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砂塵の狼  作者: れのん
第3話 邪教の砦
5/21

【1】

 地平線から昇りつつある太陽の光は、砂漠にまだらの影を作っている。

 砂漠の朝は、陽が真上に来る昼間よりもまだ過ごしやすい。近くにはオアシスがあるためか、非常に涼しげな風を感じる。

 オアシスとは言っても小さな水たまりのような池にすぎない、名もなきオアシスであり、飲み水を求めるには小さすぎた。しかしそばには木が成っており、休憩のために腰掛けるにはちょうど良い場所だった。

 レイエンはそこで一度休憩を取りながら、獲物をしとめる方法を考えあぐねていた。

 大岩の中から顔を覗かせては引っ込んで姿をくらます、砂漠ウサギの捕獲に、先程からひどく悩まされている。

 奴らは体こそ小さいものの、注意深く、すばしっこく、おまけに性格も悪い。捕らえようとすればすかさず岩の中に逃げ込み、そのまま引きこもったと思えば、こちらが油断をしている隙に岩から出て来て、追い掛ければすぐに岩に逃げ込む。まるで弄ばれている気分になるのだ。

 レイエンは休んでいる場所から少し離れた岩場で、いまだに数匹の砂漠ウサギに翻弄されているディジャンのようすを眺めていた。何も考えずに突っ走っている彼のすがたは、本当に年上なのかと疑うほどの幼稚さを感じるが、この状況であれば確かに焦る気持ちはよくわかる。

 我々一行はいまだ朝飯にありつけていない状態であった。キャラバンは彼らの狩りを待っているために、止まっている状態だ。

 確かに保存食はたっぷりとあるが、毎日保存食に頼ってばかりでは後々食料不足の危険が伴う。その場で採れる食材であれば、その場で採っておきたいところである。

 ディジャンがこちらを呼ぶ声が、向こうから聞こえてきた。

 いくら追い回しても捕らえることができず、「もうお手上げだ」と言いたげな顔でこちらへ近寄ってくる。

「わり、一匹逃しちまった……残りは全然出てきやしねー。もうちょいで捕まえられそうなんだけどよ」

「お前、料理は上手いのに狩りは下手なんだな……」

「う、うるせえな! お前も捕まえられなかったじゃねーか! ったくよ……そろそろキャラバン動かしてえのに。何か、誘き寄せるものでもあったらなー」

 ディジャンはため息混じりに言った。

 誘き寄せる作戦については、レイエンにはひとつ考えがあった。

「ただの水溜まりだが、一応ここは水と木と草がある。逃げてもそんなに遠くへ行ってはいないはずだ」

 レイエンは気だるそうに立ち上がると、薙刀を木に向かって構え、峰で思い切り打ち付けた。

 すると上から数個の果実がぼとぼとと降ってくる。

「これがあれば、何匹か釣れるんじゃないか? 本当は俺たちが頂きたいところだが……」

 するとディジャンの表情がぱっと明るくなった。

「おー! そうだな! これなら行ける気がする」

 レイエンとディジャンは再度、岩場へと向かい、砂漠ウサギが出てくるだろう穴の側に、先ほど採れた果実を置いた。二人は身を潜めて、岩穴からウサギが出てくるのを待ち望んだ。

