河原の石はいつか宙を舞う(改)
お久しぶりです。生きています。
「そういえばコウタロウの奴、今度はアメリカだってさ。やっぱり大企業って本当に無理言うのな。おかげでろくに飲めやしない」
「田舎に居るのは俺達くらいってか?」
「よせよ。それ、自分で言ってて悲しくならない?」
月末の金曜日。いつもの店でいつものビール。いつもの時間に店に入って、いつもの様に地元の友達の近況報告。
「悲しくもならないね。俺とあいつらは出来が違うって、俺達が出した答えでしょ?」
「あー。はいはい。そういえばカナコ、覚えてる? あいつ今度はホストと付き合ったってさ」
こうしていつも通りに始まるゴシップニュース。やっぱりいつも通りだ。現実から目を逸らすみたいにすぐ始まる。今日みたいに誰かの成功話が出てくると特に早い。
「え? マジで⁉ あいつも懲りないねぇ……」
ソウイチからの甘い話題にすぐに飛びつく俺も俺だ。何て言うか、本当に弱い。
二十二時。やっぱりいつもの時間に店から出た俺は一人河原を歩く。
この通りは本当に自分を冷静にさせてくる。さっきまであんなに楽しかったのに、帰路に着く足取りは重い。
「はぁ……何やってんだろ」
どうせ何も変える気が無いのに。
どうせ明日も変わらずバイトに行くのに。
言いようのない焦燥感だけが心に積もっていく。
「俺、何したかったんだっけ」
俯きながら歩き、ふと考える。
将来の夢は?
小学生でも簡単に答えられるこんな質問に俺は答えられない。
こんな事を考えては溜息を吐き、何かを変えようとすることも無い。
あわよくば誰かが助けてくれれば。何て考えている。
こうして今日も無味乾燥のワンルームに帰った。
俺が何回溜息を吐いても明日はやってくる。
「お疲れしたー」
なんともないバイトを終え、帰路に就く。
「お弁当温めますか?」
「お願いします」
今日も二割引きのコンビニ弁当。
いつもならそのまま家に帰るが、なんだか今日は帰りたくなかった。
街の喧騒は今の俺の気分じゃない。少しでも静かな方へ。
救いを求める様に俺は静かな方へ、静かな方へと足を進めた。
ふと帰り道から逸れて近所の川のほとりに来た。
特に目的も無いのに土手道から降りて石だらけの河原へ降りた。
適当な大きさの石に腰を下ろし、ビニール袋から弁当を出した。
コンビニを出た時の熱はもう無い。
「はぁ……」
家に帰ってもどうせ食べないだろう。
せっかく川辺に居るんだからここで食べるのも悪くない。
「……河辺で食べても美味くは無い、よな」
米を頬張った口から乾いた笑いが溢れてきた。
「は、ははは……美味い訳無いよな……は、はは……っうぅ……ううっ……」
乾いた笑いは次第に涙に変わって。馬鹿になった涙腺が決壊した。
涙を拭く気にもなれず、もはや味すら感じなくなった弁当を無理やり押し込む。
「美味いわけ……ないだろ。冷めた弁当なんて」
この弁当と俺が同じに見えてしまう。ただ生きる為に消費され、それ以上の価値は無い。
何より悲しいのは何も悔しくない事。
「なんだよ……」
食べかけの弁当すら捨てることも出来ないまま俺は重たい体を引きずって家へと帰った。
※ ※ ※
家は自分の心の写し鏡であるとテレビで聞いたことがある。
「……っち、クソ」
ワンルームの部屋に置かれた机、テレビ、ベッド。畳もせずに床に置かれた洗濯物。溜ったままの郵便物。机に置かれたカレンダーは数カ月前のまま。
時間が止まったままの部屋で俺は布団に体を委ねることしか出来なかった。
最後に何かに全力になったのはいつだろうか。
今日も俺は土手道をただ歩く。
西の空が段々とオレンジ色に染まり反対の空が暗くなりだす。
午後六時。早めのバイトが終わって手にはコンビニ弁当。
さっきまで遊んでいた子供はもう帰って、犬の散歩をする肉屋のオバサンが見える。
人が鎮まるにはまだ早い時間だが、近くに走る県道のおかげでここはやっぱり静かだ。
「……もっと静かだったらな」
頭上のカラスの声をBGMにアパートへ向かう。
河原沿いの道は石が多い。舗装された道ではあるが道路端に寄せられて転がっている。
ふと小学生の頃の記憶が蘇る。あの頃はこの道で拾った石で毎日の様に水切りをした。
「お、ベストストーン」
昔、よく跳ねる平べったくて握りやすい石を走り回って探してそう呼んだりしていた。
