3・王子との契約
秋の実りを祝う収穫祭は、日が暮れてからさらに盛り上がりを見せていた。
そんな中、私は校舎裏で数人の女子生徒に呼び出され、囲まれている。
「ちょっとお姉様!! どうして収穫祭に参加されましたの!? 私まで悪く見られるから、今すぐ帰ってくださいます!?」
私の正面に立つのは、妹のナタリーだ。金髪の長いツインテールを揺らし、腕を組みながら私に怒りをぶつける。
「ナタリー様。もうお姉様のことは放っておいて、私たちも収穫祭に行きましょう」
取り巻きの女子生徒は、早く立ち去りたいみたいだ。闇属性の魔女なんかと対峙したくないのだろう。どうにかナタリーの機嫌を取ろうとしているが、上手くいかないようだ。
「この女を私の姉扱いしないで頂戴! 同じフィリップス家だと思われるのも気持ち悪くて仕方がないわ!」
「も、もちろん……! ナタリー様の方が何倍も可愛いですわ。同じ生き物とは思えないほど……」
ナタリーは可愛い。小柄で華奢な体に、艶のある長い金髪。透明感のあるエメラルドグリーンの瞳に、小さくて筋の通った鼻。町を歩けば、誰もが一度は振り返る容姿をしている。
対して私は、母親譲りの茶色い髪に黒い瞳。なんの特徴もない平均的な顔だというのに、いつだって無表情。それが一層表情にキツい印象を与える。闇属性でなければ、誰にも覚えられない顔だ。
「とにかく! 私の前に現れたら、お父様に言いつけますわよ!」
「……分かったから、早く行って頂戴」
「さっさと結婚でもして家から出て行ってくれればいいのに。そうだ。お父様にそう頼んでおきましょ」
ナタリーはそう言って、上機嫌で校舎裏から姿を消した。
彼女は男を取っ替え引っ替え遊んでいる。
魔法が使えないのに魔法学校に来たのも、どうせチヤホヤされると勘違いしてだろう。
実際、元々の人生では彼女はその不出来さを可愛がられていた。女からどれだけ疎まれようが、周りの男が「ナタリーは可愛い」と世話を焼くのだから、気持ちのいい学校生活だっただろう。
しかし、二回目三回目は違う。
私の存在のせいで多少男が寄り付きづらくなっているのか、不満の多い学校生活のようだ。
「……はあ。今回はそういうパターンなのね」
私は壁に背中を預けて、溜息を吐く。そういうパターン、とはロンのことだ。
一度目の人生では、いくら家で肩身が狭かろうと私が光属性だったから縁談が決まったようなものだ。
二度目の人生では、ロンはナタリーとの縁談を申し込んでいた。しかし、ナタリーがまだ婚約などしたくないと泣きわめくものだから、父が勝手に相手を私にすり替えたのだ。もちろん、ロンが納得するわけもなく、破談。そのあとどうなるか、なんて分からないまま十七歳を迎えて世界が巻き戻った。
なんの因果か、私の前にはロンが現れる。今回もどうせ、縁談の相手はロンだろう。
闇属性だということは伝えずに父が話を勝手に進めるに違いない。とにかく、家から私の存在を消せればそれでいいのだ。
「……ま、どうなろうとどうせ巻き戻るのだから、どうだっていいか」
私はあまり深く考えず、改めて収穫祭の場に足を運んだ。
パッと見渡す限り、まだエリオット様は現れていないようだ。私は人目に付かない木の陰に身を隠して、その時を待ち続けた。
「エリオット様よ!!」
誰かの叫びを皮切りに、女子生徒の黄色い歓声が地鳴りのように響き渡る。
ようやく目的のエリオット様が現れた。
「あれがエリオット様……初めて見た」
すらりと高い背に、柔らかな黒髪。少し長めの前髪から覗く目はやや垂れ目で、空色の瞳を持っている。筋の通った高い鼻に、薄い唇。きめの細かい白い肌は、並みの女性より圧倒的に綺麗だろう。
あまりの歓声の大きさに驚いた顔をしつつも、エリオット様は丁寧な対応をしていた。
絵画の中から出てきたような人物に一瞬見惚れてしまった私は、首を振って本来の目的を思い出す。
「これじゃあ……近づけない」
あの女子の群れに近づくだけで悪目立ちする。それだけは避けたかった。
やったことはなかったが、私は距離のある位置から闇属性魔法をかけることにした。
