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15・協議の行く末

 私は頭が真っ白になり、ただ呆然と立ち尽くす。


「相手は、元老院の現議長クラーク侯爵の孫娘で……──」


 音の全てが遠くなる。

 アイゼン様の説明が上手く耳に入ってこない。自分がどういった振る舞いで相槌を返したのかも、覚えてない。


 ただローズ様に何かを言われ、背中をさすられたことだけは何となく記憶にあった。


 気づけば私はいつの間にか来賓の間を出ていて、客室のベッドの上に腰を下ろしていた。


 空はいつの間にか茜色に染まり、僅かに空いた窓から吹き込む風は冷たさを増す。


 私は自分の手の中に持たされていたメモ書きに目を落とした。


「王配教育機関は拠点をリリアッド王城の王室に……学校もここから通って……ベルを鳴らせばメイドがくる……」


 ぼんやりとしか覚えていないが、来賓の間を出た後、通路で待っていた燕尾服の男性から握らされたものだ。

 彼はおそらく口頭でも説明してくれていたのだろうが、私の頭には入っていないと判断したのだろう。


 私はメモの続きを読み上げる。


「王族の居住区域に立ち入ることは原則禁止。王妃教育は明日から。ローズ様からのお計らいにより、王城に住まわれる間、私がミアーナ様の執事を担当させていただきます。以後お見知り置きを。……ダン・ホーキンスより」


 身なりから何となく察しがついていたが、やはり王族に仕える執事だったんだ。


 私はメモを畳み、サイドテーブルの上にそっと置く。立ち上がって窓の外を眺めれば、夕日に染ったリリアッド王城の庭園を一望できた。


「……私がいまやるべきは、きっちりと王妃教育を受けること」


 もう一人いるというエリオット様の婚約者候補がどんな方なのかは分からない。

 ただでさえ緊張していたというのに、突然の情報に混乱し、環境の変化に思考が追いつかなかった。


 けれど……なぜだろう。ナタリーの時のような「エリオット様を失うかもしれない」という不安や焦りはなかった。

 彼からの愛情を確信している。

 アイゼン様とローズ様が、私を決して無下に扱っているわけじゃないというのは、先程の謁見で実感した。


 それでもこんな状況になってしまったのには、何かわけがあるはずだ。


 今はただ……エリオット様に会いたい。


 窓の外を眺め続けていれば、私の部屋に向かって誰かが駆け寄る足音が聞こえた。

 数秒後、扉が勢いよく開く。


「ミアーナ!」


 振り返ると同時に、強く抱きしめられる。

 卒業式ぶりに会う、エリオット様だった。


「……そのような走り方はみっともないですよ」

「父上から聞いた! すまない、君をこんなことに巻き込んで……!」


 正装姿のまま着替えもせず、息を切らして私の元に来てくれた。それだけで、心にすっと穏やかさが戻る。


「父上と元老院は、俺が必ず説得をする。君はただ待っていてくれれば……」

「エリオット様」


 エリオット様の胸を押し、体を離して顔を見上げる。そして明らかに動揺し、焦っている彼へ諭すように声をかけた。


「それで済む話なら、私はきっと今日この場にお呼ばれしていない。……そうでしょう?」


 エリオット様は口を閉じ、目を伏せた。


「元老院現議長の孫娘。しかも侯爵令嬢。王子の一存で候補の取りやめを行ったところで、その先に生まれる亀裂や衝突は免れられない。……国王陛下は、そんなことお望みになっていないのでは?」


 ローズ様からは、王妃とは透明感に包まれ国民の憧れとなるような存在でなければならないと言われた。

 エリオット様がやろうとしている選択は最短だろうが、最善ではない。たたでさえ評価が不安定な私は、国民ならず元老院、貴族からも歓迎されない婚約者の烙印を押されるだろう。


