フクロウの恩返し(?)
公爵家の一人娘、マルゲリット・オリヴィエ。オリヴィエ公爵家の正統な後継者である彼女はあることで悩んでいた。
「はぁ…しんどいです…もう何も考えたくない…逃げたいです…」
彼女をここまで悩ませる相手は彼女の婚約者、パトリス・ペルスヴァル。原因は…彼の浮気である。彼女の口からは、思わずぽつりぽつりと独り言が溢れる。
「私の何がいけなかったのでしょう…パトリス様は私の何が気に入らないのでしょうか…」
侯爵家の三男である彼は、貴族の子女の通う学園にマルゲリットと共に通う。卒業後は女公爵となるマルゲリットを支えるパートナーとして、すぐに結婚することが決まっている。だが、婿養子になり公爵位を継ぐのだと最近まで勘違いしていた彼はマルゲリットが女公爵になり自分はその夫という立ち位置なのだと知って大激怒。逆ギレして八つ当たりに浮気三昧になってしまった。とんでもない最低男である。
「しかもよりにもよって相手はロメーヌ・パピヨン様…あの男性を取っ替え引っ替えすることで有名な男爵家の可憐な花…敵いっこないです…」
相手が色々と悪名高いご令嬢であるため、学園の内外に噂が広まるのも早かった。それがまたマルゲリットを悩ませた。
「恋愛結婚でも無し、愛人を囲われるのは構わないのです。ただ、これ以上噂になるのはさすがに…せめて結婚して子供をもうけてからにしていただきたいのです…」
そんなマルゲリットの切実な思いとは裏腹に、パトリスは今日もロメーヌと昼食を仲良く食べている。マルゲリットは居た堪れず、食堂から逃げるようにして学園の中庭に。
「なぜ裏切られた側の私が逃げ隠れなきゃいけないのでしょうか…」
マルゲリットは人目を避けるように中庭の奥へ進む。するとそこには何故か、烏の集団に攻撃され、今にも連れ去られそうな幼いフクロウが。
「フクロウさん…!こ、こらー!烏さん、神獣を虐めちゃいけません!」
この国の宗教では、フクロウは神獣とされる。マルゲリットは、幼い神獣を助けるために烏の群れに突撃。自らも烏の群れに襲われたが、なんとか救出。そのまま逃げた。
「フクロウさん、大丈夫ですか?」
「ほー」
「…とりあえず、私が保護して差し上げますね」
「ほー」
優秀なマルゲリットは、学園の卒業に必要な単位を取得済みである。もう無理して学園の寮に居続ける必要もない。神獣であるフクロウの保護を名目に学園に特別な許可を得て、マルゲリットは荷物をまとめてオリヴィエ公爵家に帰ってしまった。
「フクロウさん、ありがとうございます。お陰で実家に帰れます」
「ほー」
オリヴィエ公爵家の面々はパトリスの浮気を噂で知っていたので、マルゲリットを労わり優しく出迎える。幼いフクロウの保護も許可をくれた。
「この程度のケガなら、すぐに治りますよ」
「ありがとうございます!」
「貴女がこのフクロウを保護してくださって、本当に良かった。そうでなければ、もしかしたら本当にそのまま烏の群れの餌食になっていたかもしれません。こちらこそこの命を助けてくださってありがとうございました」
幼いフクロウを獣医に見せて、数日分の傷薬をもらい甲斐甲斐しく塗ってやるマルゲリット。毎日美味しいご飯も用意してあげた。すると数日で怪我も治り元気になる。数日間そんなフクロウを見守ってきて愛着が湧いたマルゲリットは、一時的な保護ではなく本格的に飼おうと決意した。マルゲリットのそんな様子を見て、家族も反対はしなかった。
「フクロウさん、お名前は何がいいですか?本格的にフクロウさんを飼おうと思うのですが」
「ほー」
幼いフクロウは、ぱたぱたと走って本棚のとある本をつつく。
「…バアルの航海日誌?」
「ほー」
「バアルって名前がいいのですか?」
「ほー!」
ご機嫌に返事をする幼いフクロウ。
「じゃあ、貴方は今日からバアルです!」
「ほー!」
「バアル」
「ほー」
「ふふ、なんだか幸せですね」
「ほー?」
数日前にはあれだけパトリスのことで悩んでいたはずなのに、いつのまにかどうでも良くなっていたマルゲリット。開き直ったら、早かった。
