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10・ララとの約束

 あの日以来、エリオット様から掴まれた感覚がいつまで経っても消えない。

 学生が消えた宿舎で私は一人、ベッドの上で寝そべっていた。


 昼になればいつも「学食に行きましょう!」とせがむララもいない。ララがいなくとも、あれほど私に声をかけてきた生徒たちの姿はどこにもない。


 広い宿舎で一人、ただ冬休みが終わるのをじっと待つ。


 心にぽっかりと穴が空いた気分だ。

 ふとした瞬間に人を探し、ふとした瞬間に誰かに話しかけようとしてしまう。


 ああ、誰もいないんだと気づいた時の強烈な虚しさは、何度味わっても慣れなかった。


「……寂しい。早く皆帰ってくればいいのに」


 一人は寂しい。肝試しの時は馬鹿にしたエリオット様の考えが間違いではなかったと知る。


 年末を誰かと過ごすわけでもなく、年が明けても誰かとお祝いもしない。

 今頃皆は家族と楽しく暮らしているのだと思うと、羨ましさが込み上げてきた。


「……貪欲な女」


 私は寝返りをうって目を閉じる。

 あと数日で冬休みが終わる。そうすればララたちも帰ってくるし、いつも通りの学校生活が始まる。


 こんな感傷は今だけだと、気を紛らわすために別のことを考える。


「ああ……冬休みが終わったらロンと会わなきゃいけない」


 別の考えも、楽しい気持ちにはなれなかった。

 ため息をついた時、私の部屋に向かって一つの足音が近づく。そして、勢いよく扉が開けられた。


「ただいま帰りました! ミアーナ様!」

「ララ!?」


 急いで体を起こし、髪を整える。


「あなた、明後日まで帰らない予定じゃ!」

「ふふん。このララ、ミアーナ様に早くお会いしたくて帰ってまいりました!」

「ご両親は……」

「私に大切な学友ができたんだと、喜んで送り出してくださいましたわ!」


 ララは地元のお土産を山のように机に置きつつ、実家での出来事を次々に語る。


「それでね、ミアーナ様。聞いてくださいまし。お父さんったら、私のケーキを一人で半分も食べたんですよ! 信じられない!」


 怒っているような素振りを見せつつも、ララの頬は緩んでいる。


「それで、年明けは皆で教会に行ったんです。そこで私、雪で転けそうになって……」

「……あはは」

「ミアーナ様?」

「いいえ。なんでもないわ。続けて」


 コロコロと表情を変えて語る、ララの明るさは好きだ。憂鬱さも寂しさも一気に吹き飛んでしまった。


「ミアーナ様はどう過ごされましたか? エリオット様とのデート、上手く行きました?」

「……どうかしら」

「ええ! 教えてくださいよ!」

「また今度話すから、今はララの話を聞かせて」


 二人でベッドに座り、お菓子を食べながら語り合う。殆どはララの話だったが、楽しくて仕方がなかった。


 日がすっかり落ち、話の種も尽き始めた頃、私はララに訊く。


「ねぇ、ララ」

「はい!」

「……もし私がこの学校からいなくなるっていったらどうする?」

「辞めるんですか!」

「もしもの話よ」


 ララはうーんっと散々に悩み、言葉を選びながら口を開く。


「そう、ですね……まずは、寂しいです。嫌です。絶対止めます。理由も聞きます」

「私の意思が変わらなかったら?」

「それがミアーナ様の人生にとっての最善で最高の選択ならば、私個人の寂しさはグッと堪えて送り出しますわ」

「……意外。それでも嫌だというんだと思っていたわ」


 ララは私の手を取り、柔らかに微笑む。


「だって、離れたからといってお友達でなくなるわけじゃありませんわ。私がミアーナ様が大好きだという気持ちが消えることもありません」

「……そう」

「ミアーナ様は違うんですか? 私と離れたら私のことを嫌いになりますか? 私のことをお忘れになってしまいますか?」

「いいえ。生涯忘れることはないわ」


 ララは満足そうに笑ったあと、私の肩に頭を預ける。


「……本当に学校をやめるんですか? もう一緒にはいられないんですか?」

「いいえ。ずっと一緒にいるわ」

「約束ですよ」

「……ええ、約束するわ」


 私は罪悪感に呑まれながら、ララに嘘をついた。


 でも、ララのおかげで決心がついた。

 彼女には「例えばの話」だと強く念を押し、不安を和らげる。


「さ。今日は寝ましょう。明日……一緒に町へお出かけでもしない?」

「喜んで!」


 お互いにそろそろ寝る時間だと解散しようとした時、ララが何かを思い出した顔をした。


「そうだ。来週はミアーナ様の十七歳の誕生日ですよね」


 ああ、とカレンダーをみる。

 一月十五日は、私の誕生日。この世界のタイムリミットを迎える日。


「なんてイベントの多い日……」

「え?」

「いいえ、こっちの話よ」


