。

 喉が貼り付く感覚に、ちびりと一口、コーヒーを流し込み、今か今かと待ち人を待っている。

 いつもと同じはずが、味を遠くに置いてきたように薄く感じられた。

 あぁ……緊張するな。

 息を整えようとすると、ガチャリとその扉が開く音に肩が跳ねた。

 意識が勝手に引っ張られる。

 来た。

 「え、あ、お疲れ様です」

 口ごもりながら、ようやく出た言葉は不器用な挨拶だった。

 相手は一瞬戸惑いを見せたが、ひとつ呼吸をおいて口が開いた。

 「お疲れ様です」

 返事はたったその一言だけだったが、心の中で拳を握る。


 そして、時間が過ぎると共に、話す内容が増えていった。

 「今日もお疲れ様。これ、飲む?」

 「お疲れ様です。って、いいんですか? いただきます」

 最初のぎこちなさは消え、お互い自然と会話を楽しむようになった。

 甘い匂いに酔いしれ、この時間は俺にとって一番大切な時間となってる。

 こうしているだけで本当に幸せに感じた。

 だが、会社だけの関係は唐突に終わりを告げる。

 「あのー、良かったらですが、今度ご飯でも食べにいきませんか?」

 それは彼女からだった。

 俺は飛び上がったよ。

 まさか、向こうから誘われると思わなかった。

 だから、すぐに返事をする。

 「もちろん! 喜んで!」

 そう返した時、彼女の笑顔が色褪せて見えた。

 瞬きを一度すると。

 

 ――目の前が闇に落ちた。


 「あれ? 俺は……ここ、どこ?」

 心の声が自然と漏れる。

 すると、全身の血管が急激に広がったように、背筋を無理やり引き伸ばされる。

 すると、声が聞こえる。

 「――宗田さん」

 あ、後にいたんだ。

 振り返ると、そこに彼女がいた。

 「――え? それ何?」

 それに彼女は答えない。

 ただ、胸に押し当てるように"それ"大切に抱え、倒れた影の前に立っていた。

 ゆっくりと顔上げ、微笑む。

 「これは――私の世界です」

 次の瞬間には彼女が消えて、ボールのようなものがゴロリと転がっている。

 落ちた勢いで、何度も揺れてそれが止まると。

 「え? 背中……」

 「これで、宗田さんは私のものです」

 背中の熱と、彼女の歪んだ声が、強烈に鼓膜を打ち鳴らす。

 ドクンと心臓が脈うつたびに、背中の熱がじんわりと広がっていた。

 「もう、離さないです」

 今度は前に姿を見せると、抱きついてくる。

 その瞬間、胸の位置が消えた。呼吸の仕方も分からない。

 手足の重さもない。

 あれ? 体どこ?

 

 ――侵食率、上昇。

 ――アンチウイルスの投与、開始。

 ――投与完了。

 ――覚醒プロトコル、起動。

  

 「――夢……か」 

 夢見が悪い日は、微睡みの誘惑に負けてしまいそうになる。

 特に特別濃い夢の日はなおさらだ。

 首の違和感に、ようやく起きる決意ができた。

 男は体の感触を確かめるように触ると、汗がへばりついている。

 不快な感触であったが、首と胴体が繋がっている安堵感から息を吐いた。

 「……起きるか」

 男の呟きは蒸れた部屋に溶かされ消える。 

 「ふあっ……だるい」

 スマホが視界の端に映る。おもむろに手を伸ばし画面を開くと、指が滑り「真奈」と言う名前に目が止まる。

 指が固まり動かない。無理に引き離してスマホを放り投げた。

 「はあ……汗流して、ゲーム、するか」

 わずかに目を伏せ、ため息を一つ。

 男が浴室に向かうと、重い静けさが部屋にじんわりと広がった。


 「あー、さっぱりした。どれどれ」 

 ゲームへと手を伸ばす。

 ”ドラゴンズ・レガシー10”と書いてある。 

 すると、スマホが鳴った。

 視線がそっちへと引っ張られる。

 「はぁ……この気分、どうしたもんか」

 もう一度スマホを手に取り、音の犯人を確かめた。

 ――通知が一件。

 ぶわりと血がざわついたが、それはすぐに落ち着き底に向かって熱が冷えていく。

 ――神崎 唯(かんざき ゆい)

