Case:1- 心身疲弊主婦/首吊り補助
「もう、疲れてしまって... 」
このオキャクサマは、いつも使うSNSではなく、とある区画を散策中に見つけた、心身共に疲れきって、将来の希望もない、典型的な主婦だった。
ここら辺の地区はボロアパートや団地が多く、様々な問題を抱えた人 - 死にたがりな新規顧客を獲得しやすいだろうと考えて市場調査に来ていた。ついでに言えば隠れた貧困が多い地区の集合住宅は、まともな監視カメラが無い場所も少なくない。最近はデジタル化の一途を辿り、そんな物件も少なくなったが、どこにでもケチや、金に余裕がない人、怠惰な大家や監理者は存在する。
貧困は歪んだ環境や問題を生み、余裕がなくそれが解決できない人は、次第に心を病んで、生きる気力も無くす。っていうのが僕の推測なんだけど、あってる?
ときどき僕は、人の考えを分析しつつも理解できないことがあるから、えらそーに言ってるだけで自信は無いんだよねー。
まあ、結果的にこの僕の素人ながらの予測は間違ってなかったわけだ。それどころか、この地区のアパート数件は、短期的に割と良い狩場になった。
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「... 色々な事に疲れてもね、逃げ出せないのよ」
そう話す目の前の主婦は、暗い顔で、心身共に疲れきってしまったような雰囲気を醸し出していた。夜遅くに何度も歩き回ったこの街のアパートの一つに彼女は住んでいた。激安スーパーの袋を下げて、皺と痣と不幸オーラに塗れた彼女を見た瞬間僕はピンと来た。
DV家庭、もしくは貧困家庭。
あるいはそのどちらも該当するだろう。
近所の住民のような感じで近づき、にこやかに親切そうに話しかける。『お荷物、お持ちしましょうか? 僕同じアパートに住んでるんです! 』とかなんとか。嘘は後でちゃんと辻褄が合うように全て覚えておく。それ以外はその場のノリと観察眼で速攻プレーで乗り切り、相手の懐へ潜る。
あとは会話だ。親切、心からの心配を見せる。占い師がよく使う手段で、その人だけでなく多くの人に当てはまるような事を大袈裟に言って、一気に距離を縮めて『親切な理解者』になる。
いつもの手口で、なんやかんやこの主婦さんは僕に帰り道の距離数百メートル中であっという間に心を開いて、愚痴や不安を僕に吐露してくれた。
ばかなのかな? 不審者にお喋りとか、僕死んでもしないよ。リスク高すぎるでしょ。
なーんて心の声は1mmも漏らさない。まあ、それだけこの人が『さみしかった』『充たされてなかった』『日常がつらかった』ってだけ。それがたった通りすがりの青年のほんの少しの『親切』で溢れてしまっただけ。溢れるように、僕が仕向けた。
個人情報は聞きすぎず、相手が話したい心の闇を引き出させる。それが警戒されずに話し相手になるコツ。
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... あれっ。だめだやっぱり覚えてないや。
僕は基本その場で、速攻で最適解を言えるし、概ね正しい選択肢を拾える。例えばこの心身疲弊主婦さんの嘆きに付き合ってる時も、正しい質問の仕方や声のトーン、彼女が僕に言ってほしいであろうことの分析を、その場で大して考えずに口にしてるはずだ。
それなのに、終わってみれば、僕は彼女の名前も、その時の愚痴も、ぼんやりとしか覚えてなかった。
松村? 村松? 松山?
千鶴? 千秋? 千里?
会話の方がまだ記憶に残っているけど、物語の『あらすじ』程度の内容しか覚えてない。DV夫だか、姑問題だか、夫が浮気相手の家に住んで帰って来ないだか。まあどれも似たりよったりか。
そんな彼女は、天井から釣り下がって事切れている。
足元には僕が蹴って倒した椅子。
ああ、今日の営業話は、早く纏まったな。
『... そんなに辛いなら 逃げてもいいのに』
『死んじゃうことは悪いことじゃないよ? やっと楽になれるんだーって、みんな死ぬ前は笑顔で泣くもん。割とそんなもんだよ〜』
『こんな苦しい世界から逃げ出そう。怖い? 僕が『お手伝い』してあげるよ』
『あんまり大声で言えないけどね、僕はこういう者です』
-あなたに足りない、一押しの勇気を-
「自殺ヘルパー、つかってみない?」
『ただ何もできずに生きる屍を生かす為だけに介護士がいるんだから、生を終わらせる為の介護士がいても、全然おかしくないんだよ。』
首吊り、ありふれていて平凡な自殺方法。ありふれて平凡な主婦さんにはぴったりだったのかもしれない。
僕は普通よりちょっと疲れた人を、衝動的に死にたくさせることに長けているだけなのか。それとも死に誘われている人を見繕うのが得意なだけなのか。
どっちでもいいけど、今日は特別オプションで割引料金3万円にしてあげたから (お金がない人から無理に取る趣味はない)、吉野家には寄らずにセールのおにぎり買って帰ろうっと。




