12
部屋に戻って腰を下ろそうとした時、ふと自分のシャツが目に入り、赤黒い斑点模様があることに気づいた。
ゾンビから飛び散った、血と体液が服を汚し独特な臭いを放出している。
それに気づくと、自然と眉が中心に寄る。
下ろしかけた腰を持ち上げ唯に声をかけた。
「神崎さん、ちょっと着替えてくるね」
「あ、はい。真っ暗なんでランタン忘れないでくださいね」
服を漁ると適当に手に持つ。
唯に見送られながら、宗田は急ぎ足で浴室に向かった。
彼女に渡されたランタンに火を灯すと、自分の影がゆらりと現れる。
真暗な闇に淡い光が浮き上がり、宗田は着替えを始めようとしていた。
その時、自分の腕が目に入り、意識が持っていかれる。
服を脱ぐ手を止めて、さっきまで傷があった場所を確認するが、そこには何もなくきれいに治っていた。
「本当に……治ってるな」
痛みももちろんない。それに加えて赤紫に変色した肌も、滲んだ血もそこには無かった。
彼女の魔法の凄さを改めて実感する。
ただ、何気なく鼻を近づけてみると大きく顔を逸らしてしまう。
「……消えないか」
ゾンビに掴まれた部分は、生ゴミを煮詰めたように鼻が全力で拒絶する。
こ汚れから解放されたく、服をすぐに脱ぎ捨てると風呂場に急ぐ。
浴槽に残っていた貴重な水を洗面器ですくうと、ボディーソープを泡立てて、腕を強く擦った。
――早く消えろ。消えろ。
呪文のように何度も念じるが、結局は薄くなる程度で、大きくため息を吐く結果となった。
「最悪だ……それにしても、ゾンビかよ。きついな」
魔法と言う僅かな希望は見えたが、人だったものを殺す覚悟はまだ……できない。
頭をやれば一発……と分かっていても、自分がゾンビの頭をかち割るところを想像すると、背中に冷水をかけらたように身震いする。
だけど、大切な人。
特に唯が襲われた時はどうだろか。
頭蓋にギリッと軋むような音が反響する。
そこで、初めて自分が歯を強く噛みしめていると理解することができた。
彼女のためなら――殺す。
「あ、宗田さん」
「お待たせ」
体を洗い終え唯が待っている部屋に戻ると、唯が振り返り声をかけてきた。
それに軽く返事を返し、宗田もテーブルへ腰を下ろす。
「怪我……大丈夫そうですか?」
眉尻の下がった唯が身を乗り出し、宗田の顔を見上げるように見た。
それにたいして、口元をほどき笑みを返す。
「おかげさまで。それよりも、唯の方が魔法を使って、その……だるいと言うか意識が遠のくと言うか、そんなのは無い?」
自分はどうでもいいんだ。そんなことより、もう彼女のあんな辛そうな姿を見たくない。
魔法を使った時のあの喪失感はかなり耐え難い。
唯の状態を探るように見たが、何かに耐えるような感覚はないように見えた。
不安気な宗田な気づいたのか、唯が笑みを浮かべてから口を開いた。
「大丈夫です! 元気です」
柔らかそうな二の腕を出して、控えめな力こぶを見せてくる。
「それは何よりだ」
いつもと変わらない唯に少しだけ体の強張りが取れた気がした。
それにしても唯の方が魔力量が多いのだろうか?
宗田はあんな小さな火で意識を失ったが、唯は無理をしている様子もなく、本当に何もないんだと思う。
思考の渦に飲まれた宗田は、口を閉ざし俯いた。
すると、
「宗田さん」
急に名前を呼ばれた。
「ん? どうしたの?」
彼女の様子がおかしい。下を向いたり上を向いたり、はたま右も左も。
落ち着きがなく、もしかして魔法を使った後遺症かと少し身を乗り出した。
そして、宗田が口を開こうとすると。
「守ってくれて、ありがとう、ございます」
面と向かって言われた一言は、宗田の意表を突き、鼓動を乱れさせるには十分だった。
思わず声が出なかったが、振り絞るようにして声をだした。
「え、あ、どういたしまして。量産型日本人の意地ってやつだよ」
「さすが、量産型」
二人ではにかむように笑うと、乗り出した体を戻す。
「だろ。任せろ」
「ふふっ。それなら安心ですね」
最近はこんな甘いやりとりばかりだ。
調子狂うな。
「そう言えば、どうしてゾンビが来たんでしょうか?」
「あー、それは騒ぎすぎた、かも?」
「よくある音に反応するって奴ですかね」
すっと話す声を下げ、ぎりぎり聞き取れるくらいの声で唯が話す。
「今思えば……ゾンビが一体だけで良かったよ」
「本当ですよね……一気に襲われたら……」
唯が肩をすくめてそう言った。
「ねっ。運だけは強いみたいだ」
二体以上だったら……と思うとぞっとする。
そうなれば簡単に扉を壊され二人はお陀仏。
今、こうして話しをすることもできないと思うと、血の気が引いた。
「あ、でも、私も魔法が使えるようになったんで、宗田さんを守ってあげますからね」
鼻高々に宣言する唯に、軽く拍手を返す。
「でも、無理は……嫌です。嫌いになっちゃいます」
相変わらず表情がころころ変わるな。




