4・変わりゆく環境
あの約束から二ヶ月。
今日もまた、エリオット様の恋人候補が消えた。
「ああ、ミアーナ様。大好きですわ!」
「……少し離れてください」
「そんなこと言わないでください!」
そして、私の周りには私を慕う女子が増えた。
男と違うのは、恋愛や性的欲望ではなく、敬愛で慕っているという点。
女の子に魅了魔法をかけたのは初めてで、私も初めて知る男女の違いだった。
解こうにも解けない。
エリオット様との契約は二つ。一つは、彼に想いを寄せる女性にハエリアムを使い、愛の力で打ち破れる者を選抜すること。
二つ目は、一度ハエリアムをかけた者は、契約終了時まで解かないこと。すぐに解いてしまっては、一向に選抜の人数が減らないからだそうだ。
「確かにこの人数。私も誰に魔法をかけて、誰にかけていないか覚えきれないわ」
「なんのことですか? ミアーナ様」
「いいえ。気にしないで」
取り巻きの中でも、いま私のそばにいる女の子……ララとは一緒にいる時間が特に長い。
ララは平民で、貴族は免除される学力テストに合格して入学した。茶髪のボブカットが良く似合う、元気のいい素直な子だ。
同じクラスであり、宿舎の部屋は隣同士。朝から晩まで、私に付きっきりだ。
私のそばにどれだけ居られるかで取り巻きのヒエラルキーが勝手に決まり、勝手に揉め事を起こす。その仲裁に入るのも、最近では慣れてきた。
でも、端的に煩わしい。
ずっと一人でいて静かだった日常が奪われたような気持になった。
日に日に増える取り巻きに、ついに私は我慢の限界が来た。
「ララ」
「はい!」
「あなた、同じクラスのトニーと仲良くしてみませんこと?」
「そうすれば、ミアーナ様が喜びますか?」
「ええ」
私は次々に取り巻きの名前を呼び、それなりに相性が良さそうな男と仲良くするよう命じる。
こうすれば、少しは自分の時間が出来そうだ。
しかし……これが悪手も悪手だった。
なにせ、今まで私は人の恋愛を壊してきた存在。
それが一転して、私の周囲にいる女子が次々といい男といい雰囲気になっているのだから、その噂は学校中に広まった。
ミアーナは恋のキューピッドらしい。
なんて、ベタベタな肩書きがのしかかる。ついには、魅了魔法をかけていない者まで私に「いい男はいないか」と声をかけだした。
「……どんな男がタイプなの」
「包容力がある方!」
「……じゃあ、一つ下のミシェルと仲良くしなさい。彼は小柄な女性が好きだから、きっと貴女を気に入るわ」
「はい!! ありがとうございます!」
なにせ私の人生三度目。
学校の男がどんな爵位で、どんな性格で、どんな女性を好みなのか把握している。
今まで破談の為に使っていた知識が、一転して人の恋事情の為に使うようになってしまった。
「今まで私を嫌ってたくせに……。人間って本当に都合のいい生き物」
愚痴を独り言ちて、「ああ、今の考えはまるで魔物みたいだ」と内心気を落とす。
これに反応したのは、ララだった。
「え? ミアーナ様は嫌われてはいませんよ?」
「今は、でしょ」
「いいえ。ご入学当初から」
ん? と私は首を傾げる。ハエリアムには、現在の心を操る効果はあるが、過去を改変する力はない。
いわば、想いの上書き保存。相手をどう思っていようと、それ以上の強い力で身も心も陶酔させるのだ。
ララは遠い記憶を思い出すように斜め上を見上げながら言葉を紡ぐ。
「確かに、怖がっている人はいました。私も怖かったような気がします。聞いたこともない闇属性の方で、しかも貴族の方。それに加えて、ミアーナ様ってばいつも無表情で何を考えているか分からなかったですから」
「それに、私の目に留まったカップルは次々破談していくしね。別にその評判に驚きはしないわ」
「ですがまあ、ごく一部を除いて嫌いだと思っている者はいなかったですよ」
「どうして?」
「だって、ミアーナ様が別れさせたカップルは、別れた方が良かったカップルばかりでしたから。みんな後になって気づいたんですけどね。それで……段々みんな興味の方が大きくなってきたんです」