見つけた奴はそのまま投げて、五回跳ねればその日はヒーロー。いつからかやらなくなったけど俺は結構ヒーローだった。
あの頃は周りの奴らはみんな俺を慕ってくれていた。コウタロウは特に。
いつも放課後にはみんなで水切りをして、毎日ヒーローだった俺は気分よく学校に通っていた。
思い返すと見つけたベストストーンは全部家に持って帰って俺が勝ちやすくする為に必死になっていた。小賢しい方法で勝ち取った地位に俺は満足していた。
気が付くと周りの皆は自分の力で成功していった。
そんなことを考えているとすぐに川の側に着いた。ふぅ。っと息を吐き、水面へ平行に投げる。
「いよっと」
勢いよく回転しながら飛んでいく石は六回跳ねて水の中へ消えていった。
「お、六回」
あの頃なら飛び上がって喜んでいただろう。今は、そうでもない。
心の中で聞こえるあの頃の友達の声と、風の音が、孤独を叩きつけるようだ。
「みんないなくなっちまったな。あいつら今何やってるんだろ」
コウタロウは進学校へ進み、海外を飛び回ってる。
タカシはミュージシャンの夢を追いかけ東京に行った。
この街に居るソウイチだって親の仕事を継いで商店街で働いている。
一緒に水切りをして遊んだ友達は殆ど故郷を離れた。行った先々で跳ねているのだろう。
残ったのは俺とソウイチだけで、ソウイチと違って、したいこともなければ、これといった夢もない。ただ何もなく人生を浪費して、気づけばバイト生活。水の中だ。
「はぁ…俺何がしたかったんだろ」
みんなはそれぞれベストストーンであったに違いない。たくさん跳ねて、ヒーローになる。
それと比べて俺は丸っこい石。跳ねることも無い。息苦しい水中生活だ。
「っクソ……」
当たり散らす様に丸い石を川に向かって投げる。
さっき投げた水切りよりもっと向こうの水面に飛沫を上げて落ちた。
「……投げやすいな丸い石」
さっき投げたベストストーンの倍以上飛んだ。
「丸い石も、遠投ならベストストーンですよーっと」
何となく心に陽がさした。
「なんてな。ははは。はは……」
バカバカしい。どうでもよくなってきた。
俺の人生は石一つで励まされるものなのか。
辺りは少し暗くなってきた。うっすら月が光り始め、腹が鳴る。
そういえば今日は好きな番組の三時間スペシャルの日だ。予告のCMだけでも面白かった。これは見逃せない。晩御飯も多めに買ったんだった。
「やべ。始まっちゃうよ」
すぐに振り向き、歩き出す。ビニールの音が歩調と合わせてなり、少し歩いたところでその音は止まる。
「お、ベストストーン」
しゃがんで手にしたのは、丸い石。誰かが削ったのではないかと思う程に綺麗だ。
それをポケットに入れてあたりを見渡す。
何も無いただの河原。だが、あの頃見た風景と同じだ。
俺はまた歩きだす。
「ふふっ、お守りって歳じゃないけどな」
改めてポケットから小石を出し、手の中で弄ぶ。
夜風に晒され、やけに冷たく感じる小石は不格好に見るがどこか愛おしさを感じる。
「まぁ、俺っぽくて良いか」
変に尖っていなくて、シンプルで良い。
現状は何も変わって無いのに、石を拾っただけなのに何処か晴れやかだ。
翌日。今日も朝からバイト。いつも通りシャワーを浴びて、麦茶を一口。
着替えを済ませていつもより早めに外に出る。
財布とカギをカバンに詰め、机の上の小石をポケットに入れれば準備完了。
「よし、行ってきます」
昨日寝る前、ふと河原の朝の景色も見たくなった。
いつもとは違う道でバイト先に向かうそれだけでどこか新鮮で、まるで別の街を歩いているみたいだ。
朝の空気は夜とは違い寂しさが無い。
「悪くないかもな」
いつもは地面ばかりの視界も今日は前方を写している。
朝の河原を見る為一歩でも早く着くようにと歩幅は広くなる。
十分ほど歩くと土手道に出る。道の先にはランニングをしている人や、学生。
少し先の河原には一人の小学生がいる。どうやら水切りをしているみたいだ。
朝の眩しい景色の中、俺はなぜかその少年から目が離せなくなった。
近くに行くと少年の独り言が聞こえてくる。
「くっそー。なんで跳ねないんだよ……」
どうやら練習中のようだ。
「んっ! はぁ、三回……。タイキ君に勝てないよ」
何度も何度も手当たり次第に近くの石を投げ続けている。なぜか放って置けなかった俺は河原へと降り、少年に近づく。
