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【コミカライズ公開中】清楚誠実に生きていたら婚約者に裏切られたので、やり直しの世界では悪役令嬢として生きます  作者: 志波咲良


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18/27

18・再会

 聖女の存在は、医療の現場では最後の砦とも言われている。

 回復魔法ではどうにもならない傷を負った兵士。魔物の瘴気呪いを受け、衰弱死を待つだけの旅人。不治の病を患い、医者からも見放された子供。


 彼らを救えるのが、聖女だ。

 回復魔法を超える治癒術と、人々を苦しみから救う浄化の祈り。神から選ばれた女性にだけ与えられる、魔法すらも超えた奇跡の力だ。


「原初の光属性を持つ王子殿下と奇跡の力を持つ聖女、ソフィア様。お家柄以上に、国民の支持は理想的な組み合わせにあるのです」

「強敵ね」

「ですが!」


 ララは私の目の前に魔法新聞を広げ、突きつける。


「ミアーナ様の完全敗北が決まったわけではありません! 見てくださいまし! ここ!」


 ソフィア様を称える記事が一面に並ぶ中、隅っこに小さく、私について書かれていた。


『身分を乗り越え、幸せを掴んだ女性、ミアーナ・カロリーヌ。乙女が一度は夢見る理想の先駆者! 国民が抱く王室への更なる親しみが、子爵令嬢によって切り開かれる!』

『平凡、だが平和。民と同じように仲睦まじく買い物をする微笑ましさに、市民の応援と見守りの熱い声が届く。逆境こそ、力なり』


 いつの間に撮ったのか、小さいながらに私とエリオット様が並んで歩いている写真が貼られている。

 卒業式前に街に買い物に行っただけの、何気ない日常の一部の切り抜きだ。


「……どういうこと?」

「エリオット様とソフィア様は確かに理想的なカップルでしょう。ですが、あまりにも理想的すぎて、国民にとって二人は天空人のように思えてしまうのです。王室と国民の距離が離れてしまうことを危惧している層もいます!」


 ララ曰く、これが残り一割の私の支持者が持つ多くの考えだそうだ。


「天空か地上か。王室はどちらにあるべきなのか。この証明がはっきりミアーナ様によってなされれば、国民の意識は変わるはずですわ!」

「そうかしら?」

「そうですとも! 今はただ、姿も見えない聖女という名前の強さに国民は流されているだけですわ!」


 改めて言われれば、確かに私はまだソフィア様に会ったことがない。国民投票もあるというのに、未だに帰国する様子を見せていないのだ。


「国民投票直前にしか帰ってこられないのかしら?」


 後でダンに聞けば分かるかな。と思ったが、これもララが把握していた。


「いいえ。本来は今日までにお戻りになる予定でした」

「でも、帰ってきたなんて話は出ていないでしょう?」

「ええ。実は国民投票とは別に、今少し問題になっていることがあるんです」


 ララはちょっと待っていて欲しいと、私から離れ引き出しを漁り始めた。

 そして、しばらくして手に別の魔法新聞を持って戻ってくる。

 立ちっぱなしもなんだからと、私たちはベッドに腰を下ろして再び魔法新聞を見る。


「今、国内外問わず旅人や観光客の量が減っているのをご存知ですか?」

「いいえ」


 ララは記事を指でなぞりながら内容を読み上げる。


「数十年に一度の魔物の活性化。このせいで、国と国を繋ぐ道に多くの規制がかかり、観光産業の低迷が起きています」


 魔物の活性化。歴史の教科書でしか見たことのない内容だ。最後に起きたのは、確か五十年ほど前。

 魔物の生態として活性化と沈静化を繰り返すというものがあるが、未だに原因はよく分かっていない。


 活性化は放って置いても一、二年ほどでおさまるので、その間は魔物の生息区域に近づかないというのが世界の常識だ。


「今年の一年生は実習が減ってしまって可哀想ね。……ソフィア様もそのせいで帰国ができていないの?」

「はい。ヒュンサレム帝国は魔法学に長けているという性質上、出国規制はほとんどありませんが、ソフィア様のいらっしゃる国では強い出国規制がかかっています。手続きに時間がかかっているのでしょう」


