第3話:ゼクスとズィーベン
フィーアさんが起きてから歩くこと数十分後。俺たちはノインさんに説明された抜け道を使って本部のある街まで戻ってきていた。
ちなみにこの抜け道、転移魔法をうんたらかんたらって言ってたから多分魔法の類なのだろう。
異世界の街ってどんなのかな〜っと思って少しワクワクしていたのは秘密。ちなみに見た感じ、前の世界とそれほど大差はなかった。
もっと屋台とか市場とかそういうのあるのかなと思ったら案外そうでもなくて、俺の住んでた地域から高い建物を全部とっぱらった感じのかなり現代チックな街並みだった。あ、ガソリン車とかは通ってなかったけど。
「こっちだよ。あんまり人目につかないようにね」
フィーアさんがそう言って、路地裏の方に手招きしている。
見られたら何かまずいのだろうか…そう思っていたら、不意に後ろから声をかけられた。
「あらーアハトちゃん!元気そうで何よりねー!」
妙に甲高い近所のおばちゃんのような声だった。振り返ってみると、本当に想像していた通りのおばちゃんだった。服は洋風だが、その雰囲気からまさに!といった感じだ。
「え、は…はぁ…あの、急いでるんで…」
「いやねぇせっかく久しぶりに会ったんだからちょっと話でも!」
「いやあの本当困るので…」
おばちゃんは結構強引だった。半ば無理矢理振り切ってフィーアさんの後を追う。
一本道を走って突き当たりで曲がると、フィーアさんが苦笑いをしながら立っていた。
「…だから人目につかないようにって言ったのに。アハトは誰にでも好かれるから、大通りに出るといつもあんな感じなんだ」
「そうなんすか…」
しばらくは下手に外出出来ないなこりゃ。話してる中でボロ出そうもんならどうなるか…
「ほら、もうちょっとだよ。あそこ曲がったら本部」
俺は黙ってついて行った。フィーアさんもずっと黙っていたから、お互いなんとなく気まずくなった。
路地裏を抜けると、目の前にれんが造りの西洋風の建物が現れた。
貴族のお屋敷のような見た目で、なんだかここだけ時代に置いて行かれたようだ。聞けば、重要文化遺産だとか。こっちの世界にもそういうのあるんだなー
「大通りから少し離れてるからあまり人も来ないし、普段から結界で守られてるから奇襲にも強いんだよ!」
「へぇ〜…」
結界…言い分から察するにバリアみたいなもんなのか?
転移魔法に結界。ファンタジーだな〜
そんなことを考えながら、入り口の門へと歩みを進める。
「あ、お帰りなさい。アハトさん、フィーアさん」
「ん…?」
いきなり耳に飛び込んできたのは、可愛らしい少年の声だった。
門の前に目線を移すと、箒を持った推定9歳の男の子が笑顔で立っていた。海の色という言い方がまさにピッタリな蒼い髪を、首元で小さく一つにまとめている。
「ゼクスただいまー!」
フィーアさんも笑顔で挨拶を返す。
なるほど。この子はゼクスって名前なのか。
「た…ただいま…?」
お邪魔しますの方が気持ち的には合ってるけど、ここは周りに合わせて…
「無理しなくて大丈夫ですよ〜。ちゃんと聞いてますから」
あ、そうなのね。ありがたい…
「アハトー、行くよ?」
「あ、はい!」
いつのまにかフィーアさんは入り口で待っていた。後を追って建物の中に入っていく。
「今の子はゼクス・ジュンライ。弟くんと一緒に、本部建物の警備をしてくれてるんだ。ゼクスは外担当」
建物内の廊下を歩きながら、フィーアさんの言うことに耳を傾ける。
「へぇ〜…あんなに小さいのに…」
「結界魔法を使える人材って意外と貴重だからね。ま、そういう割にはここには結構結界持ち集まってるんだけど!」
ほう。結界魔法って貴重なのか。アハトもステータス見る限りは使えるみたいだったし、落ち着いたら試してみようかな。
それにしても…多分警備を任されるほどだから強いんだろうけど…あんな子供に門番させるって、前の世界じゃ考えられないよなぁ…
「おっ。兄貴意外と早かったっすね。おかえりっす!」
また前の方から、今度は元気な少年の声が聞こえてきた。声のした方を見る。…やっぱ分からん!だれ⁈
違うってのはわかるけど、さっき見たゼクスくんと見た目がかなり似ている。
えらくボサボサとした短髪の少年が、俺たちの前に立っていた。ニコニコと友好的に俺の方見てるけど…その方に担いでるの、何?パッと見ライフルに見えるんだけど、気のせいだよね⁈
「こら、ズィーベン。建物の中でライフル持ち歩かない!暴発したらどうするの!」
やっぱりライフルかよ!っていうかフィーアさん、そんな「行儀悪いことしないの!」みたいなノリで注意するものじゃないでしょこれ!