普段ならそんな事するはず無いのだが何故か吸い込まれるようだ。
「ねぇ、ねぇ、俺も一緒に投げて良い?」
「え? 誰お兄さん」
「ごめんね急に。タイキ君に勝てる方法教えようかなって」
「え⁉ 勝てるの⁉」
「うん。勝てるよ。絶対」
「教えて! 絶対勝ちたいの!」
必死な少年の目に吸い込まれるようだった。
そうだ。きっと俺も昔はこんな目をしていた。世界のすべてに可能性を感じていたんだ。
たとえそれが何の取柄もない丸い石ころでも。
「もちろん。いい? まずは投げる石を選ぶところから」
「選ぶ?」
「そう。なるべく平べったい石を探すのがコツ。こいつなんか良いね。見ててね……」
「いよっと!」
川面に向かい水平に飛んだ石は七回跳ねて沈んでいった。
「すっげー! 七回も!」
「君も投げれるよ。石、探してごらん? なるべく平べったい奴ね」
「うん!」
突き動かされたように辺りを探し回る少年。そうだ。水切りはこの時間も楽しいんだ。
「あった! しかもすっげー投げやすそう!」
「お、ほんとだ。ベストストーンじゃん」
「ベストストーン?」
「うん。良く跳ねる石の事。こんな感じに平べったくて、指を引っかけれる窪みがある石を俺はそうやって呼んでたんだ」
少年の手の中にある石を指さし窪みに指を引っかけさせる。
「そうそう、そんな感じ。その石、とっておきだからタイキ君との勝負まで持っておくといいよ。練習はこっちを使ってみて」
足元にあった適度な石を少年に渡す。少年のポケットに収まった石ほどではないがこれも中々悪くない。
「これを水面と水平になるように投げるんだ。腰を低くするのがコツ」
「分かった。投げてみるね……」
真剣な眼差しになった少年はさっき石が沈んだあたりを見据え石を投げた。
勢いはそこまで無いものの、良く回転した石は六回跳ねた。
「うぇぇ! 六回! 六回も跳ねた!」
「おぉ! ナイス! めっちゃ良いね! これなら勝てるかもね」
「お兄さんありがとう! 絶対勝てる気がしてきた」
興奮気味の少年は鼻息荒く、次の石を探し回っている。
「丸い石は全然遠くに飛ばないんだね。タイキ君にも教えてあげなくちゃ」
少年の言葉に少し心臓が跳ねた。ポケットにある小石を握り、少年の元へ歩み寄る。
「そう、だね。丸い石は水切りに向かないね。なるべく選ばない方がいい」
「丸い石だと負けちゃうもんね。気を付けなきゃ」
「……負けないよ。丸い石でも負けない」
ポケットの中に入れた手に力が籠る。
「え? でもさっき平べったい石の方がいいって」
「こうやったら負けないっ!」
大きく振った腕から飛んだ俺のお守りはさっきの七回跳ねた石より奥に着水した。
「……お兄さん、それ当たり前じゃない?」
少年は冷めた目で俺を見るが俺は構わず少年に語りかける。
「うん。すごく当たり前。でも忘れないで欲しいな。君は俺みたいにこんな当たり前の事も忘れないようにね」
「わ、分かったよ」
「それから……」
俺は近くに落ちていたベストストーンを少年に手渡した。
「タイキ君との勝負が終わったらこの石をタイキ君に渡して。君の石はタイキ君と一緒に探すといいよ」
「うん。分かった! せーせーどーどー、だね!」
強く頷いた俺は少年と別れを告げバイト先へ向かう。
足取りは軽く、憑き物が取れたようだ。
「今月もおつかれ~」
「お疲れ」
またいつもの店。思えばこの一カ月ほかなり短く感じた。
「そういえば商店街の人から聞いたぞ。お前最近の朝、子供と一緒に川に向かって石投げてるんだって? それに丸い石拾ってニヤニヤしてるって……大丈夫か?」
「あー。うん大丈夫。それよりさ、俺やってみたい事出来たんだよね」
俺は丸い石。跳ねることはできないが、遠くに飛ぶことはできる。
きっと河原の石と同じで、投げ方を間違っていただけだ。
俺はまだ飛べる。
この作品は朗読会、Lunask Act1 で使用した台本です。
朗読動画、配信にご利用いただいて問題ございません。
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シナリオ:vurebis(https://x.com/vurebis_)
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