8・デート
「ねぇ、ララ。これちょっと……派手すぎじゃない?」
「いいえ! これくらい盛って行きましょう! なんたって、デートですよ!」
冬休み初日の朝。
私はララの部屋で、着せ替え人形になっていた。どこから情報を仕入れたのか、自分が服を見繕うと張り切っているのだ。
「私の実家は仕立て屋なんです。絶対間違いありませんわ!」
「家に帰らなくていいの?」
「ミアーナ様を見送ったら、帰りますよ」
今日から冬休みとあってか、大勢の学生が朝から帰省している。私は帰るつもりがない。
「まあ、変な見送りが大勢着いてこないのはいいことね」
私を送り出そうと行列が並ばれても困る。皆それぞれ地方に帰っているおかげで、街での遭遇率も低そうだ。
私の髪を巻き終わったララは、最後に花の髪飾りを挿して「よし」と頷いた。
「完璧ですわ!」
鏡で自分の姿を見る。
普段はしない薄い化粧。ゆったりとした桃色のワンピースに低めのヒール。緩めに巻かれた髪はしっとりと艶があり、控えめな髪飾りがよく似合っていた。
「凄い……自分じゃないみたい」
「きっと沢山歩くでしょうから、靴は低めにしました。ドレスが一番いいんでしょうけれど、今日はお洋服を買いに行かれるとのことなので、ワンピースの方が試着の苦労が減ります。ミアーナ様は肌が白くて綺麗なので、お化粧のしがいがありました!」
「……ありがとう、ララ」
地味で目立たかなかったはずの顔が、今日は明るく見える。心做しか、魔法石のネックレスも満足そうだ。
ララが用意してくれたコートに腕を通し、マフラーを巻き、再度調節をする。
自分の変化に魅入っていると、ララが「あ!」と声を上げた。
「いけない、ミアーナ様! もうすぐ待ち合わせの時間ですよ!」
「急がなきゃ!」
「箒で行きますか? 送っていきましょうか?」
「いいえ。靴に慣れるためにも歩いていくわ」
ララに「急げ急げ」と背中を押され、慌ただしく宿舎を出る。校門前でララとは別れ、私は小走りで待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせは、街の入口の時計台。
ちらりと針をみれば、予定の時間より数分遅れてしまっていた。
「エリオット様!」
時計台に背中を預けて待っていたエリオット様に声をかける。
エリオット様は周りに気を使ってか、サングラスをかけていた。
「お待たせしてすみません!」
「いや、俺も今来たところだから大丈夫だよ」
サングラスを外しながら、エリオット様は私に軽く手を振る。
いつも学生服姿しかみていなかったからか、普段着姿の彼に思わず見とれた。
オールバックに整えた黒髪の上に、品のいいソフトハット。真っ白なロングコートに身を包み、首元には薄水色の大きなマフラーが巻かれている。タイトな黒いズボンは足の長さを強調していた。金の刺繍が縫われたロングブーツは、一目見て高級品だと分かる。
「……全身でいくらするんですか」
思わず口から零れた言葉に、エリオット様は声を上げて笑う。
「あはは! そんなリアクションを貰うとは思わなかったな」
「あ、いえ……すみません」
「大丈夫。ミアーナも可愛いコートを着てるね」
「あ、これはララが……」
エリオット様は私に近づき、視線を合わせた。
「化粧も似合ってる。可愛いね」
「……ご冗談を」
「嘘じゃない。それで笑ってくれれば一番いいんだけれど……まあ、それは俺の技量次第か」
人目に着く前に行こう、とエリオット様は歩き出す。隣を並ぶのは億劫だったので、半歩控えて街の中へと入っていく。
魔法学校に入学してはいたものの、こうした下町を巡るのは初めてだ。
クリスマス前の賑わいと数々の電飾が街を飾り、輝いている。
「ミアーナ、おいで」
物珍しさに気を取られていれば、エリオット様が私を呼ぶ。目を向ければ、彼の両手にはスイーツが持たれていた。
「最近人気のスイーツだってさ。薄い生地にクリームとフルーツが包んであるらしい」
「クレープですね」
「なんだ、知っていたのか。革命品だと思ったのに」
「変なところで世間知らずを出さないでください」
