表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/27

8・デート

「ねぇ、ララ。これちょっと……派手すぎじゃない?」

「いいえ! これくらい盛って行きましょう! なんたって、デートですよ!」


 冬休み初日の朝。

 私はララの部屋で、着せ替え人形になっていた。どこから情報を仕入れたのか、自分が服を見繕うと張り切っているのだ。


「私の実家は仕立て屋なんです。絶対間違いありませんわ!」

「家に帰らなくていいの?」

「ミアーナ様を見送ったら、帰りますよ」


 今日から冬休みとあってか、大勢の学生が朝から帰省している。私は帰るつもりがない。


「まあ、変な見送りが大勢着いてこないのはいいことね」


 私を送り出そうと行列が並ばれても困る。皆それぞれ地方に帰っているおかげで、街での遭遇率も低そうだ。

 私の髪を巻き終わったララは、最後に花の髪飾りを挿して「よし」と頷いた。


「完璧ですわ!」


 鏡で自分の姿を見る。

 普段はしない薄い化粧。ゆったりとした桃色のワンピースに低めのヒール。緩めに巻かれた髪はしっとりと艶があり、控えめな髪飾りがよく似合っていた。


「凄い……自分じゃないみたい」

「きっと沢山歩くでしょうから、靴は低めにしました。ドレスが一番いいんでしょうけれど、今日はお洋服を買いに行かれるとのことなので、ワンピースの方が試着の苦労が減ります。ミアーナ様は肌が白くて綺麗なので、お化粧のしがいがありました!」

「……ありがとう、ララ」


 地味で目立たかなかったはずの顔が、今日は明るく見える。心做しか、魔法石のネックレスも満足そうだ。


 ララが用意してくれたコートに腕を通し、マフラーを巻き、再度調節をする。

 自分の変化に魅入っていると、ララが「あ!」と声を上げた。


「いけない、ミアーナ様! もうすぐ待ち合わせの時間ですよ!」

「急がなきゃ!」

「箒で行きますか? 送っていきましょうか?」

「いいえ。靴に慣れるためにも歩いていくわ」


 ララに「急げ急げ」と背中を押され、慌ただしく宿舎を出る。校門前でララとは別れ、私は小走りで待ち合わせ場所へと向かった。


 待ち合わせは、街の入口の時計台。

 ちらりと針をみれば、予定の時間より数分遅れてしまっていた。


「エリオット様!」


 時計台に背中を預けて待っていたエリオット様に声をかける。

 エリオット様は周りに気を使ってか、サングラスをかけていた。


「お待たせしてすみません!」

「いや、俺も今来たところだから大丈夫だよ」


 サングラスを外しながら、エリオット様は私に軽く手を振る。

 いつも学生服姿しかみていなかったからか、普段着姿の彼に思わず見とれた。


 オールバックに整えた黒髪の上に、品のいいソフトハット。真っ白なロングコートに身を包み、首元には薄水色の大きなマフラーが巻かれている。タイトな黒いズボンは足の長さを強調していた。金の刺繍が縫われたロングブーツは、一目見て高級品だと分かる。