「どうか私に、嘘偽りなく状況をお教えください」


 エリオット様は迷ったように視線を動かし、やがて悲しげな顔で口を開いた。


「……今父上を筆頭に王族が目指しているのは、国民の生活水準改革だ。それは君にも話しただろう?」

「ええ」

「それと、平和路線。武力を他国に向けずとも強い国づくり。そのためには、諸外国との外交で信頼を築き、同盟国を今まで以上に増やしていく必要がある」


 後半の話は、エリオット様から聞いたことはなかったが、この国に住んでいれば義務教育の過程で学ぶ内容だ。

 アイゼン様が国民から圧倒的支持を得ている理由でもある。


 国民の血を戦場で決して流させない。その強い意志で、事実、ヒュンサレム帝国はアイゼン様が戴冠されてから一度も戦争を起こしたことがなかった。


「父上が王として望む国の路線を叶える多くは、元老院の力があってこそ成り立っていたものなんだ」


 元老院は現在、侯爵伯爵位貴族と数人の賢者で構成されている。

 それぞれが、ヒュンサレム帝国で広大な領地を持つ者ばかり。

 数年に一度国民投票で議席の入れ替わりを行うのが慣例だが、実際のところ形骸化している。

 各領地を持つ貴族らは、それだけで揺るぎのない投票数を獲得し、今更変わることなどないからだ。


「彼らが得票数を持ち、議席を確保し続ける。そして、父上の意志を各領土へ反映し、王室の声を届け続けてくれているからこそ、今この国は変わり続けられている。

 昔は王族と元老院は険悪だったと聞いた。クラーク侯爵が議長になってから、王室と元老院は親身一体の姿勢に変わったんだ」


 アイゼン様とローズ様は、エリオット様の自由意志を尊重したいと申されていた。

 だが、我が子可愛さばかりで「やっぱり本命がいたそうなので」と断れば、元老院との分裂は分かりきっている。


 国王が進めている改革が立ち消えるどころか、エリオット様の夢も叶わなくなるだろう。


 つまり、この議論……「相手にどう納得させた上で引き下がってもらうか」が重要なのだ。


 私は少し間を開けて口を開く。


「……なるほど。そのお方と戦えということですね。だから、私に王妃教育をご用意してくださったのですね」

「……君は本当に、理解が早いな」


 エリオット様は苦笑し、本題に入る。


「父上とクラーク侯爵の協議の着地点は、俺による自己決定じゃない。俺が決めるとなれば、ミアーナしか選ばないと、クラーク侯爵は分かっているんだ」

「では、どのような方法で?」

「……国民投票。ミアーナとクラーク侯爵の孫娘の存在は、明日以降正式に国全体に通達される。そして、半年後に次期王妃候補を選ぶ国民投票が開催されることになった」


 誰がどう見ても分かる。

 圧倒的不利。


 元老院の議員が全てクラーク侯爵側に回るとは限らないが、それでも票確保のための根回しは怠らないだろう。


 その上で私は、国民に認められ、過半数を取らなければならない。


 あまりにも規模が大きすぎる話に現実味が遠のくどころか、「どうしたものか」と考える余裕すら出てくる。


「すまない、ミアーナ……全て俺のせいだ……」

「嘆いたところで、もう過去は戻ってきませんし、人生がやり直せるわけでもない。夏までに私たちが出会えなかったのは、どちらのせいでもないでしょう?」


 むしろ、エリオット様が夏までに婚約者を決めなかったから私は幸せになれたのだ。

 感謝こそすれど、謝る必要なんてどこにもない。


「しかし、これは君にとってあまりに理不尽すぎる!」

「理不尽? アイゼン様とローズ様は、私に王妃教育を用意してくださってます。こうして、王城に住む許可まで出してくださいました。最も近くで、ローズ様の立ち振る舞いを目にすることが出来るんです。

 今まで為す術なく奪われた理不尽に比べたら、こんなの理不尽のうちに入りませんよ」


 ないものに嘆くより、あるものに感謝を。

 辛い苦しいと泣いて立ち止まっていても、状況は何も変わらない。


「もしかしてエリオット様は、私が侯爵令嬢相手に恐れおののき、身を小さくするとお考えで? 国民投票が怖いと、泣くとでも思っていますか?」


 図星を突かれたのか、エリオット様の目が泳ぐ。

 それをみて、私はフッと笑った。


「私に対する解釈違いです。エリオット様」

「……え?」

「残念ながら私……王子相手ですら怖がったことなんて一度もないですから」


 お忘れになったんですか? と言わんばかりに私は小首を傾げる。

 それをみたエリオット様が、ようやく軽く笑ってくれた。


「無理だと、最初から決めつけたくない。……貴方様が私に教えてくれたことですよ」


 侯爵令嬢、国民投票。どうぞご自由に。

 私は今まで通り、いつも通り……自分の心に従って、手を差し伸べてくれる方に感謝をし、目の前のやるべきことを一生懸命頑張るのみ。


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