耳かきしながら口説いてくる後輩が可愛い過ぎて困る
「せんぱーい、まだ私のこと好きになってくれませんか?そろそろ私も愛想尽かしちゃうかもですよー?」
そんな事を言いながら俺の耳を綿棒を使って侵略してくる、朱鈴琴葉。
図書委員の後輩である彼女は現在、俺、来栖明人のことが好き、らしい。
自惚れじゃないぞ?ちゃんと本人から聞いたからな?
・・・委員会で初めて顔合わせしたときに。
先生や他の同級生がいる前で。
それ以降、放課後になると所構わずちょっかいを掛けられるようになった。
今も、委員会活動の一環で放課後の図書室で受付を任されているのだが、急に「先輩、耳かきしてほしかったりしませんか?」とか聞いてきて、あれよあれよという間に俺の頭は琴葉の膝の上にセットされてしまった。
そこからは、もうどうにでもなれの精神でこいつの好きにさせている。
なのに、それだけでは飽き足らず、あろうことか耳をかきながら愛の言葉を囁いてきた。
心臓に悪いにも程がある。
しかもたちが悪いのが、この小悪魔後輩、普通に可愛いのだ。
柑橘系の香りを振り撒き、ショートよりも少し長めの髪をサイドテールにしていて、活発な印象の中に人懐っこさを備えた美少女。
当然、そんな子の言い寄られて、嬉しくないはずがなく。
だからこそ、
「何でこんなに好かれてるんだろうな・・・」
と思ってしまう。
うーむ、特に好感度が上がるようなことをした覚えは無いんだがな・・・。
というか、顔合わせが初対面の筈だよな?
ってあれ?
なんか、琴葉の顔が近づいて来たようなーーー
「それはですね、」
耳かきを中断した琴葉は、そう前置きして、とびっきり悪戯っぽい笑顔で俺の耳に口を寄せ、直後、
『内緒ですよ』
耳が溶けそうなほど甘い声音でそう囁かれた。
あ、何か独り言聞かれてたっぽいわ。恥っず。
耳に息が掛かってくすぐったいのと合わさって、俺の羞恥心が限界に達しかけてるんだが。
あ、今更だったわ。
そもそも、図書室で耳かきなんかされてる時点で羞恥心とかそういう次元はとっくに過ぎ去ってたな。
まあそれを言ってこの極楽が中断されてしまうのは嫌だから、敢えてそこは触れないでいるんだけどな。
ちなみに、現在の俺の体勢は、机と共に設置されている椅子に寝転んで、琴葉の柔らかいふとももに頭を預けている形だ。
絶望的に人気のないウチの学校の図書室だからこそできることだな。
そんなことを考えていると、肩を揺さぶられた。顔を動かすと、不満そうに頬を膨らませた琴葉と目が合った。
どうやら、彼女に意識が向いていなかったことがお気に召さなかったらしい。
こいつ、独占欲強めだったりするのかな。
「先輩、照れてくれないとつまらないじゃないですか。ちゃんと先輩らしく初心な反応見せて下さいよ」
んな、無茶な。
というか、そんなに恋愛経験少なそうに見えるのか、俺・・・。
いや、図星ではあるよ?でもさ、何かこう、女子からの印象がそんな感じって、絶妙に嫌じゃないか?
や、世の男どもがどうとかは知らんし、野郎の心情なんか知りたくも無いんだけどさ。
っとと、また思考が逸れてしまった。
ジト目が痛い・・・。
「むー、まだこっち見てくれない。先輩も中々強情ですね・・・。それなら、」
『ふー』
「ッ!?」
琴葉の声が怪しさを帯びたと思ったら、微かに震えたような吐息が耳を襲った。
あー、やばいわ、これ。問答無用で理性破壊しに来てるわ。
ってあれ、何か、意識が、朦朧としてきた・・・
* * *
「・・・先輩、寝ちゃいましたか?」
反応が無いです。
どうやら、本当に寝てしまったようですね。
まったく。図書室で寝ちゃうなんて、本当にしょうがない先輩ですねー。自分のことを好きな人の前でこんなに無防備な姿を晒しちゃうなんて、何されても文句言えませんよ?なんちゃって。
「今起きたら、私が先輩のこと好きになった切っ掛け話してあげてもいいんですよー?」
・・・起きませんね。まあ、こっちとしても好都合です。この機会に、先輩の寝顔を思い切り堪能しちゃいましょうか。
フニッ
ムニムニ
フニュー
おぉ・・・、男の子なのに、ほっぺ柔らか・・・
この人、普通に見た目良いのに、なんでモテないんだろ。性格も悪くないのになー。
ハッ!ということは、先輩の魅力に気付いているのは私だけ・・・?
