第4話 ワールドライブラリ2
「ワールドライブラリの使い方ですか?」
「そうだ! この場所についてだが、ここにはあらゆる知識が集まっている。それこそどこかで誰かが開発した技術から新発見された元素、新しく誕生した星等なんでもだ!」
管理者が振り返りながら手を振り上げ、白衣がバサリと大きくはためく。
どこか芝居がかっており、正直涼花様の姿でその振る舞いはやめてほしいと思う。
「あぁ、どうでも良い情報はないがな。隣人がお昼に何を食べたかなんて誰も興味ないからね」
そう言いながら管理者は肩をすくめた。
「それでこれだけの量の本ですか」
改めて見渡しても、どれだけの量の本があるか検討もつかない。
「そうだな。そして今も増え続けている。だから君が欲する情報も必ずあるはずだ。ところでここにある本は、本に見えるだけで本ではない」
「それはどういう意味です?」
「この場所は来た者によって形を変える。以前は小さな本屋だった。本も羊皮紙だった。その前は建物もなく、石板だったね。他にもホログラム技術を使った施設になった事もある。その者の生活様式やイメージによって変わるのさ」
「それではこの広さは」
「君の世界にはインターネットがあっただろう。情報の宝庫であり膨大だ。そのイメージによって見通せないほど広い場所になったんだろうね」
なるほど。インターネットは情報の海だ。不特定多数の人が情報を提供することで、その広さは日々広がっていた。
「理解はしました。しかしここまで広いと該当の本を探すのに苦労しそうです」
「いやいや、心配はいらないよ。イメージを変えればこの場所は変わるからね。ただ私はこの場所を気に入っている」
「気に入っている?」
「ああ。前の本屋は狭くてね。それに野ざらしもごめんだ。そこで君に相談だが、君が求める本は私が準備しよう」
そう言うとキューレは手を伸ばす。すると上空から1冊の本が飛んできてその手に収まった。
本は装飾などないが、質のいい革表紙になっており見ただけでは内容が分からない。
「君がいま必要な情報はこれだろう。『アルテリア言語学』。君の世界の言葉について書かれている」
差し出された本を受け取りたいが、今の私には体がない。
「困りました。本を受け取れません」
「さっきも言っただろう。大切なのはイメージだと。君にとって情報とはどんな形なんだい?」
なるほど。情報の形は様々な形がある。文字等の視覚情報以外にも五感を使って得られるものすべてが情報だ。ただ私にとって一番分かりやすい情報はデータ形式だ。
目の前の本を0と1の数字の羅列をイメージする。すると本が光り、細かい粒子となって体に吸い込まれていく。粒子は私の体の中で再構築され、情報として蓄積されていく。
――ガイド『アルテリア言語』を得ました――
「アルテリア言語についてダウンロード完了しました」
「お見事。やっぱり君は面白い」
キューレはそう言いながら、ぱちぱちと拍手をする。
「これで君はほかの人と話ができる。今の世界で生きていく助けとなるはずだ」
涼花様のお母様と高齢の女性が話していた内容を思い返すと、今は理解することができた。
やはり涼花様の体調についての確認や不安、そういった話をしていた。
「助かります。ですが、涼花様の魔力については解決していません」
「魔力については安心していい。君たちのお母様に相談してみたまえ」
そう言われて思考に疑問が浮かぶ。
「《《私たち》》の・・・ですか?」
「ん? 何かおかしいかい?」
「いえ、私を作ったのは涼花様なので、涼花様のお母様と言うべきでは?」
「そうかもしれないね。ただ今世では彼女のお腹から産まれたのだから、あなたにとっても母になるのでは?」
「どうなのでしょう……よく分かりません」
言われてみれば、確かにその通りであるし、そうでない気もする。
いや、前世でも涼花様のことを母親と認識していたかというとそうではなかったと思う。
そもそも生物学的な母親という意味は分かるが、関係性と言われると分からない。
「まあいいさ。家族とは血縁ではなく、当事者の意識の問題だと考える者もいるからね。ただこれで魔力についても解決するはずだよ」
「分かりました。ありがとうございます」
現状の問題について、解決のヒントは得ることができた。
あとは戻り次第確認してみよう。
そう思っていると、管理者は何か思い出したように、手をたたく。
「ああ、あと一つだけ伝えておこう。しばらくここに来てはいけないよ」
「何故?」
「ここに来るのも魔力を使う。実は今回、私が魔力を提供している。していなかったら彼女が死んでいたかもしれない」
伝えられた内容に背筋が凍る気持ちになる。
私への魔力により体調がすぐれないところに、追い打ちでスキルを使ったのだ。
より悪化する可能性は当然ある。
「っ! 分かりました。涼花様の体調が安定し、魔力に余裕が出来たらまた来ます」
「そうしなさい」
管理者はうなずくと、数歩エデンから距離をとる。
「それじゃあ、そろそろ戻ると良い」
管理者がそう告げると、エデンの視界が大きくぐらついた。
「な、なにが……」
「久しぶりに楽しい時間を過ごさせてもらった。次に来た時、またいろいろと教えてえあげよう。君のこの先を応援しているよ」
「分かりました。このお礼はまた」
視界が黒く塗りつぶされていく中で、最後に見えたのは優しく微笑んでいる管理者の姿だった。