狼少年が少女の為についた嘘。
【ペセマ病】視覚や触感など、外部より認識した情報を、実際の言葉や文字、表情等の表現として現す事が出来なくなる病気。その為、この病に罹った患者は、周囲からウソつき呼ばわりされることになる。多くは思春期に発症して大人になる頃には自然と治る場合が多い。別名、ウソつき病。
その少女は酷く傷付いておりました。
とても酷い嘘をついた為、母親に叩かれ、父親から殴られ、家を追い出されたのです。
「君、大丈夫かい?」
少女を見て心配した通りすがりの人達が、声をかけます。
「大丈夫。全然痛くないです。嬉しいです」
少女はとても悲しそうな顔で笑いました。少女がそんな事を言うので、周囲の大人達は気味悪く思い、少女に近寄りませんでした。
「狼が来たぞー!!」
遠くで誰かが叫ぶ声がしました。
狼が来たと聞いた大人達は、次々に武器を持って現れ、狼を探しました。
しかし、いくら探しても狼は見当たらず、大人達は諦めて帰ってしまいました。
少女は狼が怖く、ひっそりとタルの影に隠れていると、少年が近付いてきました。タルに腰掛け、狼を探し回る大人達を指差して笑っています。
「どうして泣いているの?」
少女がタルの影から顔を出し、少年に声を掛けました。
少年は、少女の酷い痣を見て驚きましたが、直ぐに笑い顔に戻りました。
「とっても気持ち良さそうだね」
「ええ、とっても痛いわ……あ──!」
今度は少女が驚きました。本当の事を言いたくても、あべこべになってしまう少女の口が、この時はすんなりと真実を言えたのです。
「オイラ知ってるよ。それ、ウソつき病って奴だろ? 本当の事が言えないってのは、とてもとても悲しいって奴だね……」
「……?」
少女が首を二度傾げました。少年はタルから降りて、少女の方を向きました。
「オイラの兄貴もウソつき病だったんだ。今みたいに、狼が来たって言い続けて、やがて誰も信じてくれなくなって、最後は狼に食べられたんだ……オイラはこの病気を知ってもらうため、そして同じ病に苦しむ人を助けるために、ウソをついてるんだ」
「ウソ……?」
「ああ、ウソだとも」
少年はまた笑いました。そしてポケットからクッキーを取り出し、少女に手渡しました。
「目には目を、歯には歯を、そして嘘には嘘を。兄貴は最後まで本当の事を言おうとして抗ったけど、この病はそんなんじゃダメだ」
「本当の事を……?」
「そうだ。あえて違うウソを言うんだ。結果が同じであれば嘘も方便さ……きっとね」
少年は少女に手を振り、笑いながら歩き始めました。そして狼が来たと叫びながら、何処かへと去ってしまいました。
少女はクッキーを食べながら、森へとやって来ました。優しい森に囲まれ、少女の心は少しだけ穏やかになりました。
暫く木の上で昼寝をし、これからどうしようか考えていると、遠くに狼が見えました。狼は村の方へと向かっています。
少女は慌てて木から降りて村へと走りました。
そして村へと着くと、叫ぶ為に大きく口を開きました。
「──!?」
しかし、突然少女の喉が締め付けられるように固まり、何も言えなくなってしまいました。
少女は少年と違って、『狼』すらも言えないのです。少女はとても慌てました。早く狼が来たことを告げないと、村は大変なことになってしまいます。
と、その時、少年がやって来て大きな口を開けました。
「下着泥棒が逃げたぞー!!」
少年がとても大きな声で叫ぶと、大人達が武器を持って次々と現れました。
そして下着泥棒を探していると、森から狼が現れました。
大人達は驚きましたが、武器を持っていたため、直ぐに狼を追い払う事が出来ました。
「嘘ってのは、こうやるんだよ」
少年は鼻高々に、少女に向かって微笑みました。
すると、少女も飛び切りの笑顔で少年に向かって笑いました。
「なんでぇ、もう治ったのかい?」
「──え? あ、あれ? 私笑ってる……笑えてるわ!」
少女は涙を流して喜びました。
そして少年の手を握りブンブンと振りました。
「ありがとう。なんとお礼を言っていいか」
「んー……言葉は要らないよ」
少女は少年の手をグッと引きました。少年は少女の方へとよろけました。
そして頬に一つ、飛び切りの優しいキスをあげました。
手を振り笑顔で家に帰る少女を見送った少年は、少しだけ澄んだ気持ちになりましたが、亡くなった兄を想うとやはり心が少しだけ痛みました。