愛はあの人に忠義はあの方に
友情をメインにしたかったけど、どっちかと言えば忠誠心かな
「――そこで何をしている」
文化祭も終わりに近づき、多くの人々が会場で盛り上がっている中。夕闇に紛れてこっそり校舎を抜け出そうとしていたわたくしとレイモンドの足が止まる。
「生徒会のお前たちが文化祭をサボると思えないが、そんな大荷物でどこに行くつもりなんだ?」
我が国で王族……しかも竜の血が色濃いものにしか出現しない金色の瞳孔が縦割れの瞳を向けてくるのは我が国の王太子。
それと……。
「会長……」
今期生徒会の会長であるリュカリオン・ヘルセ・ドラグナー。
「それは文化祭の道具一式ではないな。いったいどういうことだ。副会長。書記」
「それは……」
「いや、言い直そう。私物を持ち込んで何をしたいんだ。レイモンド・ウォーリナー子爵令息。コリアンナ・ユーべリー侯爵令嬢」
名前を呼ばれ、そこに学園生活……生徒会として築いていた信頼があるからこその気遣うような響きを感じて……同時に自分たちのすることがこの方の信頼を裏切る行為だと言うことを実感する。
「殿下。悪いのはわたくしです。レイモンドは……ウォーリナー子爵令息は一切の非がありません」
「コリー!! い、いえっ、殿下!! すべての元凶は俺ですっ!! コリーは……ユーべリー侯爵令嬢は悪くありませんっ!!」
侯爵家のわたくしが無理を言ったのだと言えばレイモンドは罰せられないというのにレイモンドはわたくしを庇おうとする。
「何を言っているのかしら。たかが子爵令息がわたくしに何かできるとでも」
扇を口元に持っていき、高らかに告げるが、
「俺がユーべリー侯爵令嬢を騙したので、俺がすべて悪いのですっ!! 彼女は悪くない」
なおも言い募るさまにそれは無理があると再度言い聞かせようとしたが、
「何か事情があるのだろうが、咎めない。――説明してもらえるか。とはいえ、間もなく文化祭も終わる。生徒会として職務を果たしてからにするが」
文化祭が終わる……その前にすべてやり遂げるつもりだったのだが、間に合わなかった事実に観念した。
貴族にはいくつかの派閥があり、わたくしの家であるユーべリー家とレイモンドのウォーリナー家の寄り親であるビルディル侯爵家は犬猿の仲で有名だ。
わたくしがリュカリオン殿下と同年で、生徒会に選ばれた時は家の名に恥じない様にと再三言われ、生徒会副会長に寄り子とはいえ、敵対派閥の子爵子息が選ばれたことを悔しがっていた。
レイモンドもレイモンドで寄り親であるビルディル侯爵に直々に呼ばれて、派閥の恥になるなとユーべリーの娘に目に物を見せてやれと命じられていた。
そんなこともあり互いに相手を意識していた。同じ生徒会であって、殿下を支える立場であるが決して油断してはいけない敵として――。
それが崩れたのはいつだろう。
相手の努力と能力を間近に見せられ続けて、優秀で常に生徒のことを考えての殿下の行動に振り回されているうちに共同戦線を張る羽目になり、否応なく、相手のことを認めるしかなくなっていき、お互いの足りないところを補い合うようになっていくとどんどん派閥関係なく相手のいいところが見えてきて、育った感情が恋となっていったのだ。
派閥に対しての裏切り。こんな邪な考えがそれぞれの派閥にばれて、それがきっかけで殿下に迷惑を掛けてしまったら自分自身が許せない。
だからこそ、こっそり抜け出して……ある程度の時期が来たら死を偽装しようと企んでいた。それぞれ別の場所で遺体となって発見されれば家族にも派閥にも迷惑を掛けない。
派閥間の争いが起きて、国を乱したら本末転倒なので避けないといけない。
「――そうか。分かった」
文化祭が終わって、片づけを済ませた後に、全て説明をさせられた。
「君たちは私が無理難題を押し付けても必ずそれを実行できるような計画を立てて、今日の文化祭も私が見えない裏方の仕事もしっかり行ってくれていた。文化祭のどさくさで抜け出そうとはしていたが、その後のフォローもしっかりできるように人員を動かしているのも見て取れた。――だからこそ」
殿下は頭を下げる。
「そんな君たちの苦痛を理解できなくてすまなかった」
