22・夜会
校舎に付き、私は宿舎に駆け込む。
普段はララの方が部屋に飛び込んでくるが、今日は逆だ。
部屋で読書をしていたララは、驚きで肩を上げる。
「ララ!」
「はい! どうされましたか! 授業のノートならここに! 本当です! ちゃんと取ってます!」
「ソフィア様は一体どうしてしまったの!」
授業をサボっていないか突撃調査をされたと勘違いしていたララは、焦った表情から一転してポカンとした顔になる。
「ソフィア様ですか?」
「ええ。新聞では支持率が暴落してると……」
ララは引き出しから新しい新聞をいくつかとりだし、見比べていく。
「そうですね。確かに最近明らかに変化がありました」
「聖女の力を使っていないわけじゃないんでしょう?」
「はい。彼女が訪れる場所では必ず奇跡が起きると、巡回場はいつも歓声が上がっています」
「ではなぜ」
「怖いんですよ」
ララは首をすくめて眉尻を落とす。
「やっていることはとても素晴らしいことなのに、笑顔もなくて感情が見えない。誰かと話す素振りもなくて、何を考えているか分からない。……まるで、去年のミアーナ様みたいです」
「私……?」
「はい。ソフィア様とミアーナ様の違いは、目に見えて善行をしているか、後々振り返ったら善行だったかの違いだけで……」
頭の中で、ソフィア様に対して抱いていた疑問の最後のピースがはまった気がした。
事前に聞いていた話と実際に抱く印象がまるで違うのも、彼女の態度に妙な違和感を覚えるのも。
全て、どこか昔の私と重なって見える。
彼女は意図して自分の支持率低下を狙っているのではないか。
「……ありがとう。ララ」
「え! こんな話で良かったんですか!」
「私、彼女と話してみる」
そう言って部屋を立ち去ろうとしたが、ララは慌てて私の腕を掴む。
「どうしてですか! 今のままでいいじゃないですか! このままにしておけば、ミアーナ様が勝てる可能性が上がるんですよ!」
「……私はこんな勝ち方をしても嬉しくないわ」
ララは私に何かを訴えかけようとしたが、結局口を閉じした。
◾︎◾︎
リリアッド王城で開かれる夜会は、多くの放送局や魔法新聞社が立ち入り、様子が国民へと伝えられる。
控え室で何人ものメイドが行き交い、化粧を施されながら私は鏡を見つめた。
王室から用意されたドレスは、薄桃色を基調とし、胸元がいつもより広く空いている。ベルラインにかけてふんだんに使われたレースが、豪華さを更に主張していた。
「こんな豪華なドレス……初めて着た」
「お似合いですよ」
施されたメイクは厚すぎず、ドレスの雰囲気によく馴染んでいる。
やっぱり自分でも化粧を覚えようかな。なんて思っていると、部屋の扉がノックされ、ダンが入ってきた。
「ご予定をお伝えします、ミアーナ様」
「お願い」
「本日の夜会は、各国から訪れた外交官と王室の交流も兼ねております。秘密主義法により、外部の取材撮影が入る時間は決まっているため、安心してまずは夜会を楽しんでいただければと思います」
「いつ記者らが入るの?」
「夜会の終盤に、エリオット王子殿下とのダンスがあります。その時から、映像が帝国中に映されるでしょう。そのあとは、各婚約者候補からのスピーチがあり、それを以て夜会は終了となります」
ふむふむ、と頭の中に入れていく。
スピーチ……何を話そうかなんてまだ決めていないが、今悩んでも仕方がない。
私の顔を見たダンは、意外そうな顔をした。
「練習が出来てないと、不安そうな顔をされると思っていましたが……」
「本来の王妃教育の予定を変えて奉仕活動を優先したのは私の意思よ。それに、今悩んで意識が逸れて、変な失敗をするよりいいわ」
「堂々としたお姿、大変素敵でございます」
ダンは満足気に笑うと、頭を下げて部屋を出ていく。
数分遅れて、私も夜会が行われている大広間へ向かうことになった。
案内に従って会場に入れば、すでに大勢の人で賑わいを見せていた。
演奏隊の音楽が程よく大広間に響き、大きなシャンデリアが会場を照らす。立食形式がとられており、集まった来客の間をトレーを持った給仕が行き交っている。