えへへー、何だかちょっと得しちゃった気分です。
「これからも、他の人には平凡な人のままでいてくださいねー」
頬をつつきながらそう言うと、先輩は少し寝苦しそうにうめき声を上げるのでした。
* * *
図書委員の当番の5日後。つまり俺が琴葉に図書室で耳かきをしてもらってから5日が経ったある日。
俺と琴葉は、放課後にまたしても図書室に残っていた。
受付の仕事は他の図書委員が行っているので、2連続で当番を任されたわけではない。
では何故こんな面白みも何もない退屈な場所にいるのかというと、端的に言えば、昨日の1件が先生に見られていた。
それだけでも発狂ものの黒歴史なのだが、先生は俺たち二人に罰として図書委員としての課題を与えてきやがった。
その内容は、「一ヶ月以内に図書室の本の貸し出し冊数を週80冊以上とすること」だった。
・・・え?無理じゃね?
この学校の生徒数はざっと数えて約300人。
単純計算で、全校生徒の内大体3分の1が一冊本を借りなければいけない。
そんなの余裕だと思う人もいるかも知れないが、うちの学校の図書室の人気の無さをなめてもらっては困る。
今現在の一週間の合計貸し出し冊数は僅か6冊。これを80冊にするのだから、普段の10倍以上借りてもらわないといけない。キッツ。
というわけで、俺は今、どうやって貸出冊数を増やせるかどうか、試行錯誤しているのだった。
ところで、なぜ俺がわざわざ『俺は』と自分ひとりに限定しているのかというと、琴葉が一向に俺の手伝いをしてくれる気配がなく、むしろ俺の邪魔ばかりをしてくるからだ。例えば、今こうしている間にも、
「先輩、遅いですよー。まだ思いつかないんですか?私、飽きてきちゃいました」
と言いながら、退屈そうに机に突っ伏して自分の髪をいじったりしている。
そこまでならまだ許容範囲なのだが、いかんせん体勢が不味い。普段から制服を着崩しているせいで、胸元が軽くはだけたりしている。
琴葉が俺の正面に座っているせいで、目のやり場に困るし、気が散る。
しかも、俺の視線に気づいたら、すっごい良い笑顔で「あっれぇ?何か顔赤いですけど、何かありましたか?」と煽ってきた。確信犯だろ、こいつ。俺は、はぁとため息をついて聞いてみた。
「なぁ、お前本当に俺のこと好きなのか?実はからかってるだけとか、そんなのだったら俺は今すぐ家に帰って一人で作業するぞ?そっちのほうが捗るしな」
まあ、嘘なんだけど。
琴葉が俺のことを好きなのは疑いようのない事実だし、俺に対する態度を見ているだけでもだいたい分かる。
ただ、最近少し調子に乗りすぎている気がしたから、少し灸を据えようと思っただけだ。まあ、これが罰になるとか考えている時点で、俺も大分琴葉に毒されている気がしなくもないが。
ともかく、琴葉には一度反省してもらいたい。そんな風に俺が思っていると、琴葉は
「ちょ、軽い冗談じゃないですか〜。そんな本気にしないでくださいよ〜」
と言い、目を泳がせて挙動不審になっていた。え、何これおもろ。普段あんなに攻めの姿勢なのに、ちょっと反撃されたたけでこんなに弱くなるんだな。良いこと知ったわ。
「冗談だ。それより、下らないことをする暇があったら、ちょっとは手伝って欲しいんだが。もしノルマ達成できなかったら、最悪図書委員解雇も有り得るからな。不純異性交遊で」
そう言うと琴葉は、あからさまにホッとした顔になった。・・・・・・もしかしてこいつ、俺が思ってたよりもずっと扱いやすいのか。
「ううう、分かりましたよ。これからは、邪魔はしません。あ、でも、アイデア考えたり先生に説明したりするのは先輩がやってくださいね。先輩の格好良い所見たいですし」
前言撤回。丸投げしてきやがった。いかにも自分が譲歩した風を装って結局サボるのかよ。図書委員止めさせられるかも知れないって言ってんだろがチクショウ。・・・いや、これでも大分マシになったと我慢しよう。大人の対応をするんだ、俺。
その後、校舎から下校時刻を告げる音楽が流れるまで、俺はどうしたら本を借りてもらえるか考え続けたのだった。
* * *
図書室を出て、帰宅した私は、部屋に入るなり大きくため息を吐きました。
「ふぅー、さっきは少しヒヤッとしちゃいましたよ。まさか先輩が、あんな反撃をしてくるなんて」