そんな風に謝罪されて、そこまでされるほどの自分達ではないと慌てる。
「駆け落ち……というのだろう。その後の生活の当てはあるのか?」
「最初の頃はそれぞれの持ち物を売る日々ですが、魔法研究の特許をいくつか持っているのでそれを使っていくつもりです」
「わたくしも……子供たちに読み書きを教えられますし、刺しゅうなどで生計を立てられたら……」
今までの生活は当然できないし、生活水準を下げて苦労するのは理解できたが、この手を離せなかった。
だけど、もうそんな計画も失敗に終わった。
こうやって、抜け出す時点でばれていたのだ。いかに浅はかな考えだったのかと思い知らされた。
「……特許があって、それで生活基準を整えるまでの何かが出来るのか」
「そうですね。5年もあれば……」
「内容は?」
「今の魔法道具は大きくて、使い勝手の悪いものが多いのが現状です。それを小型化できる技術を開発したので、それを家庭用の……家事などで使い勝手の良いモノにするつもりで開発しています。これがその試作品で……」
取り出したのは瞬間湯沸かし器。他にも洗濯物が早く乾燥機とか。外でも使えるコンロなどがある。
「ならば、その5年で爵位を継いで、最低でも子爵家から伯爵になれるほどの成果を上げられるか?」
まっすぐな金色の眼差しがレイモンドに向けられる。
「あげられます!!」
強く言い切るさまに、何を言いたいのかと考えていたが、ふとあることに気付く。
「まさか……わたくしを王妃にして5年後に下賜対象にする。ですか……」
竜の血を引く王族は【番】を求める習慣があるが、無事に【番】を求めて、結ばれるのは稀有なパターンだ。
大体が、成人して数年で貴族令嬢をめとる。だけど、【番】にこだわる王の中には白い結婚で終わらせる者も居たり、貴族間のもめ事を解決するための人質として令嬢を一時的に妻にすることもある。
寿命が長い竜の血を引く王だからできる手段だ。
そして、ある程度の時期が来たら妻にした令嬢を【下賜】という名目で優秀な人材に下げ渡す。
「派閥争いとか身分差で結ばれない者達が王のお気に入りならばひそかに行っていた救済策だ。私はお前たち二人を傍に置きたい逸材だと思っている。後、個人的に信頼できる友人だと思っている。此度の未遂事件に巻き込んでくれなかったことを寂しく思う程度にはな」
後半はどこか揶揄うような口調。
「5年も公務に振り回す羽目になるがそれに耐えられるか。他所の男のモノになったという事実に耐えられるか」
辛いだろう。それでも大丈夫だと言える自信があるのなら手を貸すと言われて。
「あります」
「期待に応えてみせます」
そう言い切れる。
駆け落ちを考えていた時にこの方の傍でお仕えできない事実がどれだけ辛く、迷いになっていたか。だけど、そんな唯一仕えたいと思えた存在が自分たちのためにそこまでしてくれる事実に涙が零れる。
その期待に応えられなくてどうする。
即答したわたくし達に殿下は嬉しそうに笑い、その日のうちにわたくしは殿下の婚約者となった。
あれから3年――。
我が国に自然災害が起きて、多くの民が家を失った。だけど、
「レイモンド・ウォーリナー」
「はっ」
「そなたの発明した携帯用コンロが此度の災害で住処を失った者達が餓死も凍死もせずに助かったことに感謝して、伯爵に命じる。それと」
そっと背中を押される。
「わが妃。コリアンナを下げ渡そう」
その言葉と同時にわたくしはレイモンドの妻になることが決まった。
「やっと迎えられた」
嬉しそうに笑うレイモンドに、
「予定よりも早かったわ。ありがとう」
耳元で囁く。
王妃となったことでわたくしは家族も派閥も悲しませず。レイモンドもわたくしを迎えることに支障もなくなった。
すべては殿下の……いや、先日即位した陛下のおかげだろう。
そのことに感謝して、ますます忠誠を誓う。わたくし達は素晴らしい主に出会えたと。
その数年後。わたくしたちの娘が【番】だと知った陛下の動揺に微笑ましく思える日々が来ることをわたくし達はまだ知らない――。
大切な部下が後の妻パターンって実は好き。(ただし、相手が長命種にのみ)