会場の雰囲気に圧倒されていれば、私の入室に気づいた何人かの人が声をかけてきた。
「おお。婚約者候補のミアーナ令嬢ですか」
「お初お目にかかります。ドレスがとてもお似合いです」
「先程、ソフィア令嬢とも挨拶をさせていただきました。お二人とも、本当に気品に溢れていて麗しい」
外交官の人達だ。
彼らが発する言語は、どれも異国の言語。少し慌てそうになった顔を隠し、私は習ったばかりの言葉でたどたどしく挨拶を交わす。
「お初お目にかかります。ミアーナ・カロリーヌと申します。どうぞ、今宵はパーティを楽しんでいってください」
「ミアーナ様もどうぞお気軽に」
勉強していた言葉が伝わった。
小さな喜びを噛み締めながら、私は他の人とも挨拶をするためその場を離れる。
一歩歩けば誰かに声をかけられる。そのたびに相手の国に合わせた言語で話す。
私のたどたどしい言葉も、時折単語や文法に詰まってしまう時も、皆優しい顔で受け入れてくれた。
ゆっくりと、でもハッキリと。
そうして会話を楽しんでいると、視界の端でソフィア様を見つけた。
目の色と合わせた水色のドレスは、彼女の白髪によって引き立てられ、神々しささえ放っている。
ソフィア様の美しさはもちろんだが、彼女の様子に私は驚く。
「笑ってらっしゃる?」
第一印象が一変するほど、彼女は弾けた笑顔を見せていた。異国の来賓と楽しげに話し、彼女の方から話を振っている。
私がソフィア様を見ていることに気づいたのか、隣に立っていた男性が口を開いた。
「いやあ、ソフィア様の語学力には脱帽です。祖国の友人と話しているような気持ちになります」
彼の言うとおり、ソフィア様からは私のようなたどたどしさは感じられない。
誰に話しかけられても、すぐに対応して流暢に会話を進めている。
「あれが本来のソフィア様……?」
「どうされましたか?」
「あ、いいえ。なんでもありません」
「どうやら、エリオット王子殿下も見えられたようですね」
少し大きくなった音楽と共に、人の群れの間からエリオット様が現れた。彼はさりげなくソフィア様の隣に立ち、彼女に話しかける。
その時も、ソフィア様は笑顔のままだった。
エリオット様もソフィア様と同じように、流暢だ。二人の立つ空間を切り抜いた光景は、随分と遠くに感じる。
呆然と見つめていれば、エリオット様が私に気づく。ソフィア様に何かを伝えたあと、彼はそのまま私の方へ歩いてきた。
「疲れていないかい、ミアーナ」
「頭の中に沢山の言語が並んでいて、爆発してしまいそうです」
「あはは! 来賓に話を聞いたよ。みんな君のことを好意的に見てくれている。言葉は伝わっているかどうかより、伝えたいという姿勢の方が大事だからね」
エリオット様がせっかく傍にきてくれたというのに、私は目を伏せた。
公の場では、エリオット様は私とソフィア様に平等でなければならない。理解していたつもりが、いざその場になると胸がざわついた。
「ミアーナ?」
「……嫉妬、したかも、です」
申し訳ない、と思いながらエリオット様をちらりと見上げる。
途端に、エリオット様の頬が赤くなった。
「な、なんて顔をしてるんだ……」
「え? 私、何か変な顔していましたか?」
「君の時々の無自覚さに動揺するよ」
首を傾げれば、エリオット様が耳元で囁く。
「愛している」
しーっと、エリオット様は口元に指を立てた。
平等にだと言っていたはずなのに……これでは、建前も建前だ。
私は一瞬で胸のモヤモヤがとれ、笑顔を零す。
「俺も挨拶回りでずっと傍にいられるわけじゃないけれど……」
私はこれ以上エリオット様にかき乱されていては調子が狂う、と必死に表情を整える。
「いいですから。ずっと傍にいられる方が困ります。調子いいこと言ってないで、仕事に専念してください」
「君が照れた後の厳しさは相変わらずだな」
その言い方じゃまるで、私が照れを隠すために突き放していると言われているみたいだ。
釈然としないが、二人で会話を深めている場合でもない。
ソフィア様の突然の変化は気になるが、夜会の忙しさに対応するほうが優先だ。




