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11/27

11・契約終了

 私は淡々と言葉を続ける。


「エリオット様は三月でご卒業されます。そろそろお決め下さい」

「ああ。その話か。魅了を打ち破った子は……」

「いません」


 遮った台詞に、エリオット様は首を傾げる。


「もう、この学校に魅了をかけるべき女子生徒はいません」


 嘘じゃない。あれほどいたエリオット様へ思いを寄せる女子生徒は、いまやいない。そりゃあ、魅了を解けば再び学園は沸き立つだろうが、エリオット様が望む条件には適さない。


「そうか。流石はミアーナの闇魔法だね。とても強力で心強い」


 エリオット様の一声に、私の頭の中に小さな疑問が生じた。まるで、見つからないことを安堵しているような言葉だ。

 彼の今までの行動を振り返り、疑問と共に吐き出す。


「……真実の愛を見つける気、ありますか?」


 彼はいつも私に任せ切り。資料を渡しても数分目を通すだけ。学生と会えば交流はしているが、どこか上っ面な笑顔に見えた。

 誰かと交流を深めようとせず、いつもこの生徒会室に篭ってばかり。

 婚約者を見つけようと、何か行動を起こしている姿は見たことがない。

 それでいて、自分を愛してくれる人が欲しいと私にボヤいている。


「自分を愛してくれる人が欲しい。王族らしい考えですけれど、男らしいとは思いません。男なら、自分が守って愛したいと願う女性に自分から求婚するべきです」


 エリオット様は筆を置き、椅子に背中を凭れて微笑んだ。


「君の言う通りだ。俺は見つける気がない」

「なぜ」

「君と同じく、愛を信じていないからだ」


 予想だにしなかった一言に、私は僅かに目を見開いた。


「俺と君の違いは、俺は愛に怯えているわけでも憎んでいるわけでも恨んでいるわけでもない」

「……ではなぜ?」

「君が常日頃証明しているじゃないか。俺を慕う女性は、全て俺のカタチしか見ていない。それが愛だというのなら……つまらないものだよ。そんなつまらないものを、俺は信じたくないね」


 肝試しの時にエリオット様が言っていた言葉が思い起こされる。

 ナタリーを追い払った時の台詞だ。


 ──どうだろうか。俺が王子でなければ、上手くいかなかったかもしれないね。


 ナタリーが逃げたのは、あれ以上王子を侮辱してはならないと察したからだ。では、王子でなかったら? 仮に、ナタリーよりも身分の低い平民だったら? 

 ナタリーはきっと、私とエリオット様二人揃って馬鹿にしただろう。


 彼を好きだと語る女子生徒は、どれも皆、同じようなことばかり主張する。

 一国の王子。有り余る財産。他の男子は太刀打ちできない容姿。原初の光属性持ち。王子らしい振る舞い。


 耳にするたびに思う。

 あの人たまに、購買で買った安い紅茶を満足そうに飲みながら、ソファーでだらしなく寝てる時あるけれども。なにを幻想しすぎているのかしら……と。


「俺は俺の内面をよく知り、王子でない俺も愛してくれる人がいい。地位、名声、富に流されず、俺の言葉を受け止めてくれる子がいい」


 呑気に語るその姿に、言いようのない苛立ちがくすぶった。


「……では、そういう貴方は何か努力をされましたか?」


 あれがいい、これがいいと言うばかりで、エリオット様は待っているだけ。

 手に入らないと分かっていても努力し続ける、その辛さを知らないのだ。


 私はつかつかと机に近づき、両手をつく。


「かっこつけてますが、それ……ただ自分に自信がないだけですよね!」

「……え?」

「自分から肩書きや容姿を取ったら、何も残らない。そう自信が無いから、愛という理由を付けて誤魔化しているだけでしょう!! 

 本当に肩書きや容姿に恵まれなかった人を馬鹿にした考えですわ!」

「ミアーナ?」


 デートの時、夢を語るエリオット様は誰よりも光り輝いていた。

 見た目じゃない。内面から溢れ出る、真なる正義を感じた。自分ならやり遂げられる、と疑うことのない自信が彼の輝きだった。


「夢を語る王子としての貴方も、ソファーでだらしなく寝ている貴方も、子供みたいに不貞腐れる貴方も、全てひっくるめてエリオット・レゴリアム第一王子でしょう! 

 なのに、いつも生徒の前では理想的な王子を演じられている。誰かがそうしろと決めたわけじゃない。貴方自身が、そうしなければと決めつけ、自分の本音を隠して、怖がって、否定して生きているんですよ!」


 忘れたくても忘れられない、人生をやり直す前の記憶が脳裏を奔り、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。


「私は、どれだけ頑張って肩書きを付けても愛してもらえませんでした! 

 私は、容姿に恵まれないからと愛してもらえませんでした!! 

 だからって、自分の心を否定したら……取り返しのつかない人生を歩むことになるんですよ!! 

 せっかくの光属性、闇に堕ちても知りませんよ!!」


 なんども、なんども、なんども。

 愛を否定し、恨み、憎み、逃げて。そうして自分の心を閉ざして疲弊させなければならない人生を私は送っている。

 それが、闇属性に堕ちた者の呪いであり、神への懺悔だ。


 民への慈愛を説く彼が、愛を信じずしてどうするという。

 矛盾に満ちた考えで己を歪め、その輝きを曇らせてはならない。


 失った輝きは──二度と取り戻せないというのに。


「ミアーナ。泣かないでくれ。君にそんな言葉を言わせるつもりじゃなかったんだ」


 エリオット様は悲しげな顔をして立ち上がり、私の方へ来ようとする。

 私は一歩、大きく後ろへ退き、涙をふいて頭を下げた。


「本日は、今日限りで契約終了を申し出たく、ご訪問させて頂きました」


 元々、この一言を言いに来た。ナタリーにかき乱され、エリオット様の態度に苛立ったせいで余計な話をしてしまった。


「どうして急に……」

「先程申し上げました通り、もう私がこれ以上お力になれることはありません」

「ミアーナ。君に話したいことがある。数日で時間を必ず作るから、また俺と街にでも……」

「いいえ。もうエリオット様とおでかけすることはありません」


 顔を上げて見た彼の表情は、困惑で溢れていた。なぜ、と訊かれる前に口を開く。


「私、結婚するんです」

「……え?」

「月末には退学の手続きを父が進めるでしょう」

「ミアーナ。それは本当に君自身が望んだ結婚なのか?」


 私は数拍間を空け、「はい」と返す。

 エリオット様は眉尻を下げ、何か言いたそうに何度か口を開け閉めした後、唇を噛んで視線を落としてしまった。


 エリオット様は馬鹿じゃない。きっとこれが望んだ結婚でないことなんて、お見通しだろう。


「……本当に、それが君にとっての幸せなんだな?」

「はい」

「その旦那の元にいれば、君は永遠に笑って過ごせるんだな?」

「はい」

「君が傷つき、泣くような人生はもう来ないんだな?」

「……はい」


 そうか、とエリオット様は力なく椅子に座った。


 伝えたいことは全て伝えた。これでいい。

 どうせ、また時は巻き戻る。


 今日までの思い出も、関係性も、何もかもが白紙となった世界が始まる。


 ズキズキと、胸の痛みは強くなり、止めたと思った涙が溢れてきた。


 寂しい。苦しい。悲しい。辛い。

 私を知らない貴方を、次の世界で見つけてしまうのが怖い。


「エリオット様。どうか、貴方様が心の底から愛せる女性が見つかりますよう、心よりお祈り申し上げます」


 泣いているのを隠すように私は深く頭を下げ、足早に生徒会室を後にした。


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