5話 盲導犬
盲導犬とは視覚障害者を安全に快適に誘導する犬のことである。ただどの犬でもなれる訳ではなく厳しい訓練を乗り越え選ばれた犬しかなれない。
「ライト、帰るよ」
(…3m先に自転車…ここは段差……曲がったら…もうすぐお家につくよ瞳ちゃん!)
女性はペタペタと表札に手を触れ、ここが自分の家だと認識し鍵を開けて家の中に入る。
「…ついた…はぁ…ただいま。ライトありがとう」
ゆっくりと座り靴を脱ぐ。そしていつもの場所においてあるタオルでボクの足、肉球を拭く。
(少しくすぐったい。けどこの時間好きだなぁ)
彼女はボクのパートナーの瞳ちゃん。瞳ちゃんは2年前交通事故で視力を失った23歳の女の子。視力を失い塞ぎ込んでしまった瞳ちゃんを見かねたパパさんとママさんがボクを迎え入れた。最初は全く話かけてくれなかったけど今は…
「ライト、今日のタ飯はカレーだって。私も手伝うの。少しずつでもまたお料理したいから」
嬉しそうな顔でボクに話しかけてくれる。瞳ちゃんが嬉しいとボクも嬉しい。ライトは瞳ちゃんがつけてくれた名前。”私の道を照らして”という意味らしい。そうだ、ボクが瞳ちゃんの道を照らすんだ!
「行くよ、ライト」
瞳ちゃんは家から20分程離れた職場で働いている。20分でもお外は危険なものでいっぱい、瞳ちゃんを安全に導くんだ!
『ヒソヒソ………ヒソヒソ…………』
ボク達を見て何か話してる人がいる。でもそんな事はもう慣れっこだ。未だに盲導犬について理解がない事が多い。お店に入るのを断られることもある。ボクの毛が商品に入ったりするとお店の人はすごく困るみたい。瞳ちゃんは全然悪くないのにボクの代わりに謝ることもある。悔しい、ボクが話せたら…
「ライト、私負けないよ。ライトも頑張ろうね」
(うん!瞳ちゃんとならどんなことでも頑張れるよ!!)
今日は瞳ちゃんのお仕事はお休み。いつもはお家でゆっくり休んでるのにお着替えしてる。どこか行くのかな?壁に手を当て階段をゆっくり降り靴を履き立ち上がる。
(瞳ちゃん?どこ行くの?お外の時は一緒だよ?ハーネス持ってきたよ?つけてよ?)
「今日はライトお留守番だよ…じゃあね…ライト…大好きだよ」
瞳ちゃんがボクを優しく抱きしめる。…あたたかい。わかった。ボクお留守番して瞳ちゃんが帰ってくるの待ってるからね。………………………………………その日、瞳ちゃんは帰ってこなかった。……………………………………瞳ちゃんが帰ってきたのは………一週間後…………骨壺に入った状態だった。瞳ちゃんは自殺だった。一人でマンションの高い所に行って飛び降りた。見つかった時の姿はぐちゃぐちゃだったって………何で?どうして?どうして死んじゃったの?瞳ちゃん…負けないって言ったよね?一緒に頑張ろうって言ってたよね?………………ひっぐ…うぅっ………!!!瞳ちゃんっ!!会いたいよぉ…うぅっっっ!!!
「どうして泣いているの?」
(…えっ!?だっ…誰!?)
目を開けるとそこには黒い服を着た女の人がいた。女の人はボクの隣に座った。
「泣き声がきこえたの。どうして泣いてるのか教えてくれるかしら?」
(うっぐ……瞳ちゃんが…飼主が死んじゃったんだ…もう会えない…会いたいよ…瞳ちゃんっ!!)
女の人はボクが落ちつくまでずっとそばにいて話をきいてくれた。
(…ありがとう、そばにいてくれて…落ちついたよ…)
「これからどうするの?ご家族は何て?」
(…多分新しいお家に移動すると思う…もうここにいる理由なくなっちゃったから…でも、新しいお家行きたくない。瞳ちゃんと一緒にいたい…瞳ちゃんに会いたいよ…)「………あなたの役目は何?ここで泣くこと?」
(…ボクの役目…?)
『私の道を照らして、ライト』
『私負けないよ。ライトも頑張ろうね』
(…っっ!?瞳ちゃんっ!?)
もう瞳ちゃんはいないはずなのに瞳ちゃんの声がきこえた気がした。……………そうだ。ボクの役目は目の見えない人を安全に、正しい道へ導く光、ライトだ。
「泣かないで。あなたはもう大丈夫。乗り越えられる」
(あっ!ありがとうございました!……えっ?)
いつのまにか女の人の姿は消えていた。…ボクの役目、それは………
数ヶ月後
「ライト行こう」
(うん!ボクが導くよ!)
ボクは今新しいお家で新しい飼主さんの道を照らしている。
(瞳ちゃん見てる?ボク頑張ってるよ!お空からずっと見ててね!)
『………』『…………………』『頑張れ、ライト』
…優しい声で…そんな声がどこからか聞こえた気がした…そういえばあの女の人今何してるのかな?お礼ちゃんと言えなかったなぁ…
「………………………………ふふっ」