はい、と渡されて一口食べる。口いっぱいに広がる甘さが丁度よく、食べやすかった。
エリオット様も興味深そうに食べ進めている。
「へえ……中々いいな。フルーツの酸味とよく合っている」
「お城で食べないんですか?」
「甘いものはそんなに好きじゃないんだ。でも、これは食べやすいな」
「私もそんなに好きじゃないです。でも、同意見です」
「……女性が全て甘いものが好きだと思い込んでいた俺が間違ってたな」
少し眉尻を下げるエリオット様の表情が面白くて、私はバレないようにひっそりと笑う。
普段あれだけしっかりしているのに、今日はどこか抜けている。普段とは違うエリオット様の姿が新鮮だった。
「意外です。デートなんて手馴れていると思っていました」
「初めてだよ。城の教育係に予習を頼もうとしたのに、「ご自分で頑張り下さい」と突き放されたんだ」
むっと、エリオット様は頬を膨らませる。
じゃあ、このクレープがあることも自分で調べてきたのだろう。また笑いそうになってしまった表情をぐっと堪える。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
それから私たちは、町中を巡った。
人気の少ない観光名所を見たり、本屋に立ち寄ったり。
本来の目的である服屋に辿り着いたときには、夕方だった。
「君に贈る服はもう決めてあるんだ。待ってて欲しい」
店に着くなり、エリオット様は私を椅子に座らせて奥へと行ってしまった。
一人残された私は、窓越しに街の様子を見る。
行き交う人々は誰もが幸せそうに笑い、楽しげだ。
「……これが日常だったら」
当たり前に街に出て、当たり前に甘いものを食べて、当たり前に誰かと笑って話す。
私には与えられなかった、私には恵まれなかった夢のような日常だ。
羨ましいとは思わない。ただ……妙に虚しかった。
ふと、道の端で立ち尽くしている存在が目に入る。
「……子供?」
まだ五歳くらいの子供が泣いている。誰かを探しているようにも見えた。子供に気づく人はいれど、誰も声をかけようとしない。
私は椅子から立ち上がり、店を出てその子の元に向かう。
「どうして泣いているの」
「お母さんがいなくなっちゃったの!」
わあわあと声を上げ、その子は私の膝にしがみついてきた。
どうしよう。こんな人混みの中から探すのは難しい。どこではぐれたのか聞き出さなきゃ。
そう思って口を開こうとした私に、すれ違った人がボソリと呟く。
「嬢ちゃん。やめときな。捨て子だよ。放って置いた方がお互いのためだ。変な優しさは、この子のためにはならんよ」
ここは下町。富にも貧困にも包まれる、ありのままの人間たちが暮らす場所。
この子は捨てられた。愛情を注がれることなく、ゴミのように。
ズキッと胸が強く痛む。
私は自分のマフラーを取り、その子の首にそっと巻く。
「おねぇちゃん……?」
「大丈夫。大丈夫よ。お金をあげる。誰にも取られないよう、しっかり服の中にしまって」
私は財布をそのままその子に渡し、服の内側にしまわせた。
「それから……私と一緒に警察に行きましょう。お母さんを探して……」
母親を探したからといって、何になる?
この子はきっとまた、捨てられる。私が渡したお金も、親が取ってしまうだろう。
じゃあ、この子のためには何ができる?
……何もできない。私はこの子の母親にもなれないし、実家に連れて帰ることもできない。
せいぜいこの冬を凌ぐだけのお金を渡して、後はこの子の存在を忘れるだけの時が過ぎるのを待つだけだ。
そのあとこの子はどうなる?
一人で生きていくための術を知らずに、路地裏で朽ち果てるだけだったら?
私がお金を渡したせいで、物取りに目をつけられたら?
「おねえちゃん……泣いてるの?」
気づけば、私は一筋の涙を零していた。
この子は愛されなかった。
こんなにも幸せそうな街の中で、泣いて悲しみを主張するしかなかった。
「……なんでもないの。お腹は減ってない? 何か食べ物を買ってあげるわ」
この世界に愛が存在しなければ、この子は苦しまなくて済んだのに。
涙を拭う私に、背後から声がかかる。