 ほうほう、と頷く。

 やはりララは頼りになる。聞いて正解だった。


「婚約者候補が一度も民の前に姿を見せないというのは、国民の反感を買います。国王陛下はお披露目の場を考えているとのことですよ」

「私が口出し手出しをできるわけでもないし、アイゼン様に任せておきましょう」


 話がひと段落したあたりで、ララは新聞を閉じた。


「気の張る話はこれでおしまいです! それよりミアーナ様……!」


 ララが期待を含んだ目で私を見つめる。

 何を待っているのかなんて、すぐに分かった。私は照れくさそうに笑いながら、ララが待つ言葉の続きを口にする。


「さあ。恋話をしましょう」

「はい! お待ちしておりました!」


 ララに春休み中あったエリオット様との出来事について話す。

 手紙のやり取りや婚約者候補が二人いると言われた日の晩の様子。

 私が話す内容に大きな仕草を返しながら、ララは楽しげに聞いてくれた。


「エリオット様って、いつもビシッとしてらっしゃいますけれど……案外こちらから背中を叩かなきゃいけないときもありますよね!」

「そうなのよ。たまに捨てられた子犬のような顔で謝るものだから……私つい笑っちゃって」

「全然想像がつかないです!」


 表向きの顔も私にしか見せない表情も、その全てが愛おしい。

 昼の終わりを告げる鐘がなるまで、私とララは夢中で話を続けた。


「いけない。そろそろ授業ね」

「一限目から苦手な薬学……ミアーナ様、助けてください……」


 調合計算が苦手なララは、か細い声をあげながら私の腕を掴む。


「はいはい。隣に座りましょ。お願いだから爆発させないでよね」

「大好きです! ミアーナ様!」

「……貴女それ、最近使い方が上手くなっていない?」

「そんな!」


 二人で声を上げて笑う。

 立ち上がろうとして、ララの手が離れる。ふと、視界の端で光るものが見えた。


「ララ……それ」


 それは、ララの薬指に付いた指輪だった。

 魔法新聞ばかりに気が向いていて気づかなかった。

 私に指摘を受けたララは、顔を真っ赤にして口元を緩める。


「もしかしてトニーと……」

「……はい! 春休み中に正式にプロポーズされました!」

「きゃあ! なんで早く言わないのよ!」


 柄にもなく大声を上げて喜ぶ。


「夜、夜ちゃんと話しますから! 授業に遅れちゃいます!」


 ララは照れくささを誤魔化すように私の背中を押す。ララの幸せそうな顔が、何よりも嬉しかった。


 ああ、楽しい。

 ララと過ごす学校の中は唯一、私が等身大の女子生徒に戻れるような気がした。


 張り詰めた話をしたのは初日だけで、次の日からは至って普通の学校生活だった。


 朝はララと共に起きて日中は授業を受ける。良かったことといえば、学校で習う内容はすでに王妃教育で習ったことばかりだったので、そこまで気力を消耗する必要はなかった。


 夜は眠くなるまでララとお喋りをして、時々星を見に校庭に出る。


 そうして、あっという間に平日が終わろうとしていた。


 初日に言われていた通り、金曜日の夕方、校門の前に王城からの迎えが来ていた。

 ダンの姿もあり、私が見えたと同時に頭が下げられる。


「お気をつけて、ミアーナ様! また月曜日会えるのを楽しみにしてますわ!」

「ララも、トニーとのデートを楽しんでね」

「はい!」


 ララに手を振って、馬車に乗り込む。

 小窓にはカーテンがあるため、行き帰りの道で市民からの目を気にする必要はない。


 学校に行って、王城に帰り王妃教育を受ける。

 始まる前は大変そうだと思っていたが、そんなこともなかった。


 そんな生活を続けて一ヶ月が経とうとした頃、私の耳に嬉しい知らせが入る。


 日曜日の昼下がり。

 いつも落ち着いていて冷静なダンが、明るい表情で私に駆け寄ってきた。


「ミアーナ様。朗報です。エリオット様が帰国されますよ!」

「本当!」

「はい。先ほど国境警備隊から知らせが入り、夕方には──」


 ダンの声は、誰かに被せられて消える。


「もう帰った。この前は待たせてしまったからな」


 廊下の大きな柱の裏から姿を表したのは、エリオット様だった。

 心做しか、二ヶ月前よりずっと精悍な顔つきになった気がする。

 駆け寄りたい気持ちを抑え、微笑む。


「おかえりなさい。エリオット様」

「ただいま、ミアーナ」


 エリオット様が私に近づき、抱きしめられる。

 心臓の鼓動が耳に届いて、伝わる温かさに照れくささと恥ずかしさが込み上げた。


「エリオット様……ダンが見てますから」


 そういうと、エリオット様はダンに手で合図を出す。ダンは頭を下げて、その場を去った。


「これでいいか?」

「え、え、衛兵も沢山いるのに……! 王子としての品が……!」


 恥ずかしい。誰もがいる廊下の真ん中で当然のように抱きしめられ、恥ずかしがっているのが私だけだというのも動揺を増した。


「二ヶ月ぶりに会えたんだ。許してくれ。離れたくない」

「で、でも……せめて人払いを……」

「……二人きりならいいということか?」


 耳元で囁かれ、全身の体温が上がる。


「ば……馬鹿ですか!!」

「あはは! 冗談だよ。中庭にでも散歩に行こう」


 手を引かれ、庭園への散歩に出る。

 エリオット様から語られる遠征中の話は、どれも興味深く、飽きることがなかった。


「王妃教育の調子はどうだい?」

「最近はめっきり怒られることがなくなりました。まだ語学は苦戦してるんですけど……」

「言葉は慣れだよ。ミアーナなら大丈夫だ」


 頭を撫でられ、湧き上がる喜びを噛み締める。

 あからさまに喜んでいるとからかわれそうだったので、私は平静を装うのに必死だった。


 ある程度会話が進んだところで、私はふと気になっていたことをエリオット様に訊く。


「エリオット様は、ソフィア様のことをご存知なんですか?」


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