暴発の威力がどれくらいかは知らないけど、下手したら人が死ぬんじゃなかろうか。
「大丈夫っすよ姉御!弾は抜いてるんで!」
じゃあ持ち歩く意味無くないか⁈
「ふーん…ならいいか」
いいのかよ…まあ、怪我の心配がないならいいのかな。うん。
「それにしても兄貴のその反応、やっぱり記憶飛んじゃってるんすね…」
しまった。顔に出てたか…ズィーベンくんは打って変わって悲しげな表情を浮かべる。
…謝りたいが、上手く言葉が出てこない。
「ん?でもこれってつまり一度やったネタでも笑ってもらえるってコト⁈よし!兄貴!今からやるんで見てくださいよ!」
さっきまでのしんみり空気返せ!!…ま、まあ、ポジティブシンキングな子で良かったよ…
「ごめんズィーベン。今、私たちリーダーのとこ行かないといけなくて…」
「あーそういえばそんな言伝があったような。なら仕方ないですね!んじゃ!俺は警備あるんで!!」
ズィーベンくんはあっさりと引き下がり、俺の脇を通り抜けて走っていった。俺とフィーアさんは、廊下を再び進んでいく。
「今の子はゼクスの双子の弟のズィーベン。建物の中の警備をしてくれてるんだよー」
ほえー、またあんな小さい子が警備とは…能力があったらその分いい地位につけるっていうシステムなのかな。
それから俺とフィーアさんは、すれ違う他の仲間さんたちと挨拶を交わしながら廊下を進み続けた。
「あ、ここだよ。」
フィーアさんが不意に、大きな扉の前で足を止める。重々しい扉を前に、思わず足がすくむ。
「緊張しなくても大丈夫だよ。怖くもないし」
いやいやそうは言ってもですね…目上の人に会うんだから…緊張とか色々…
「ん?あれ、もう着いたんか」
ビクゥゥゥゥッ!!
「わっ!後ろに居たんですか⁉︎脅かさないでくださいよー」
「いや、脅かすつもりは無かったんやけど…」
…思い切って後ろを振り返る。
そこには、どこから馴染みのある雰囲気を放つ(いかにも染めましたって感じの)銀髪の男が立っていた。身長は180くらい…?
「ただでさえリーダーは背も高いんだから、威圧感が凄いんですよ!」
「そこまでいうか……お、アハト。体調はどないや?」
急に話振ってこないで⁈まだ心の準備出来てない!!
「あ、えーっと…体調は大丈夫…?です…。」
「へえ。…フィーア、ボクちょっとアハト話するわ。悪いけど、自分の部屋で待っててくれんか?」
ちょーっと待って⁈マジで⁈こんなガタイのいい男といきなり⁈やばいシメられそぅ…
「…?…分かりました」
フィーアさんはちょっと不満げだったけど、仕方ない、と言った様子で廊下を戻って行った。
待って!フィーアさん!二人きりにしないで⁈
「よっしゃ、ちょっと話そか。ほら、入り。あんま他のやつに話漏らしたくないしな」
声の調子は緩いが、背も高いしガタイもいいしで十二分に圧がある。それから勘だけど、この人めちゃくちゃ強いのではなかろうか?
「……は、はい…」
小1の頃の鬼担任を脳裏に浮かべながら、俺は部屋に入った…