エロマゲドン
とある夏の日の昼下がり。
小さな子どもを含む大勢の市民が教会に集まり、若く清純なシスターのありがたい教えに耳を傾けていた。
「……ということで、神はこの星の中央に美しい森と泉を作られました。しかし、この星の美しさに惹かれ、我が物にしようと狙う邪神が現れたのです。そこで神は、この星にある物を授けてくださいました。さあ、何だか分かる方はいますか?」
シスターの話に夢中になっていた少年少女たちが、「ハイハイハイ!」と叫びながら一斉に手を挙げる。
「じゃあ、皆さん一緒に答えましょう……せーの!」
『ヒモパンですっ!』
笑顔で答える市民達は、全員ヒモパンを履いている。
今日のような暑い日には、スカートやズボンなど、聖なるヒモパンを隠すような衣類は身に着けないのがこの星の流儀だ。
「そう、ヒモパンですね!」
唯一服を着ていたシスターが、床まで届くほど長いスカートをガバッと捲った。
中から現れたのは、もちろんヒモパンだ。
輝く金糸で織られた黄金色の生地、森を覆うレースの絶妙な透け具合、ヒモへと向かう切れ込みの角度……。
一般には決して出回らない美麗なるそのヒモパンに、市民たちは静かに頭を垂れるのだった。
* * *
ここは、いつからか“ヒモパン星”と呼ばれるようになった、小さな星。
この星を外敵から守るように覆う三角形の青いドーム……それが“ヒモパン”だ。
過去、ドームの形状を分析することに命をかけた科学者たちがいた。
数百年もの歳月をかけ、ついに科学者たちはドームの縮尺模型を作り上げた。
当時の国王が、そのミニチュアを手にしたとき、感激のあまり自らの最も大事な部分を覆ったことがきっかけとなり、ヒモパン装着は神への信仰の象徴として全国民へと広まった。
長い間、人々はヒモパンに護られ、穏やかな暮らしを送ってきた。
ヒモパン星の美しさを耳にし、いてもたってもいられなくなった野蛮な侵略者は後を絶たなかったが、全て鉄壁のヒモパンガードに跳ね返された。
人々は、平和な暮らしに慣れ切っていた。
だから、今までとは違う狡猾な敵が近づいてきたことに気づくのが遅れた。
『緊急速報です! 侵略者の飛行艇は森の上空を通過し、そのまま“世界の端”へと移動していきました。攻撃を諦めたかと思われましたが、どうやら敵は“ヒモ”を狙ったようです!』
狡猾な侵略者は、ヒモパンがヒモパンたる要……その結び目に攻撃を仕掛けたのだ。
ヒモパンのヒモが解ければどうなるかなど、小さな子どもでも知っている。
人類滅亡へのカウントダウンが始まった。
人々は生活の全てを放り出し、持てる限りのヒモパンを握り締めて教会へと集うようになった。
泣きじゃくる子どもたちを抱きしめながら、シスターは「神に祈りましょう」とささやくことしかできない。
絶望の中で、国営放送は侵略者の行動を淡々と中継し続けた。
飛行艇から伸びた二本のアームがヒモパンのヒモをがっしりと挟み、そのエンジンが火を噴く。
ヒモパン星の防衛軍が応戦するものの、広大な宇宙の果てからやってきたその飛行艇には歯が立たない。
少しずつ緩んでいく結び目を見ながら、誰も何もできなかった。
『耐えがたきを耐え……』
国王による敗北宣言とも思える放送が始まったとき。
シスターは、黄金のヒモパンで涙をぬぐうと、テレビのスイッチを消した。
「このまま終焉を待つくらいなら、最後まで抵抗しましょう……諦めたら、そこで試合終了ですよ!」
シスターの言葉がこの星の隅々に伝わるまで、そう時間はかからなかった。
人類は、ヒモパンを手に立ち上がった。
* * *
――ヒモパン星、最後の日。
飛行艇のアームに必死の摩擦抵抗を続けていたヒモは……ついに解けた。
ふわりと浮かび上がり、宇宙にただよう聖三角形。
神秘のベールにつつまれた、美しい森と泉を一目見ようと、侵略者たちは飛行艇の窓から身を乗り出し、生唾を飲み込む。
そこに見えたのは……。
「いいですね! 皆さん、絶対に手を離さないで!」
「おおっ!」
ヒモパン星の住民たちが、残された僅かな時間で行ったこと。
森の木を全て切り倒し、その跡地から泉の水の湧き上がる地面の裂け目にかけて……全員が手を繋ぎ、体をめいっぱい広げるようにうつぶせになり、自らの体で覆いつくした。
『ミ、見エナイ……』
長時間ヒモと戦い続けた飛行艇の燃料は、尽きかけていた。
侵略者は、去った。
奇跡を導いたシスターの名は、モザイク。
彼女の名は、ヒモパン星の歴史に永遠に刻まれたのだった。
※作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみスクロールを……。
「なんで〜こんなに〜くだらないのかよ〜♪ エロと〜言う名の〜宝物〜♪」
……この作品は、長編(キラキラ王道恋愛ファンタジー)に煮詰まったときに、主人公にうっかりはかせたヒモパンから発案。「あー、ヒモパンって、正統派SFには絶対出てこないアイテムだよなー」と呟いたとき、なぜか自分のハートに火がついたのです。
『出ないなら、出させてやろう、ホトトギス!』
そこから小一時間で書いてみましたが、このアホっぷりが周りに好評だったので、勇気を出して後悔……公開してみました。繰り返しますが、本来はピュアでトゥルーなラブファンタジーを書く人です。こんなことばかり考えている人ではないのです……たぶん。
※余談ですが、タイトルがなかなか思いつかず、最初のタイトルは『誰も見てはならぬ』(トゥーランドットより拝借)でした。なんかホラーっぽくて、これはこれで別作品も書けそうな?
※2009.9 改稿して某企画に投稿することにしました。一旦削除しようかとも思ったのですが、一部の方にご好評&投稿用はオチ変えたので、こちらは細々と残します……。