27・未来へ
あのガーゴイル襲撃事件から一週間。
ヒュンサレム帝国はいつも通りの活気を取り戻していた。
心配していた街への被害はひとつもなく、残りのガーゴイルはすべて騎士団によって討たれた。
負傷した人達はみんな、治療の結果問題なく回復できたし、死者はいなかった。
国政の面でいえば、ガーゴイルの群れを王子一人で壊滅させられるほどの力を持った国だと、他国へまた強さの証明ができたらしい。
もちろん、私の活躍も新聞を通して伝えられていたようだ。
すべて、聞いたのは目覚めたあとだけど。
ベッドの上で目覚めた私を見て、エリオット様は泣きそうな顔で強く抱き締めてくれた。
もう、またそんな弱気な顔をして。と怒ろうと思ったけれど、安心感の方が強くてただ温かさを受け入れた。
国王陛下や元老院の間では何度も協議が重ねられたらしいが……一週間経った今日この日。
本来の予定通り、国民投票が開催されることになった。
リリアッド王城の広場には、山のように国民が集まってきていた。
この日のために広場に用意された舞台の上には、私とソフィア様が立っている。
壇上から周囲を見渡せば、最前列にララがいるのが見えた。泣きそうなほど緊張で張り詰めた表情で、場の進行を見守っている。
投票は不正を防ぐため、魔力を込めたインクで記入をし投票をする。
もうすでに投票は終わっているため、あとは開票結果を待つだけだ。
その前に、ずっと声明を出されていなかったエリオット様がスピーチをする。
国民はやっと聞けるのかと、前のめりでエリオット様の言葉に耳を傾けた。
「……先週のガーゴイル事件。多くの人の耳に届き、知っている者も多いだろう。ヒュンサレム帝国に脅威が迫ったこと。そして、その脅威は一瞬にして取り払われ、帝国の安全が証明されたことを」
エリオット様の言葉に、国民から拍手と歓声があがった。
「この国民投票を延期すべきか否か。それは、ヒュンサレム帝国は揺るぎのない日常を民に与え続けるという国王陛下の意思を考えれば、答えは自然と出てくると思う」
エリオット様は一度深く息を吸い、目の前の民に真っ直ぐに視線を向けた。
「俺は、常に民と共にある王子でありたいと願う。
皆の喜びも苦しみも、隣で分かち合い、明日への希望を絶やさないように生きたいと願う。
だからこそ俺は……いつも俺の隣に立ち、同じ夢を追いかけ、共に民を愛してくれる女性と生涯笑いあって過ごしたい。ミアーナとソフィアは、どちらもそれに相応しい。皆の判断を、俺は心から受け入れよう」
ソフィア様の方をチラリとみると、ソフィア様も私と目を合わせた。
二人で同時に小さく笑う。
「平等にって言ってたのに。あれじゃあ、ミアーナさんに肩入れしてるの丸見えよ」
「投票終わってて良かったですね。国王陛下の判断は流石です」
エリオット様のスピーチの終わりと共に、祝砲が鳴る。
いよいよ、結果発表だ。
新品の燕尾服を着たダンがエリオット様と入れ替わりで壇上に登る。
そして、法廷から届いた未開封の書簡をゆっくりと開けていく。
「エリオット王子殿下の婚約者に選ばれたのは……!!」
ドクンッと心臓が鳴る。
「ミアーナ・カロリーヌ!! 過半数を超え、ミアーナ・カロリーヌ様が正式な婚約者として決定致しました!!」
わあああっと、広場に歓声が鳴り響く。
ララはその場で泣き崩れ、私はあまりの轟音に耳が一瞬遠くなった。
「ソフィ……」
「やりましたね!! ミアーナさん!!」
ソフィア様が私に飛びついて喜ぶ。
私が、これで正式に……。
遅れてやってきた実感に、薄らと涙が浮かぶ。
「私、負けました! 私の勝ちですよ! そして、ミアーナさんも勝ちです!」
出会ってきた中で一番にはしゃぐソフィア様の様子は、国民にとって少し不思議に移っただろう。