エリオット様の背後に回り、そっと手を動かす。
「ハエリアム」
闇に紛れて、魔力で作られた細い鎖がエリオット様に向かって伸びる。
「よかった。届きそう」
安心したのも束の間。
エリオット様に触れる直前……鎖がバラバラに砕け散ったのだ。
嘘、と目を見開く。
距離はあったとはいえ、私の闇属性魔法が弾かれるなんて有り得ない。
砕けたということは、相手側から拒絶されたということだ。失敗ではない。
エリオット様が私の方を見る。
バレた。術者が私だと分かられてしまった。
私は咄嗟にその場を走り去る。
校舎裏で立ち止まった私は、荒れた息を整えながら壁に背をもたれた。
「なんで……」
「なんでって、俺が光属性だからに決まっているだろう」
ビクッと肩をあげる。真横には、エリオット様が立っていた。
「君の魔力の残穢を追ってきた。逃げるのは無理だよ。そうでなくても、この学校で闇属性を使うのは君……ミアーナ・カロリーヌしかいない」
思い出した。
エリオット様は、光属性の魔法使い。私が持っていた光属性とは格が違う。
王族が代々引き継いできた、原初の光属性なのだ。
「闇属性は確かに強大だ。けれど、元々は魔物の力。光属性に勝てるわけがないだろう」
「……どんな処罰でもお受けします」
これは完全に私の失態だ。王子の命を狙ったと思われなくとも、操ろうとしたならば国家反逆罪に問われてもおかしくない。
次の人生ではもっと上手いやり方を考えよう。
エリオット様は首を傾げる。
「なぜ俺に闇属性の魔法を? 命を狙おうとしたのか?」
「……いいえ。魅了魔法を」
「魅了魔法?」
「相手の心を自分に向け、意のままに操る魔法です。あまりに愛に穢れがない場合には通用しませんが、まだエリオット様には効くのではと思い……」
ふむ、とエリオット様は考え込む。
そういえば、期限を待たずして私の命が散った場合は巻き戻しはどうなるのだろう?
必ずしも巻き戻るとは限らない。もしかしたら、このまま終わるという可能性だってある。
神様の条件がどこまで適応されるのか、と頭の中で数々の可能性を考えていれば、エリオット様が私に視線を向ける。
「それは……君が俺のことを好きだということか?」
「いいえ」
「ではなぜ?」
「私は愛を信じておりません。愛を謳う者が憎くて仕方がありません。愛を壊すことが私の生きがいなのです」
「愛を憎んでいて、愛を捧げる魔法を使うのか。君は変な子だな」
エリオット様は、よし。と手を叩く。
「君に折り入って頼みがある。俺の婚約者探しを手伝ってくれないか?」
処罰を言い渡されると思っていた私は、想定外の内容に拍子抜けた。
「……はい?」
「父上からもそろそろ婚約者を探せとうるさくてな。しかし、俺の周りに集まるのは俺の肩書きや容姿に惚れた女ばかりだ。
俺は、真実の愛を見つけたいんだ」
「では、私は何も手伝うことができません」
「君の魅了魔法は、何も男にしか効かないというわけではないだろう?
俺に求婚を申し出る女子に、片っ端から魅了魔法をかけてくれないか? 闇属性魔法を打ち破ってでも、俺を愛してくれる子がいたのならば、その子と結婚したい」
断ろうとした私に、エリオット様はニヤリと笑う。
「断るなら、君が俺にしたことをいますぐに裁判所で申し立ててもいい。協力とは言ったが……これは俺と君の契約ということにしないか?」
私は必死に思考を回した。
期限を前に殺されて、世界が巻き戻る保証がない。そもそも、何回やり直せるのか分からないという不透明な人生の中で、さらにそのリスクを引き上げるのは賢くない。
エリオット様に言い寄る女性は、私がちまちまと破談させているカップルの数より圧倒的に多い。
女性相手にもハエリアムを使い続ければ、次の人生で上げようと思っていた闇魔法の修練度を今上げられるかもしれない。
「……悪くはない」
あとは、単純に処刑されたくない。痛いのも苦しいのもごめんだ。あの、全てがふっと闇に落ちる感覚は案外気が楽だ。
「……分かりました。契約を受け入れます」
私はこくりと頷き、エリオット様の提案を受け入れた。