19・対面
エリオット様は何度か瞬きをして、うーんっと首を捻った。
「ソフィアか。最後に会ったのは……いつだ? 俺の十歳の誕生日パーティだったような……」
「昔から知ってる方なんですね」
「子供の時はよく会っていたような気がするが、何を話したのかまでは覚えてないな」
「どんな人なんですか?」
はて、とエリオット様は目を閉じて難しい顔をしながら記憶を辿る。
そして、思い出したのか手を叩き合わせた。
「そうだ。凄く活発な子だ。常に明るく、笑顔が多かった子だったような記憶がある」
「驚きました。聖女だと聞いたので、てっきりお淑やかな人かと……」
「お淑やかとは真逆だよ。まあ、子供の頃の話だからな。今はどうなのか分からない」
エリオット様の話しぶりを見るに、嫌味な人ではないようだ。
別に嫌味な人だろうといい人だろうと、戦いには戦いなのだけれど。
「父上に確認したら、無事帰国の目処が立ったそうだよ。もう間もなく帰ってくる」
いよいよ対面か。
エリオット様の耳にも世論の声は届いているはずだ。国民からの強く大きな歓声を受けるのは、きっと私よりソフィア様だろう。
緊張を胸に抱えていると、エリオット様が私と視線を合わせる。
その表情は、真剣で……でも何か申し訳なさを含んだような表情だった。
「ミアーナ。伝えなきゃいけないことがある」
「はい」
「ソフィアが帰国したら、俺は今まで通り君に接してあげられない。俺がこの国にいる間は、俺の一挙一動を国民が見る。つまり、不満が生まれやすい環境になるんだ」
魔法新聞にも書いてあった。エリオット様は未だに国民への声明を出していない。
国民の注目はいわずともエリオット様がどんな考えを持っているのかということにある。
「……言葉の一部を切り取られたり、過剰な解釈をされるよりは、憶測で済ませておいた方が世論は安定しますからね」
「ああ。俺はあくまで平等の立場にいなければならない。俺がミアーナを支持するような言動を見せてしまえば、それだけで王室から国民への票誘導、圧力だと捉えられるからね」
それでいいじゃないか、なんて思うほど私は短絡的思考は持っていない。
元々は、元老院との軋轢を生まない為に行われる国民投票だ。
「心配なさらずとも、それで私が傷つき、不安になるようなことはありません」
「君にばかり負担を強いて申し訳ない」
「いいえ。二人で同じ夢をめざしているのですから、大変さの比べ合いをする必要はありません」
エリオット様は微笑み、私のおでこにそっとキスをした。
「ミアーナ。たとえ世界がなんといおうと、俺の目には君が一番美しく輝いて見える。君は君らしく。それでいいんだ」
◾︎◾︎
アイゼン様から呼び出しがあったのは、次の週末だった。
前回と同じ来賓の間に向かう。
部屋にはすでに、アイゼン様とローズ様、エリオット様が並んで立っていた。
挨拶が終わったあと、アイゼン様が以前より砕けた様子で私に声をかける。
「王妃教育の調子はどうかね。聞くところによると、ミアーナ令嬢は大変優秀らしいが」
「日々、ありがたく勉強させていただいております。まだ至らぬ所もありますが、精進の心を忘れぬよう努力してまいります」
「なら良い。王城での生活に不満があれば、いつでもダンに言うといい」
「いいえ。充分な生活をさせていただいております。ご配慮頂き、ありがとうございます」
会話が終わると、アイゼン様はローズ様と目を合わせて小さく頷いた。
「今日そなたを呼び出したのは他でもない。今後の予定についてだ」
アイゼン様は部屋の壁際に立っていた衛兵に視線を送る。すると、一度は閉まった来賓の間の扉が再び開く音が聞こえた。
「丁度、ソフィア令嬢も帰ってきたようだからな」
アイゼン様の視線につられて私も扉の方を振り返る。
コツっと小さな足音と共に部屋に入ってきたのは、一人の女性だった。
「ミアーナ令嬢は会うのは初めてだろう。ソフィア・サリヴァン侯爵令嬢。エリオットのもう一人の婚約者候補だ」
視界に写った途端、息を飲む。
ゆったりとしたカールのかかった長い白髪。長いまつ毛の奥から覗く、青い透き通った瞳。
日焼けもシミもない肌に、薄い桃色の唇がよく似合っている。
背は私より高く、動作の一つ一つが洗練されていて、彼女が纏う空気感に神々しさを感じた。
美の権化。それが存在するとするならば、まさしく彼女だ。
見とれていた私は、ソフィア様と目が合って我に返る。
「長旅ご苦労。ソフィア令嬢」