「すみませんでした!本当に申し訳ない!」
「…そうは言われましても」
「ほー」
「心を入れ替えます!もう一度やり直してください!」
「パトリス様にはロメーヌ様がいらっしゃるでしょう?」
あれから半年が経ち、マルゲリットはバアルと幸せな生活を送り、悩みも忘れて楽しく日々を過ごしていた。それなのに悩みの元凶であったパトリスが屋敷に現れ、マルゲリットに土下座している。
「君のご両親から婚約の解消を打診されているんだ!両親からも、どういうことだと問い詰められて!君が許してくれないと勘当されるんだ!頼むから許して、婚約を継続してくれ!」
「そうは言われましても…とりあえず、バアルは落ち着いて」
何故か、マルゲリットとパトリスの間に起きたことなど知らないはずのバアルがパトリスを羽を大きく広げて激しく威嚇する。マルゲリットにとって、パトリスの謝罪よりもバアルの興奮の方が大問題だった。
「マルゲリット、本当にロメーヌとは縁を切ったんだ、信じてくれ!」
「ほー」
「…えっと。とりあえず立ってください、パトリス様」
「…本当に申し訳ない」
「…もういいんです。ただ、結婚は家同士の約束事。両親が婚約解消を決めた以上私としては…」
マルゲリットは慎重に言葉を選びつつも断る。が、パトリスはしつこかった。
「そこをなんとか!マルゲリットから説得してくれ!」
「ほー!」
「ていうかさっきからなんなんだそのフクロウは!躾がなってないな!そんなフクロウは放っておいて、俺の話に集中してくれ!」
「…は?」
バシッ!
その瞬間、マルゲリットは思わずパトリスの頬を思い切り扇子で叩いていた。マルゲリット本人も一瞬自分がしたことに戸惑うが、怒りの感情の方が先に来た。
「…え?マルゲリット?」
「…パトリス様。これがお返事です。さようなら」
「ほー」
マルゲリットにとってバアルは大切な弟。普段は大人しい女性だが、可愛い弟を貶されて黙っていられるマルゲリットではなかった。
「バアル、ありがとうございます!おかげでスパッと別れを告げられました!」
「ほー」
「大好きです、バアル」
「ほー」
その後、マルゲリットは両親から勧められた相手と何度かお見合いをした。だが、いずれのお相手もバアルが激しく威嚇し、そんなお相手とは上手くやっていける自信が持てずマルゲリットの方からお断りすることばかり。そんな中で今日は七回目のお見合いです。
「ご機嫌よう、マルゲリット嬢。今日からよろしく頼むよ」
「ほー」
「あれ?」
バアルは今回のお相手には威嚇を全くしない。
「ルーク様はバアルから嫌われないのですね。よかった」
「うん?フクロウ君は人見知りなのかな?初めまして。僕は君の主人の未来の婿、ルーク・ガレリエ。公爵家の次男だよ。よろしくね」
「ほー」
すりすりと、ルーク様の頬に頬を寄せるバアル。なんとなく、ルーク様とは上手くやっていける気がしたマルゲリットだった。
それからさらに半年。マルゲリットは学園を卒業し、ルークと結婚。ルークとはお互いを信頼し合い、とても充実した毎日を送っている。
パトリスは両親から見捨てられ勘当された。行くあてもなく彷徨う彼は、やがてスラム街に消えていった。その後なんとか食い繋ぎ極貧生活を送っていたが、飢えに苦しむ中でやがて奴隷商に拾われ、愛玩用の奴隷としてマニアックな趣味を持つ貴族の女性に売り払われた。
同じくロメーヌも、パトロンだったとある辺境伯から最近捨てられたらしい。後ろ盾を失うと家族からも見捨てられ、高値が付けられたとはいえ高級な娼館に売り飛ばされたらしい。待遇は良い娼館なので、頑張れば上に行けるかもしれないが。
他にも、バアルが威嚇していたマルゲリットの婚約者候補だった人達も酒癖が悪かったりギャンブルにハマっていたりと、学園を卒業後に問題が明るみに出た。マルゲリットはバアルに感謝してもしきれない。
「バアル。バアルってもしかして本当に神様の御使だったりします?」
「ほー」
「ふふ、なんてね」
そんなこんなで、神の御使であるフクロウの恩返しは無事成功したのである。