鶏肉好きの鳥山さん【改訂版】
『鶏肉好きの鳥山さん』の改訂版です。
前の原稿に大幅に加筆修正してみたら、ほぼ別物じゃないか……?となったため、新たなものとして投稿しました。
改訂前のお話と比べてみてください。
鳥山さんはカナダのビクトリアに住む紅茶と鶏肉好きの鳥人だ。
日本人だが、いろいろあって数年前にここにやってきた酉年生まれの優男。
青鷺のようにすらりと高く、その端正な顔を鸚緑に白いラインと真紅のワンポイントのあるハットが飾っている。
鳥山さんは本好きで読書が趣味だが、夜盲症を患っており、あたりが暗くなると本が読めなくなってしまうことが悩み。しかし、読書が好きなだけあって物知りで近所の人たちからは一目置かれている。
そんな鳥山さんの朝は早い。
一番鶏が鳴き出す前に起床し、身支度を整えたあとは決まって朝刊を取りに行く。
そして、千鳥格子模様のテーブルクロスのかかった窓辺のテーブルで読書をしながら朝食をとる。
本日のメニューは自家製うぐいすパンとひよこ豆のスープ、そして紅茶。
朝食の準備をしながら、壁一面の本棚を眺める。
その本棚にはさまざまな本が納められているが、とりわけ、青い鳥文庫の本が多く並んでいる。
およそ鳥山さんのような年齢層の人とは取り合わせが悪いのではないかと感じるが、本人にとり、それはトリビアルな問題のようである。
そして、その中から今朝のお供として選ばれたのは『トリスタンとイゾルデ』……のはずが、手には『TRICK―トリックthe novel』を持っている。
どうやら取り間違えたようだ。
さすがの鳥山さんも朝からbirdなミステリーはトリブチルアミンを飲み干すようなものだと、動揺して取り落としてしまった。
昼は風見鶏が見える、鳥山さん自慢の庭で野鳥の会のメンバーを招いてお茶会。
極楽鳥花やオーニソガラムが咲き誇る温室には野鳥がよく訪れ、自然と遊ぶ野鳥の姿を好きなだけ撮り放題であるため、この庭はメンバーにも大変好評だ。
今日は庭のテーブルに雀くらいの大きさのお手製ケーキをメジロのようにたくさん並べ、アフタヌーンティーを楽しみながら野鳥を観察することにした。
メンバーたちは美しく並べられたケーキを前に選り取りみどりで迷ってしまうわ、などと言いながら小鳥のようにはしゃいでいる。
時間は流れて、ゴジュウカラの話で盛り上がっていたとき、ふと、バードバスに目をやるとアカメモズモドキが溺れていた。
鳥山さんは急いで救出したものの、溺れていたためかアカメモズモドキはひどく弱っていた。
とりあえず暖めなくてはと小鳥をタオルで包んだ。そのあとは小鳥をメンバーに任せ、彼は部屋にミルクを取りに戻った。それを少しずつ飲ませるていると、だんだんアカメモズモドキは元気になって窓から颯爽と飛び立った。
飛び立つ後ろ姿をメンバーと観察していると、烏がお茶会の終わりを知らせに来た。
メンバーたちはめいめい自宅に帰っていき、鳥山さんはそれを見えなくなるまで見送っていた。
しかし、不意に大きな鳩時計を見やると、大変だ、と呟き、コンドルのように鋭敏な動きでどこかへ出かけてしまった。
そして、やっと帰って来た鳥山さんの手には本が1冊あった。
近くの書店に取り置きして貰っていた本だ。
その書店は鳥山さんの行きつけで、店主が世界中を飛び回って蒐集した稀覯本が山のようにある。
本好きの鳥山さんには堪らない場所であり、特に用事がなくても訪れては世間話をして長居している。
店主は変人でしかも頑固な男、と近所では有名だが、鳥山さんのことは珍しく話が分かる男、取り繕うこと無く、自然に振る舞うヤツとして気に入っているようで、彼が好みそうな本を探してはこっそり置いている。
今日も書店に長居してしまったせいで、もう夕食の時間となっていた。
さっそく夕食の準備をする鳥山さん。彼はお菓子作りだけでなく、料理もお手のものだ。
ただ、トリッキーな事をしたがるのでそれが鳩目……いや、裏目に出て失敗するのが玉に瑕である。
今日のメニューは鶏もも肉のソテーとトリッパ、里芋の煮物と白ごはん。そして、食後にはバニラアイスを用意している。
どうやら彼には「食べ合わせ」という概念は待ち合わせていないようである。
というより、ディナーには必ず白ごはんと和食を一品、用意するというこだわりがあるために、このようなちぐはぐなメニューとなっているようだ。
1人で優雅に食事を摂っていると、突然電話が鳴った。
鳥山さんが慌てて電話を取ると、相手は日本にいるお母さんからだった。
取り急ぎの報告や取り留めのない話をし、会話を終えた。
どうやら、鳥山さんのお母さんは海外に羽ばたいていった息子を心配しているようだった。
まるで焼け野の雉子、夜の鶴と言った具合である。だが、そんな母の思いを知ってか知らずか、鳥山さんは
「いつまでたっても巣立っていった子供から離れられないんだよな。」
と呟いていた。しかし、鳥山さんはどこか嬉しそうだ。
そうして、ゆっくりとした夕食を終えるとバスタイムである。
実は電話が鳴った時、アイスを落としてしまっていた。
このまま、アイスが服にべっとりと染みたままで放置すれば取り返しがつかなくなる。
服を脱ぐついでに少し早めのバスタイムというわけである。
青い鳥があしらわれたタイル張りの浴室には猫足のバスタブが置かれ、その中はたくさんのアヒルのおもちゃが浮かんでいる。
鳥山さんは鳥肌が立ってしまわぬよう、念入りに掛け湯をし、そっとお湯に入った。
しかし、その努力は実らなかったようだ。彼は
「とりあえず……改善すべきはお湯の温度なのかな。」
そんな風に鳥山さんはぶつくさと独り言を言いながら、烏のような速さでお風呂から上がり、寝る準備に取り掛かった。
マグリットの『大家族』のレプリカが目を引く、静かな寝室に向かうと、おしゃれなふちどりのあるシックなパジャマに着替えた。
暖かい羽毛布団にくるまれながら、『リトル ターン』を読むことにしたようだ。
しかし、鳥山さんは睡魔に取り憑れたようで、ベッドに入るとすぐに、すやすやと眠ってしまった。
ここで午前零時を報せる鳩が鳴き、鳥山さんの一日が終わった。