ほんと予想外でした。
先輩に対してはいつも上手の立ち位置でいようと思っていたのに、いざ好きな人から攻められるとパニクって言葉が出てこないなんて。
まあ、先輩にSっ気があると分っただけでも、ひとまず今日は私の勝利と言っても過言ではないですね。別に先輩に良いようにされて悔しかったわけじゃないですよ。本当に。
「・・・なんて、現実逃避してる場合ではないんですけどね」
そろそろ、自分自身の気持ちに決着を付けないといけませんね。
さっき先輩に攻められて動揺したのは、何も好きな人から拒絶されたと思ったからだけではないんですよね。
むしろ、そっちは薄々本気ではないんだろなーとも思ってましたしね。・・・5分5厘位。
ま、まあともかく。動揺の原因はもっと他にあって、それは、私自身先輩を手伝った方が良いのか、それとも先輩に任せた方が良いのか、悩んでいたからなんですよね。
正直、私は先生から出された課題が達成できようができまいがどっちでも良いんですよ。
というのも、もし先輩が図書室の人気を上げることに成功したら、必然的に人がたくさん来るわけで、となるとこれまでみたいに先輩とイチャイチャ出来なくなると思います。
そうなると、わざわざ先輩を追って図書委員になった意味が無くなってしまいます。
・・・いやまあ、先生には見つかってしまったので、今までもあながち安全というわけではなかったことになりますが。
そして、仮に失敗したとしても、さっきの先輩の言う通り、図書委員を辞めさせられてしまうかもしれないので、どっちにしてもこれまでみたいに図書館を先輩誘惑の場として利用できなくなると思うんですよね。
だから、先輩の勇姿を傍観する立場に徹するのも良いのかなとか思い始めています。
実際、先輩なら図書室の不人気くらいちゃちゃっと解決できそうなんですよね。私が先輩のことを好きになったのもそんな感じの出来事が原因ですし。
あのときの先輩、すっごく格好良かったなぁ。
今でも格好良いのは相変わらずなんですけど。むしろ、最近は可愛い所も見せてくれるようになって、ますます好きになっていってるんですけどね。
っと、少し話が脱線してしまいましたね。まあそういうわけで、個人的にはこのまま先輩が解決しているのを横から眺めるのが一番私にとっては得かなぁと結論付けました。
ということで先輩、がんばって下さいねー。
* * *
・・・・・・何か今とてつもなく不本意なことを言われた気がする。
って、今はそんなことどうでも良いんだ。
それより、早くこのアイデアをレポートに纏めないとな。もう眠くなってきたわ。
そう言いつつ顔を下げ、視線を向けた先には、乱雑に単語が書き殴られたコピー用紙の束があった。
家に帰る途中で自転車を漕いでいるときに思いつき、家についてからすぐに忘れないようにメモしたものだ。
これを軸に先生へのプレゼンをしてみようと思っている。
これなら、満点合格とは行かなくとも及第点くらいならもらえるだろうと自負できるほどの出来栄えだ。
満足げにうなずいて、俺はパソコンを起動した。
「よっし!終わったー!」
時刻は夜10時。あれから3時間程かけて、何とか終わらせる事ができた。後は、明日持っていって、説明を行うだけだ。
「ふあぁ・・・。久々に頑張ったし、今日はもう寝るか」
欠伸をかみ殺しながらそう言い、俺はいつもよりも早めにベッドに潜り込んだ。
* * *
ーーー以上です」
ふう、何とか乗り切ったな。先生が納得してくれると良いんだけど・・・。
プレゼンを終えた俺は、多目的教室から出て一息ついた。昨日はあれほど自信満々だったのに、いざ本番となると上手く声が出ないものなんだな。途中で何度か軽くグダってしまった。まあ、何にせよ一安心だ。
それで、だ・・・
「おい琴葉」
俺は、前を鼻歌を歌いながら歩く琴葉に、声をかけた。
「はい、何でしょうか、先輩?」
「何でしょうかじゃないだろ。結局お前一ミリも手伝わなかったじゃねーか。せめて発表のときくらい補助してくれたってよかったんじゃないのか?」
「え?でも先輩、問題さなそうだったじゃないですか。私が下手に口出ししたらかえってお邪魔かなーと」
こいつ、悪びれもせずによくも飄々と・・・。というか、何でこいつこんなに上機嫌なんだ?
