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5・肝試し大会

 肝試し当日の夜。シアの森の入口では、大勢のカップルが群れを成していた。


 本格的な冬を前にした寒さに備え、マフラーに口を埋めながら私は辺りを見渡す。


 学生たちは教員の誘導に従い、五本用意されているルートへ間隔をあけ、分散しながら入っていく。


 それにしても……


「これだけ揃いも揃えば、壮観ですね」


 私は集まった人々の顔を見て息を吐き出す。見渡す限り、私がくっつけたカップルばかりだ。

 多少手出ししていない組み合わせはあれど、顔と名前が一致するものばかり。


 まあ、エリオット様の存在に騒がれなくなったのは良いことだ。


 私は一番近くにいたカップルに目をやり、呆れる。


「……オリヴィアが手を繋ぎたがってるんだから、リオも勇気を出せばいいのに。あの二人はカップルになるまで少し時間かかりそうね」


 この言葉に、エリオット様は驚いた表情をした。


「ミアーナ。君はみんなの顔と名前を覚えているのかい?」

「一度話した者なのですから、当然でしょう?」

「……いや、凄いと思うよ。俺ですら、大半は知らないものばかりだ」


 エリオット様は「ほうほう」と小さく頷きながら私に感心した表情を向けた。

 そんなに驚くこと? と思っていれば、私の背後から悲鳴があがった。


「お姉様!! どうしてエリオット様といっしょにいらっしゃるの!!」


 イベント事にはこの子あり。ナタリーだ。

 いるとは思っていたが、案の定突っかかられ、私は片耳を塞いだ。


「信じられない!! どうやって!!」

「結果論よ。断る理由がなかっただけ」

「ってことは、エリオット様が誘ったの!? 余計に信じられない!!」


 ナタリーは興奮しながら私たちの間に入り、声を荒らげる。


「エリオット様! 目をお覚ましください! きっと恐ろしい闇魔法で操られているに違いありませんわ!」

「君は……ミアーナの妹か? 大丈夫だ。君の心配するようなことは何もない」

「いいえ、私には分かります! この女は悪女です!! きっと邪なことを考えているに違いありません!」


 思い込みの正義を振りかざしながら、ナタリーは私に指をさす。


「大体、闇属性のお姉様が魔物の森に行くなんて有り得ないわ! きっと魔物を操って、皆を殺す気よ!!」


 ナタリーの甲高い声は辺りに響き渡る。周囲の者も、何事かとこちらに注目を集めだした。

 注目を浴びたことが嬉しいのか、ナタリーは大演説を続ける。


「危険な闇属性の魔女は、黙って宿舎に帰るべき。皆様もそう思われませんこと!?」


 周りの人は、困惑した顔で互いに顔を見合わせる。すぐに同意を得られなかったことが不満だったのか、ナタリーは更に声を荒らげる。


「いいですか、皆様……」

「そこまでにしておいてくれないか」


 それに静止をかけたのが、エリオット様だった。


「ミアーナは俺が誘った。誰の文句もないはずだ」

「しかし……!」

「それに、そんなに闇属性が危険だと不安なのならば、余計に俺が適任だと思わないか?」



 エリオット様はナタリーとすれ違い、私の隣に立つ。そして、私の肩に手を置いた。


「俺は原初の光属性だ。彼女の闇魔法に負けるなんて有り得ない。彼女が魔物を操ると主張するのならば、俺が身を呈して学生全てを守ろう。それとも……」


 エリオット様はじろりとナタリーを見る。


「この俺が、魔物に負けるほどひ弱な王子だとでも?」


 ナタリーはサッと青ざめ、唇を噛んで肩を震わせる。


「そう……お姉様」

「なに」

「私にこんな恥ずかしい思いをさせるなんて……絶対に許しませんわ!! よく、よく覚えておいてくださいまし!」


 そう言い残して、ナタリーは闇夜に消えた。

 これはまた、面倒なことになりそうだ。

 憂鬱さを感じつつも、私はエリオット様を見上げる。


「……エリオット様って、そんな怖い顔もできたんですね」

「はは。そう見えたなら光栄だ。たまには父上の真似をしてみるのも悪くないな」


 ケロッと笑うエリオット様を見て、演技だったのかと今度は私が感心する番だった。


「流石です」

「さあ。どうだろうか。俺が王子でなければ、上手くいかなかったかもしれないね」


 まあいいさ、とエリオット様は歩き出す。


「そろそろ空きができたみたいだ。行こうか」


 私はエリオット様の後を追い、二人で森の中に入った。



 ◾︎◾︎



「お。あった。これを持ち帰ればいいんだな」


 シアの森の中は、至って安全。

 学生に危害が出るような魔物は存在しない。更には、催し物を開くにあたって教師が最後までチェックをしているのだから、ルート上に魔物が現れることもなかった。


 私たちは難なく、最終地点に置いてある小石サイズの魔法石を手に取ることができた。


「いやあ、初めて参加したが……夜の森も趣があっていいな」

「感受性が豊かなんですね」

「ミアーナは怖がったりしないんだね」

「特に」


 満足そうな顔で魔法石をポケットに入れるエリオット様を眺めつつ、私は今更な質問をした。


「……どうして、私なんかをお誘いに?」


 エリオット様は少し考え、微笑みを浮かべる。


「だって、君が一人きりになると思って」

「……はい?」

「君の周りに普段いる子たちは、みんなこの行事に参加するだろう? 君は参加しそうな雰囲気がなかった。つまり、今晩宿舎で一人きりだ」

「……私、一人が嫌だなんて言った覚えありませんけども」


 むしろ、今晩は一人でゆっくりできそうだったのに。彼が何を勘違いしているのかは知らないが、ありがた迷惑極まりない。


「いつもいる人がそばにいないのは、案外寂しいものだ。そんな気持ちは味わって欲しくなかったんだよ」

「私に対する解釈違いです」


 さっさと帰って休もう。

 欠伸を噛み殺しつつ、私は来た道を引き返そうと足を進める。


 一歩踏み出したその時だった。

 ゾワッと、背筋に鳥肌が奔る。考えるよりも前に、本能が危険であると告げる。


 ハッと顔をあげれば……私たちが戻るはずの道の先から、巨大な影が近づいてくるのが見えた。


「……なに」


 月明かりが影を照らす。

 影の上半身までが顕になった時、私は目を見開いた。


「……オーク」


 丸々と太った巨体に豚のような顔。白目の多い目に、大きなナタを両手に抱えている。

 有り得ない。この森にオークなんて存在しないはずだ。

 仮に自然発生していたとしても、ここまで巨大になるまで誰にも見つからないなんて有り得ない。


 学校の管轄外である森の最奥から引き寄せられでもしないかぎり、ここまで巨大な魔物が来るはずがなかった。

 そして、この学校にはたとえ教師といえど、オークを引き寄せられるような技量がある者はいない。


 そこまで考えて、私は自分の手を見た。


「もしかして……私の闇属性の魔力に引き寄せられて……?」


 有り得る。可能性としては充分だ。

 この夜が、私の闇属性の魔力を更に高めてしまったとしたならば……。


「ミアーナ!!」


 エリオット様が私の名前を叫ぶ。

 顔をあげれば、オークは私に向かってその大きなナタを振りかざしていた。


 ああ、これは避けられない。魔法を紡ぐ時間もない。


 死を悟り、目を閉じる。


 だが、そんな私の体が何かに包まれた。

 オークのナタが風を切り、横切る音が聞こえる。次の瞬間には、体は横倒しになり地面を転がった。


 しかし、痛みはない。

 目を開ければ、私はエリオット様にしっかりと抱きしめられていた。


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