「さっそく、私は国を発ちます! もうおじい様の言うことなんて一つも聞きませんから!」
ああ、そっか。
お互いの望み通りの勝ち方をしたということは、ソフィア様は国を出ていく。
自分の夢を叶えるための旅に出るのだ。
今日までの日々が思い起こされ、寂しさが胸を締め付ける。
「ソフィア様……ありがとうございました。貴女と出会えて良かったです」
「そんな寂しいこと言わないでください。私たちは友人です。共に戦いあった仲間です。これからも縁が切れることはありませんよ」
ソフィア様の言葉に、笑みをこぼす。
「……こんな形で友人を作ったのは初めてです。ソフィア様さえよければ、これからも友達でいてください」
「はい! 正々堂々戦って友達になるのは、気持ちいいですね!」
私たちはもう一度強く抱き締め合い、ゆっくりと体を離す。
そんな私たちの元にエリオット様が駆け寄る。誰がどうみても、喜びの表情で溢れていた。
「エリオット様!」
本来の予定ではスピーチの後で登壇する予定はなかったのに。
「ミアーナ!」
エリオット様は一目散に私に駆け寄ると、思いっきり抱き上げる。
「きゃあ!」
「いつも頑張ってくれてありがとう。俺を愛してくれてありがとう。俺と出会ってくれてありがとう」
かけられる言葉の数々が嬉しい。それなのに、私の目からは大粒の涙が溢れ出ていた。
全部、私がエリオット様に言いたい。
私は貴方に愛してもらえて幸せだった。
貴方と出会えて幸せだった。
貴方が見せてくれた世界が、眩しいほどに愛おしい。
「愛してる、ミアーナ。君は俺に、そして民に認められた誇らしい俺の婚約者だ」
「私も愛しています、エリオット様」
万雷の拍手がいつまでもいつまでも響き渡る。
今日までの奇跡の全てに感謝を。
…………
……
……
あの日から一年。
リリアッド王城の一室で、私は一人窓の外を眺めていた。
机の上にあるのは、ソフィア様から届いた手紙。沢山の子供たちとの写真と共に映る彼女の笑顔は、やっぱり美しかった。
部屋の扉がノックされる。
入ってきたのは、ダンだ。
「もう皆様お待ちですよ」
「今行くわ」
ゆっくりと椅子から立ち上がる。私の全身を見たダンは、目を細めて口角を上げる。
「良くお似合いです」
鏡を見る。映るのは、真っ白なウェディングドレスに身を包んだ私の姿だった。
胸元には、エリオット様から貰った魔法石のネックレスが輝いている。
自分の姿だというのに、照れくさくて仕方がない。
「……ねぇ、ダン」
「はい」
「幸せすぎて怖い、なんてことあるのかしら」
「ありますとも。しかしそれは、一度幸せを見失った者にしか得られぬ輝き。ミアーナ様が幸せの怖さを知っているのであれば、なお強く美しい夫人となりましょう」
失ったものは戻ってこない。
手放したものは返ってこない。
だからこそ人は、今そばにある幸せを抱きしめて生きていける。
今日もまた、幸せを掴む誰かに言いたい。
たとえ貴女の人生が昨日まで闇の中だったとしても。
たとえ貴女の将来が暗闇で見えなかったとしても。
よく見てほしい。
周りの愛を受け入れてほしい。
誰かに必要とされていることを信じてほしい。
怖がらないで。逃げないで。
どうか、一歩だけの勇気を持って。
その先にある光をもし見つけたのならば……迷わず真っ直ぐに駆けてほしい。
私の名前はミアーナ・カロリーヌ。
どうかこれから先、貴女が歩む未来の灯火の一つになれますように。
fin
長らくお付き合いありがとうございました。
初めての異世界恋愛長編、とっても楽しく書くことが出来ました。
このお話が楽しかった。良かった!
ミアーナの歩んだ人生に少しでも微笑みや拍手を送ってくださる方がいればいいなと思います。
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