 そして、十五日はロンと会う日だ。


「誕生日パーティーをしたいので、絶対予定を空けておいてくださいね!」

「その日は……」

「お願い、ミアーナ様! 夜でもいいですから!」


 断られるのでは、と不安そうなララの顔を見て、私は笑顔を取り繕う。


「分かったわ。夜には必ず戻る。約束よ」

「やった! ミアーナ様、大好きです!」


 ララは上機嫌で部屋を出ていった。

 一人に戻った私は、頭の中でやるべきことを整理していく。


「とにかく……エリオット様との契約を終わらせなきゃ。それから、ロンと会って……」


 ララ達にかけた魅了魔法はどうしよう。

 いっそのこと、今解いてしまおうか。


 呪文を唱えかけて、やめる。


 いまさっき、ララと約束をしたばかりだ。

 誰とも繋がりなんて持つ必要がないと思っていた私に、大切な約束が増えていく。

 ララたちの心を操ったのは、紛れもなく私だ。だったら、せめて裏切るようなことはするべきじゃないんじゃないか。


 魅了を今更解いて彼女たちの心を混乱させるより、最後の瞬間まで夢の中にいさせたほうが幸せなんじゃないか。


「……いままで魅了を解くことなんてなんとも思わなかったのに。私、思ったよりララたちに依存してるわね」


 都合のいい人間関係。都合のいい自分の考え。その都合の良さに私は逃げる。


 ──あっという間に時は過ぎ、再び学校生活が始まる。



 ◾︎◾︎


「いつも通り……いつも通り」


 始業式が終わり、私は生徒会室の扉の前に立っていた。行き慣れた道、開け慣れた扉。なのに、気が重い。

 よしっと気合を入れて取っ手に手を伸ばせば、私が開ける前に扉が開いた。


「ナタリー……」


 部屋から出てきたのは、ナタリーだった。彼女も私と鉢合わせたことに一瞬驚いた顔をしたが、すぐに勝ち誇った顔をする。


「あら。誰かと思えば、学校一の汚らわしい悪女じゃない」

「ナタリー、どうしてここが……」


 エリオット様の居場所は公言されていない。

 ナタリーは私に顔を近づけ、ニヤッと笑う。


「お姉様がエリオット様と接点を持つなんておかしいと、後を付けさせてもらいましたわ。おほほ。まさか、こんなすぐ近くにエリオット様がいらっしゃったなんて」


 私の失態だ。もうこの学校でエリオット様の存在に沸き立つ女子生徒はほとんどいなくなった。だから私は、以前までエリオット様に好意を寄せる女性に見つからないように気を配っていたが、最近では気にしなくなっていた。


「お話させて頂きましたけれど……エリオット様って本当に素敵な方ね」

「……彼は誰にでも優しいわ」

「知ったような口を聞かないでくださいまし! 私だけに優しくされたのよ!」


 ナタリーは私に体を擦り寄せ、耳元で囁く。


「どうせお姉様の闇魔法でしょう? この学校の女子がエリオット様に興味をなくされたのは」


 私は返事をしない。それを肯定としたのか、ナタリーは鼻で笑う。


「ほんと、私にとって都合のいい状況ですわ。私がエリオット様の婚約者候補になれるんですから」

「それは……」

「嫌だわ。私にも闇魔法をかけるおつもり? すぐにお父様に言いつけてやりますわ。私に闇魔法を使ったなんて知ったら、お姉様は地下牢に入れられるでしょうね」


 ナタリーは私の胸元に指を置いて、軽く押し込む。


「お姉様はさっさとこの学校を立ち去る。そして、私はエリオット様の婚約者になる。完璧ですわ!」

「エリオット様が貴女を選ぶとは限らないわ」

「じゃあ、お姉様が選ばれるとでも? 勘違いもいい加減になさって。お姉様はこれだけエリオット様に近づいて、未だに恋人にすらなっていないのに?」


 私は顔をうつ向け、唇を噛んだ。

 そうだ。私はエリオット様の恋人でもなんでもない。自分でも相応しくないと分かっている。


「あはは! その悔しそうな顔。たまりませんわ! では、どうぞロン様とお幸せに」


 ナタリーは笑い声を上げながら、上機嫌で私の元を去っていった。

 彼女にかき乱された感情を落ち着かせ、私は生徒会室の中に入る。


「失礼します」

「やあ。久しぶりだね」


 デートの時、あんな別れ方をしたというのにエリオット様の声色も表情もいつも通りだ。

 いつもと違うのは、今日はソファーではなく、椅子に座って机に向かわれている。


 机に山積みになった書類と共に、エリオット様は筆を走らせていた。


「すまない。もうすぐで仕事が終わるから、少し待っていてくれ」

「いいえ、どうかそのままで」


 契約のことを話そうとした途端、ナタリーの顔が浮かんだ。

 私は一度口を閉じ、本来考えていなかった言葉を述べる。


「真実の愛とやらは見つかりましたか?」


 私の一言に、エリオット様は手を止め、顔を上げた。


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