幕間 二人の娘 ―レイラー
母親になるという事がどんな事なのか、私はよく分かっていなかった。
想像の中の私は毎日が幸せで、笑顔に溢れていて。ディーンと子供の3人で幸せに
暮らすことが出来ると、ただ理由もなく考えていた。
村の皆さんとは良い関係を築くことが出来ていると感じているし、身重な私の事を気遣ってくださる、良い方ばかりだった。
出産が近くなったころ、昔の仲間から連絡がありディーンを送りだしたのも、そういった環境があってこそだ。
ただ現実は理想と違っていた。
出産は大変だった。痛いと聞いてはいたが、あれは痛いなんてもんじゃない。
冒険者として大変なこともあったけれど、過去のどんな出来事とも比べる事が出来ない経験だった。
そんな思いで出産したアリシアは、生後の容態が良くなかった。
小さな声でしか泣かず、お乳もあまり飲んでくれない。何より魔力が不安定で、常にか細い魔力しか感じられない。人は魔力が無くなるとひどい疲労に襲われ、気絶してしまう事もある。もはやアリシアが寝てるのか、それとも気絶しているのかすら分からなくなってしまっていた。
月日が経っても一向に良くならないアリシアに、私の頭の中には嫌な考えた浮かぶようになっていった。
いつアリシアが死んでしまうのかと気が気でなくなり、夜寝る事が出来なくなった。起きたら死んでしまっているんじゃないかと、恐怖と戦う日々。
エバさんから魔力不適応症かもしれないと言われた時は、息が止まる思いだった。
もしそうだとしたらこの子は長く生きられない。でも、私自身心のどこかでそう思っていたのかもしれない。その言葉はひどくすんなりと受け入れられた。
そして生後3か月が立つ頃、アリシアの体調は更に悪化した。泣く回数も減り、お乳を飲む量も減っていた。私がいけないのだが、ディーンがいない事も私を追い込んでいた。
もはやこの頃にはアリシアが死んでしまった後の事も考えていたかもしれない。ディーンに早く帰ってきてほしいと思いつつ、間に合わなかったらなんと伝えたらいいのかと、そんなことを漠然と考えていた。
だけどあの日。そう、全てが変わったあの日。私は彼女と出会った。
彼女は姿を見せず、アリシアの中から私に語り掛けてきてくれた。
その後は劇的だった。
彼女はアリシアのギフトスキルで、『知性あるスキル』だった。彼女自身がアリシアの魔力が安定しない原因でもあったけど、彼女は現状をなんとかしようとしてくれているみたいだった。
冷静だったら『知性あるスキル』なんて信じなかったかもしれないけれど、あの時の私は何か頼れる相手が必要だったのだと思う。
その後彼女といろいろ話をしたけど、不思議な方だった。丁寧な口調で礼儀正しい反面、誰でも知っているような事を知らなかったりした。
ただアリシアの事を一緒に心配してくれ、そのために必要な事を考えてくれた。
アリシアを救うためだとしても、結果として私も救われていた。
だからそんな彼女。私のお腹から、アリシアと一緒に出てきた彼女を私の娘にする事にした。きっと彼女は、これから先も私たちと生きていく。なら私の娘でも良いかなと思えた。一人だと思っていた娘が実は二人だったなんてと考えると面白くて、私の気持ちも少しずつ持ち直せていたと思う。
そう思っていた矢先、彼女は消えてしまった。声をかけても返事はなく、ここ数日が夢だったかのように、まったく反応しなくなってしまった。
ただそうじゃなかった。
アリシアの魔力がゆっくりと循環していたのだ。 きっと彼女がしてくれたのだろう。
これでアリシアが救われる。そう思うと涙が止まらなくて、小さなアリシアをずっと抱きしめていた。
彼女はどうなったのだろう。ギフトスキルなのだから、アリシアの中にいることは間違いない。
またお話できるだろうか。次にお話出来るときは、もっとたくさんお話したい。
たった数日一緒に過ごしただけだけれど、もう私の中で、彼女は大切な家族だった。
もうすぐディーンが帰ってくる。
彼はこんな話を信じてくれるだろうか。
私もどこか夢だったんじゃないかと疑ってしまう、そんな彼女についての話を。