 予想外の人物からの連絡に、背筋が伸びた。

 吸い込まれるように、そのメッセージを開くと冷えた温度がわずかに戻る。

 「宗田(そうた)さん、おはようございます。今日、ご飯いきません?」

 食事への誘いのメッセージ。

 それを見ると、沈んだ気持ちが持ち上がる気がした。

 指を滑らせ、文字を打ち込むとすぐに返信する。

 「了解……いつものファミレス?」

 すると、すぐに既読が付いた。

 「御意、御意、御意! じゃ、駅前集合でおねげーします」

 宗田はメッセージ相手の癖のある返事に、自然と頬が緩んだ。

 「神崎さん、か。さて、準備するかな」

 

 太陽はいつもそうだ。手加減ってのを知らない。

 まして、今日はいつもより激しい気がした。

 「暑い……」

 足が進まない。

 「エアコンが恋しい。文明の力って凄いよ、だって太陽に、勝てるんだから……あれ」

 家に戻りたかった気分を腹にしまい、顎が上を向くと、光の筋が見えた。

 だけど――なんだ? 空気が暗い?

 ほんのわずかな違和感に、腹の中心をざらついた手で撫でられた気がした。

 「明るいのに……気のせい、か」

 正面を向くと、いつもの道路が目の前にある。

 「まあ、少し疲れてるのかもな」


 「あちー。もうだめ。一回、コンビニ」 

 さすがに我慢できない。

 

 「いらっしゃいませー」

 高校生くらいの店員が、幼さの残る声で入店を告げる。

 飲み物コーナーへと真っ直ぐ向かうと、迷うことなく隣の緑の茶へ手を伸ばし会計を済ませた。

 コンビニの駐車場を、お茶を飲みながら歩くとあっという間に中身が空になる。

 すると、ポケットのスマホが震えた。

 「暑くて、溶けたアイスになりそうです……」

 唯からだ。

 「え、それはまずいね。もう着いたの?」

 短く返すと、すぐに画面が震えた。

 「御意〜! 駅前です!」

 その文字を見た瞬間、宗田の歩幅が自然と広がる。

 

 ――きゃっ。

 

 前方から、女性の短い悲鳴が響いた。

 「あっ! すいませんっ!」

 スマホをポケットへ押し込み、宗田は慌てて頭を下げた。よそ見をしていたことで、こちらに向かって歩いていた人に気付けなかった。 

 「いえいえ〜。こちらこそ、すいません〜」

 間延びするような独特な話し方が印象的な女性も、会釈する。お互い謝罪するとその場を後にする。


 駅に到着し、彼女の姿を探したが、人が多く見つからない。

 神崎さん小さいもんな。そう思っていると先に向こうが見つけてくれた。

 「宗田さーん!」

 凛とした声で名前を呼ばれ、そちらへ振り返る。

 神崎唯が、手を振って駆け寄ってきた。

 肩より少し長いウェーブのかかった髪と白いワンピースのせいか、雰囲気が別人。

 ぱっちりとした両目と目が合うと宗田の心臓が少し跳ねた。

 彼女が目の前に到着する。

 「暑い、死にます……」

 開口一番、それだった。

 「ごめんよ。お待たせ」

 「溶けてなくなった部分補充したいんで……デザートご馳走様ですっ!」

 そう言うと、唯が一歩だけ近くに寄る。

 甘い匂いが鼻腔の奥を撫でると、落ち着きを取り戻しかけていた鼓動が一拍跳ねた。 

 私服の彼女はいつもより魅力が何倍も増している。

 ――反則だ。

 どうして今日に限って、こんなにお洒落を? いつもの適当コーデならこんなことにならないのに。

 これは、可愛さの毒。

 言葉に詰まる宗田を見て、不思議に思った唯が覗くように見上げた。

 「……どうかしました?」

 澄んだ瞳には、宗田の邪な考えは見えていない。

 「い、いや。なんでもない」

 バレないよう張ったフィルターが突き破られそうになり、どうにか喉を絞る。

 出た声はがさばり、わずかに上ずっていた。

 これはまずい。話題を変えねば。

 続けて無理やり声を出す。

 「あ、そろそろ暑くて溶けそうだからさ、行こう」

 強引に前を向く。

 ――おかしい。ここは本当に駅前か?

 目線の先が歪んでいた。

 その揺らぎははっきり、確かに宗田へ異常を突きつける。

 「あっ、待ってくださいー」

 小走りで追いかけてくる唯の姿が見えると、彼女は歪んでいない。

 違う世界に取り残された二人だったが、彼女がすぐ横に来ると、甘い香りが鼻の奥に届く。

 その瞬間、正しい世界へと戻された。

 

 「――宗田さんも……」

 唯の呟きは宗田に届くことはない。

ここまで呼んでいただきありがとうございます。

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