アイゼン様に声をかけられたソフィア様は、お辞儀を返す。国王陛下の言葉に対して一言も返さずとも許される。そんな雰囲気が彼女にはあったし、実際アイゼン様も全く気にしている様子はなかった。
「懐かしいな。クラーク侯爵に連れられてエリオットの誕生日パーティに来たのが最後か」
アイゼン様がエリオット様を見れば、エリオット様は慌てて口を開いた。
「あ、ああ。思った以上に背が高くなっていて驚いた」
「ほら。エリオットったら、ソフィアさんにケーキの苺を取られて泣いていたじゃない」
「母上にいま言われるまで忘れていたよ……それに、ケーキは七歳の頃の話だ」
「あら。そうだったかしら?」
家族同士で思い出話に花が咲く。
そんな三人の会話にも、ソフィア様は入ろうとしなかった。
笑みを返すわけでもなく、ただ静かに聞き入っている。そんな様子だ。
私は元々闇属性魔法を使っていたということもあってか、今でも人の心の起伏を読み取るのが得意な方だと思っている。
しかし、ソフィア様の表情からは、一切の感情が読み取れなかった。
エリオット様から事前に聞いていた「明るく活発な人」という印象からは程遠い。どちらかといえば、冷たく、淡々とした印象を受ける。
私が見ていることに気づいたのか、またソフィア様と目が合う。
「初めまして。ミアーナ・カロリーヌと申します」
咄嗟に挨拶をしたが、すぐにソフィア様はそっぽを向いてしまった。
私はエリオット様の婚約者候補。ソフィア様にとっては気分のいい存在ではないのかもしれない。
「このまま思い出話を続けていたら日が暮れてしまうな。本題に入るとしよう」
一通り家族の談話が終わったアイゼン様が、私たちに向かって本題を伝え始めた。
「さて。ミアーナ令嬢の王妃教育もひと段落したということで、今後は国民の前に姿を見せてもらうこととなる」
「……具体的に何をすれば良いのですか?」
「パーティを開いて中継を繋いだところで、国民へ伝わるのはただの容姿と表面的な動作だけだ。もっとより深く、民と接してもらいたい」
そこで、とアイゼン様は懐から一通の書簡を取り出した。
「奉仕活動。私が国王となってから、王室の活動として力を入れているうちの一つだ。それを手伝って貰いたい」
「奉仕活動……」
「互いに得意分野が違うことは分かっている。それを踏まえて、それぞれの場所で民への奉仕に励んでもらいたい」
アイゼン様はまずソフィア様を見る。
「ソフィア令嬢は、各地方にある病院および聖堂への巡回を行ってもらう」
「……かしこまりました」
ソフィア様の声は、小さかったというのに耳にはっきりと届く透き通った声だった。
魔法など使わなくても、声一つで人を魅了できるような聞き心地良さだ。
「そして……」
私の番が来て、背筋を伸ばす。
「ミアーナ令嬢は、孤児院および低所得労働者労働組合への巡回を行ってもらう」
ぱっと頭に思い浮かんだのは、エリオット様と初めてデートをした日の思い出だった。
捨てられた孤児。捨てるしかなかった母親。そんな貧困にあえぐ民を救いたいと願い、夢を語るエリオット様の姿。
私がその願いの一部に触れ、奉仕することができる……。
「はい。謹んでお受け致します」
私はアイゼン様の目を真っ直ぐと見つめ、力強く返事をした。
「二人とも頑張ってほしい。エリオットも交互に顔を出させる予定だ」
アイゼン様に視線を送られたエリオット様は、黙って頷く。
「途中、王城でパーティを開く運びになっている。ヒュンサレム帝国全土に中継が行く。そしてまた最後に巡回に行ってもらい、民への披露は終了だ」
奉仕活動、パーティ、奉仕活動。頭の中にスケジュールを叩き込む。
あとは、私に出来ることをやるだけ。
本題を伝え終わったアイゼン様は、ローズ様と共に部屋を出ていく。
エリオット様もその後ろを着いていき、部屋には私とソフィア様だけが残された。
「あの、ソフィア様……」
声をかけようとした途端、ソフィア様は身を翻して扉へと向かって歩いていく。
私とは一切話す気も目を合わせる気もない。強固な姿勢が伝わり、小さく息を吐き出した。
「……まあ、仲良しこよしをする関係ではないものね。これくらいがお互いにとって丁度いい……か」
冷静、冷徹。表面的にみた彼女に抱く印象は、どれも良いとは思えない。
だが……私は、ソフィア様があえてそうしているような。何か隠しているような。そんな気がしてならなかった。
ソフィア様の様子について深く考えたのはその日だけで、次の日からは王妃教育に加えて始まった奉仕活動の忙しさに飲まれていく。