「……全身でいくらするんですか」


 思わず口から零れた言葉に、エリオット様は声を上げて笑う。


「あはは! そんなリアクションを貰うとは思わなかったな」

「あ、いえ……すみません」

「大丈夫。ミアーナも可愛いコートを着てるね」

「あ、これはララが……」


 エリオット様は私に近づき、視線を合わせた。


「化粧も似合ってる。可愛いね」

「……ご冗談を」

「嘘じゃない。それで笑ってくれれば一番いいんだけれど……まあ、それは俺の技量次第か」


 人目に着く前に行こう、とエリオット様は歩き出す。隣を並ぶのは億劫だったので、半歩控えて街の中へと入っていく。


 魔法学校に入学してはいたものの、こうした下町を巡るのは初めてだ。

 クリスマス前の賑わいと数々の電飾が街を飾り、輝いている。


「ミアーナ、おいで」


 物珍しさに気を取られていれば、エリオット様が私を呼ぶ。目を向ければ、彼の両手にはスイーツが持たれていた。


「最近人気のスイーツだってさ。薄い生地にクリームとフルーツが包んであるらしい」

「クレープですね」

「なんだ、知っていたのか。革命品だと思ったのに」

「変なところで世間知らずを出さないでください」


 はい、と渡されて一口食べる。口いっぱいに広がる甘さが丁度よく、食べやすかった。

 エリオット様も興味深そうに食べ進めている。


「へえ……中々いいな。フルーツの酸味とよく合っている」

「お城で食べないんですか?」

「甘いものはそんなに好きじゃないんだ。でも、これは食べやすいな」

「私もそんなに好きじゃないです。でも、同意見です」

「……女性が全て甘いものが好きだと思い込んでいた俺が間違ってたな」


 少し眉尻を下げるエリオット様の表情が面白くて、私はバレないようにひっそりと笑う。

 普段あれだけしっかりしているのに、今日はどこか抜けている。普段とは違うエリオット様の姿が新鮮だった。


「意外です。デートなんて手馴れていると思っていました」

「初めてだよ。城の教育係に予習を頼もうとしたのに、「ご自分で頑張り下さい」と突き放されたんだ」


 むっと、エリオット様は頬を膨らませる。

 じゃあ、このクレープがあることも自分で調べてきたのだろう。また笑いそうになってしまった表情をぐっと堪える。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして」


 それから私たちは、町中を巡った。

 人気の少ない観光名所を見たり、本屋に立ち寄ったり。

 本来の目的である服屋に辿り着いたときには、夕方だった。


「君に贈る服はもう決めてあるんだ。待ってて欲しい」


 店に着くなり、エリオット様は私を椅子に座らせて奥へと行ってしまった。

 一人残された私は、窓越しに街の様子を見る。


 行き交う人々は誰もが幸せそうに笑い、楽しげだ。


「……これが日常だったら」


 当たり前に街に出て、当たり前に甘いものを食べて、当たり前に誰かと笑って話す。

 私には与えられなかった、私には恵まれなかった夢のような日常だ。


 羨ましいとは思わない。ただ……妙に虚しかった。


 ふと、道の端で立ち尽くしている存在が目に入る。


「……子供?」


 まだ五歳くらいの子供が泣いている。誰かを探しているようにも見えた。子供に気づく人はいれど、誰も声をかけようとしない。


 私は椅子から立ち上がり、店を出てその子の元に向かう。


「どうして泣いているの」

「お母さんがいなくなっちゃったの!」


 わあわあと声を上げ、その子は私の膝にしがみついてきた。

 どうしよう。こんな人混みの中から探すのは難しい。どこではぐれたのか聞き出さなきゃ。


 そう思って口を開こうとした私に、すれ違った人がボソリと呟く。


「嬢ちゃん。やめときな。捨て子だよ。放って置いた方がお互いのためだ。変な優しさは、この子のためにはならんよ」


 ここは下町。富にも貧困にも包まれる、ありのままの人間たちが暮らす場所。


 この子は捨てられた。愛情を注がれることなく、ゴミのように。

 ズキッと胸が強く痛む。


 私は自分のマフラーを取り、その子の首にそっと巻く。


「おねぇちゃん……?」

「大丈夫。大丈夫よ。お金をあげる。誰にも取られないよう、しっかり服の中にしまって」


 私は財布をそのままその子に渡し、服の内側にしまわせた。


「それから……私と一緒に警察に行きましょう。お母さんを探して……」


 母親を探したからといって、何になる? 

 この子はきっとまた、捨てられる。私が渡したお金も、親が取ってしまうだろう。


 じゃあ、この子のためには何ができる? 

 ……何もできない。私はこの子の母親にもなれないし、実家に連れて帰ることもできない。

 せいぜいこの冬を凌ぐだけのお金を渡して、後はこの子の存在を忘れるだけの時が過ぎるのを待つだけだ。


 そのあとこの子はどうなる? 

 一人で生きていくための術を知らずに、路地裏で朽ち果てるだけだったら? 

 私がお金を渡したせいで、物取りに目をつけられたら? 


「おねえちゃん……泣いてるの?」


 気づけば、私は一筋の涙を零していた。

 この子は愛されなかった。

 こんなにも幸せそうな街の中で、泣いて悲しみを主張するしかなかった。


「……なんでもないの。お腹は減ってない? 何か食べ物を買ってあげるわ」


 この世界に愛が存在しなければ、この子は苦しまなくて済んだのに。


 涙を拭う私に、背後から声がかかる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[気になる点] ・前話とタイトルがかぶっている ・次話の前半と今話の内容量がかぶっている よって、この話は投稿ミスかと思われます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