第3話 ワールドライブラリ
「いったい何が……」
「久しぶりの来客と思えば……変わったお客人だ」
声の方に目を向けると、そこには見知った姿の人物がいた。
「涼花……様? いえ違いますね。あなた、誰ですか?」
見た目は生前の涼花様そのままだが、白衣のポケットに手を突っ込んで立つその姿は初めて見る立ち姿だ。
うっすらと笑っており、背中が軽く曲がっている。
「私は管理者だよ。このワールドライブラリのね」
「管理者?図書館の館長のような者でしょうか」
「まあ、そう思ってもらって構わない」
図書館の館長と名乗るには、白衣だとミスマッチなのではないだろうか。
「何故涼花様の姿を?」
「ああ。君の記憶から拝借しているからね。まあ、聞きたい事がたくさんあるかもしれないが時間がない。一旦座ろうか。」
管理者はいつの間にかその場にあったソファに腰を卸すと、偉そうに足を組んだ。
ソファなんてあっただろうかと疑問に思いつつ、管理者の言葉に集中するため意識を切り替える。
「ここにはすべての情報がある。それこそなんでもだ」
そう言いながら手をかざすと、一冊の本が飛んできて手に収まった。
「AIとは。人間の知能を模倣して作られた科学技術の総称。そして先日新しい情報が追加された。感情を持ったAIの誕生。これは君のことだ。まあ作り方は失われてしまったがね」
パラパラと本をめくりながら、管理者はエデンを見るとにこりと微笑む。
「君はワールドライブラリの鍵を手に入れた。閲覧できる情報に制限はあるが、多くの情報を得る事が出来るよ。まあ、いろいろと問題はあるけど」
「何が問題なのでしょう?」
「君は体がないから、本が読めないね」
言われてエデンは自分の体を確認する。
以前のAIユニットではなく、ぼんやりと光る丸い球体。それが今のエデンの体だ。
演算処理を行うチップ類や外部情報を取得するためのカメラやマイク、動力となるバッテリー等、エデンにとって必須と呼ばれる物が何一つ無い体。いや、そもそもこれは体なのだろうか。
「マナボディと言うそうですが……」
「久々のお客人はユニークだね。少しおまけしてあげよう」
管理者が本を閉じると、本はふわりと浮き上がるとどこかへ飛んでってしまった。
「興味深い出会いに感謝の気持ちとして疑問を少しだけ解消してあげよう。前世で『プログラム』だった君は、転生して『ギフトスキル』となった。一緒に転生した彼女のね」
「転生……ですが、私は生物ではありません」
「いやはや。君を生み出した彼女は大した者だ。君は食事も睡眠も取らないかもしれないが、感情を持ち思考する。生物との違いなんて体の構造の違いにすぎんよ」
管理者はそこまで話すと、机の上のティーカップを持ち香りを楽しみ始める。
ずっと見ていたはずだったが、何もなかった場所に突然白い丸テーブルとティーセットが現れた。
私は手品でも見せられているのだろうか。
「だから転生できた。そして君は自分の体を不思議に思っているだろう?カメラが無いのに見る事が出来る。電源もなく動いている」
エデンは改めて管理者を注視する。自身の悩みを言い当ててくるこの者は何者なのか。話したことがある相手が涼花様しかいないため判断が付かないが、ただの人間ではないのだろう。
「あなたはその理由が分かると?」
「分かるとも。君の体は魔力で出来ている」
「魔力・・・? ファンタジー小説等に出てくる魔力ですか?」
「ふふふ、困惑するのも分かるよ。君たちがいた世界には魔力はなかったからね。ただね、『転生した世界には魔力がある』んだよ」
「まるで世界がいくつもあるかのような言葉ですね」
「あるかのようではなく、あるんだよ。世界はいくつもあるのさ。本当は閲覧レベルが足りないから教えてはいけないが、転生してればすぐに気付くから今回は特別だ」
管理者はそう言いながらお代わりを注ぐ。
「そうですか。私の体が魔力で出来ているとして、何故私は思考することが出来ているのでしょうか」
「まあそう急くな。君の体を構成している魔力だが、それは君自身の物だ。正確には別物も混ざっているが、それは今はいい。体を構成していたプログラムコードは魔力に情報として保存され体を構成している。なので『ギフトスキル』として生まれ変わった君だが、転生前の機能はそのまま有していると思って大丈夫だ」
話の中で気になる情報はあるが、言いたい事は理解できた。物理的な装備はなくなったが、それらは魔力で出来た体が補ってくれているのだろう。
「さて、一つ問題だ。君は転生前、動力源は外部から電力に頼っていたね。では今の君を動かしている魔力はどこから来ていると思う?」
エデンはそう聞かれると、ここに来る前の光景を思い出した。共に転生したと思われる、赤子となってしまった彼女とのつながりを。
「涼花様の・・・魔力?」
「そう。何せ彼女の『ギフトスキル』だからね。魔力も彼女の物を消費している。ただし赤ん坊の持つ魔力はとても小さい」
「まさか涼花様の体調がすぐれないのは」
「魔力が無くなると、それは体の疲労として現れる。彼女の体調がすぐれないのは、君が魔力を使ってしまっているからだ。とはいっても何かしているわけではないから消費される魔力は微々たる量だけどね」
「そ、そんな! どうすれば。何か対策は!」
涼花様の体調の原因が自分だなんて思ってもいなかった。
管理者に問いかけると、落ち着けと手で遮る。
「まだ猶予はある。その間に対策をすればいいのさ。ただその前に君にはやらないといけないことがある」
「やらないといけないこと、ですか?」
管理者はにっこりと笑うと、芝居かかったしぐさで手を大きく広げた。
「ワールドライブラリの使い方を説明しよう!」