「はぁ、全く・・・。今日の昼飯はお前のおごりな」
「うぇー!?そりゃ無いですよ!」
とか言いつつ、財布の中身を確認しだす琴葉。
・・・うぅむ、憎めない。こういうところだよな、俺が琴葉を拒絶しきれない原因は。
普段あんなにしつこく絡んでくる癖に、引き際はちゃんとしてたり、こちらをからかって優位に立とうとしても、好意を隠しきれないせいでどうしても最後詰めが甘かったり。
小悪魔な態度に見え隠れするちょっと天然な可愛さだったり。
・・・ってあれ?俺、もしかして、自分で思ってるよりも琴葉のことよく見てるんだな。
むむむ、なんだか琴葉をに段々毒されてきているようで悔しいな・・・。
* * *
先輩が黙り込んでしまいました。どうしたんでしょうか。ハッ、まさか、私に何を奢らせるか、考えているとか・・・?とんでもなく高いものを要求されたら、どうしましょう・・・。まあ、よっぽどじゃない限りは私が払ってあげましょう!なんたって、今の私はとっても気分が良いんですから!
そう心の中で呟くと、頭にさっきの先輩の発表の内容が浮かんできました。私の上機嫌の原因は、先輩が先生に話したアイデアにあるんですから。
先輩の考えたアイデアはずばり、『学校の本の試し読みができるようにする』というものでした。
私達の学校では現在、教材としてタブレットが支給されています。
これからの時代、ペーパーレスや、社会のデジタル化などによって機械に触れる機会が増えてくるので(ダジャレではないですよ?)、今のうちにできるだけ慣れておこうという考えだそうです。
あと単純に、プリントを印刷する手間とかが省けて楽なんだって担任の先生が言ってました。
それで、そのタブレットを使って、図書室に行かなくとも軽くその本のあらすじや冒頭部分がわかる、あるいはそもそもどのような本が図書室にあるのかを把握できるようにしたい、というのが先輩の案でした。
どうですか?こんなことを思いつくなんて、うちの先輩、すごくないですか?
まあ、私が嬉しかったのはその後なんですがね。
先輩から一通りの説明を受けた先生は、しばらく考えて、今すぐに実施することは難しいけど、案自体は中々悪くないから、今回の件はひとまず許してあげることにする、と言ってくれました。
校長先生に聞いたりして実際に行うことが可能かどうかなどを相談するそうです。
これが何を意味するのか分かりますか?現状維持のまままた先輩と図書委員を続けられるということなんですよ!これでまた心置きなく先輩とイチャイチャできると考えると、それだけで表情筋がゆるゆるになっちゃいます。
何々?まだ懲りないのかって?今度はバレないようにするので、問題無しです!
「ってことで先輩、また耳かきしてあげますから、楽しみにしていて下さいね!」
「いや、流石に自重しろ?」
何か、琴葉の過去とか後日談とか書くかも知れないです。気が向いたら。