「……噂話を本人の目の前でやることが興味の延長戦だというのなら、いい気はまったくしないわね」
抑揚を変えずにスパッと言い切れば、ララは申し訳なさそうに俯いた。
「ミアーナ様ってどんな人なんだろう。本当は何を考えているんだろう。闇魔法ってなんなんだろう。……聞きたがっている人はたくさんいましたよ。ただ……ミアーナ様、怖いんですもの!! 顔が! いっつも怒っているみたいで!」
目に涙を溜めて、ララは身振り手振り付きで一生懸命に私に訴えかけてくる。
「でもこうやって恋のキューピットになったじゃないですか! ミアーナ様が組み合わせたカップルは、みんな相性ばっちりなんです。ミアーナ様は冷たくて怖いままだけど……でも、思った以上に話しやすい! そりゃあ、みんなミアーナ様の元に来ますよ!」
私は呆れて鼻で笑う。
「ほんと、都合いいわね」
「……嫌ですか?」
「いいえ。好きにすればいい。さあ、早く今日もトニーの元に行ってきなさい」
ララは満面の笑みで頷き、私の元を去った。
トニーとはどうみても相性がいいし、身分差はあるが二人ならなんとかするだろう。
ようやく一人の時間を得た私は、エリオット様と会うために生徒会室へと向かった。
「失礼します」
扉を開ければ、いつも通りエリオット様がソファーに座って紅茶を飲んでいる。
「やあ、ミアーナ」
「今週分の報告に来ました」
「堅苦しいね。もう少しラフでいいのに」
学校内では見かけないと思っていたエリオット様の主な住処は生徒会室だった。言われてみれば納得だが、まさか授業のほとんどを免除になっていたなんて思いもしない。
「普段からここに入り浸っていること、意外と皆様知らないんですね」
「俺の唯一のくつろぎの場だからね。知っているのはごくわずかだし、口の堅い者ばかりだ」
「それは良かったですね」
棒読みの相槌を返し、資料を渡す。エリオット様は数分資料を眺めた後、テーブルの上にそっと置いた。
「今週もだめだったんだね」
「ええ。私の取り巻きが五人増えただけです」
「友達が増えたのはいいことじゃないか」
「いいえ。邪魔です」
エリオット様はクスクスと笑い、立っている私を見上げた。
「俺に遠慮しているようで、割とズケズケ言うね。君くらいだよ。王族相手にそんな態度で臨めるのは」
「問題でしたら、態度を改めます」
「いいや。構わない。むしろその方がいい。君が怖いと思わないのなら」
はて、と考える。確かに子爵令嬢ごときが国の第一王子にこんな口をきいていいはずがない。彼が不快だと思えば、何を奪われてもおかしくないだろう。
失って困るものもなければ、どうせこの世界は巻き戻ると知っている。
契約を交わしているという安心感もあってか、命を心配することもない。
つまり、エリオット様を恐れる理由が一つもない。契約とはいえ彼のせいで私の取り巻きが増えて苦労しているのだから、これくらい図太くいって小さな鬱憤を晴らしてもバチは当たらないだろう。
「怖くないです。私も、このままの方が楽ですから」
「ミアーナがありのままでいられるなら、それでいいよ」
「私はいつだってありのままですよ」
さて、報告も終わったし帰るか。宿舎に戻って、エリオット様宛てに届いた恋文の整理でもしよう。
そう思って踵を返した私に、エリオット様が声をかける。
「そうだ、ミアーナ」
「はい?」
手渡されたのは、一枚の紙。
そこには、『三学年合同、肝試し大会』と書かれてあった。
「雪が本格的に降る前の、この学校恒例行事だよ」
それは知っている。学年を通しての交流という名目で、毎年開催されているものだ。
場所は、学校に隣接するシアの森。低級魔物も存在しており、演習でよく使われるため、学生なら誰もが知っている場所だ。
参加者は必ず、違う学年の者とペアを組み、森を回る。男女の組み合わせは問われないが、この催し物をきっかけに上級生に想いを伝える女子も多い。
学生ならではの、恋愛イベントとも言えよう。
私は例のごとく、参加したことはない。
「これがどうしましたか」
「俺と一緒に出てみないか?」
「……はい?」
この王子は、今度は何を言い出した?
早速、新エピソード追加です!