 しばらくすると、岩の中から何か気配が動くのを感じた。

 だが、レイエンはその気配に違和感を抱いた。なぜか、先程追い回していた砂漠ウサギではない、別の気配を感じるのだ。

 ディジャンはあまり気付いていないようすだったが、レイエンには、その気配を察すれば察するほど、ウサギとはまったく違う、未知で不気味な気配に感じた。

――ウサギよりも大きなものが、この岩の中にいる。

 レイエンはこの岩にいるのがウサギではないことを確信すると、いきなり立ち上がり、岩の穴に静かに駆け寄った。

「おっ!?」

 ディジャンが驚きの声をあげる。

 すると突然、岩の穴から出て来た赤黒く、細い、毛むくじゃらの人間の手が、穴のそばにある果実へと伸びる。

 レイエンは出てきたのがウサギではなかったことに気を留める暇もなく、すぐに岩から出てきた手を素早く掴み、岩穴から引っ張り出した。

「ぎゃ、ぎゃああああああ、助けて……助けてくれ!」

 岩穴から出てきた細身でみすぼらしい盗賊姿の男は、叫びながらじたばたと暴れ出す。

「お前、こんなところで何をしている」

 レイエンはその男を取り押さえながら、低い声で言った。しかし、男は暴れるばかりで質問に答えようとはしない。

 ディジャンは呆れながらこちらに駆け寄ってきた。

「何できたねえおっさんが釣れるんだよ……」

「知らねえよ。こんな奴さっきいたか?」

「いや、いなかったと思うが……」

 するとディジャンは、男が小脇に抱えている持ち物に気が付く。

「おい、この煙草の箱、うちの商品じゃねえか! さては盗んだな!? いつの間に!!」

 ディジャンがそう怒鳴ると、暴れていた男は我に返ったように急に大人しくなり、レイエンを思い切り振りほどいて、土下座した。

「うわわわわ、悪かった!! 月華義団のキャラバンだとは思わなくて……! 返す! 返すから! な!? 命だけは勘弁してくれ!!」

 男はひたすら、地面に額を擦り付け、必死な謝罪の意を述べる。レイエンもディジャンも、その必死さのあまり、すぐに引っ捕らえようとする気がなくなっていた。

「どうするんだよ、こいつ」

 レイエンは呆れながらディジャンに問いかけた。

「んー、兄者に何も言わないで逃したら俺が怒られるからな……とりあえず、縛るか」

「ひっひえええっ……!! 命だけは見逃してくれ! 全部返しますから! もうしませんから!!  あっ、さっき岩の中で捕まえたウサギもあげますから!!」

「お前が捕まえたから出てこなかったのかよ、クソ!!」


 ディジャンがその男を縛り上げている途中、盗賊の男はレイエンを見ながら言った。

「む……お前、見覚えがあると思ったら、『レイエン』みてえな姿をしてるな?」

 レイエンは、咄嗟に男の胸ぐらを掴んで、声を荒げた。

「お前、俺のことを知っているのか!?」

 盗賊の男は萎縮してばかりで、なかなか答えようとはしない。

「お、おい。縛ってる途中だからいきなり掴みかかんなよ……」

 ディジャンはそう文句を言ったが、レイエンは言葉を続ける。

「気が付いたら砂漠にいたんだ。おそらく俺は、記憶が欠けている。……教えろ、俺は今まで何をしていた? どこから来た人間なんだ!」

「あぁ、そういうことか……」

 胸倉をつかまれながらも、男は怪しい笑みをこぼしながら、独り言のように言った。

「お前みたいな奴が月華義団なんてギルドにいるはずがないと思ったが、記憶でも失ってなければ、そんなこと有り得ないよな……」

 そしてまたレイエンに向かって、はっきりと言った。

「悪いが俺が知っているのは、お前の名前と容姿の噂ぐらいだ。どこの盗賊団なのかは知らねえが……やばい盗賊団が絡んでいるってことは知っている」

 とてつもなく、重要なことを話しているような気がしたが、レイエンにはまったく納得のできる返答ではなかった。

 知りたいという気持ちが先走り、胸ぐらを掴む手が強くなる。

「俺のことを見たことがあるのだろう? どこで見た?」

 尋ねても、男は首を横に振る。

「いや、だからただ噂でしか聞いたことがねえんだよ。でかい薙刀を持って、紺色の襟巻きをした濡羽色の髪の男……まさにお前のような奴だと思ったのだが、まさか本人に会っちまうとはな」

 男の話を聞けば聞くほど、記憶を思い出せそうで思い出せないもどかしい気分になる。

 レイエンは最後まで納得ができなかったが、だんだんと男の胸ぐらを掴んでいる手を緩めていった。

「まぁ、何が起こったのかわからんが……お前このギルドに来れて正解だったんじゃないか? あまり知らない方が身のためだな。怖いことは知らない方がいい、俺も知りたくない」

 縄で縛られた盗賊の男はそれだけ言い残して、大人しくキャラバンへと連れていかれた。

 こんなにも広い砂漠で、自分の名を知る者に出会えた。けれど、それで自分の正体がわかることはない。それが耐えがたいほどもどかしかった。

 レイエンは俯きながら、しばらくの間そのまま放心した。

 男を引き連れてキャンプへと戻ると、別の場所で狩りをしていたルーフンが、焚き火の元で肉を焼いていた。

 彼の獲物の数は、協力してしとめようと奮闘していた二人よりもずっとある。

「よくそんなに採れるな……」

 ディジャンは感嘆と呆れを混じらせつつ、独り言のようにつぶやいた。

「お前らが下手なだけだろ」

 しかし、ルーフンは連れてきた男を一度見て、上機嫌そうに再度口を開いた。

「まぁ手ぶらじゃねえだけマシだな。そのおっさん、俺に寄越せよ。お前らはウサギでも食ってな」

 ルーフンは立ち上がると、連れてきた男の喉元にナイフを振りかざした。

 レイエンもディジャンもそれを急いで引き止める。

「まてまて! まずは兄者に相談してから! な! こいつうちの商品こっそり盗んでたんだよ」

 ディジャンが早口で説得すると、ルーフンはしばらく止まっていたが、大人しくナイフを下ろした。

「どうせ最後は同じ目に合う」

 ルーフンはやや不服そうに言い残し、車の中にいるフェイロンを呼んできてくれた。

 フェイロンが日傘をさして車から出てくるやいなや、盗賊の男は懸命な命乞いをし始める。

「こ、この通りだ。命だけは見逃してくれ。代わりにさっき見つけたウサギをお前らにやる、ただ命だけは……」

 男はこの期に及んでも、まだ必死の説得を続けた。

 だが、フェイロンは男を見下しながら、冷たい声で言い放った。

「その箱が野うさぎ数匹で精算できるとお思いで? あなたの命よりも高価なものなのですよ。こんなにも汚されては、売り物になりませんね」

 男の顔がどんどん青ざめていく。

 ルーフンは、フェイロンの目配せを合図に、男を地面へ押さえつける。

「私の商品を盗むとは良い度胸をしております、そこは褒めてさしあげましょう。ただし、こうして捕まったからには何をされても文句は言えませんねえ」

 男は恐怖で悲鳴をあげる。

 肉も調度よく焼けた頃合いなので、ウサギ肉をかじりながら、レイエンはその場面を見ていた。

 やはり、こちらが商人ともなれば、盗賊の犯したことはとても許しがたいことではあるのだろうが、レイエンにとっては少し惜しい気持ちがした。

 できることならば、もっと自分のことについて知っていることを聞き出したかった。確かにもう知っていることは殆ど無いような様子だったが、もっと聞き出そうとすれば何か話してくれるような気もした。

 それでも、これ以上聞き出すことはできないだろうと自分自身に言い聞かせるばかりで、彼らを止めようとは思わなかった。


 しかし、次にフェイロンは先程よりも、穏やかな口調で言った。

「でも、せっかくですし、猶予を与えてあげましょうか」

 男はその言葉にピクリと反応する。

 フェイロンは扇子で男の顎をあげて、やや低い声で言った。

「あなた、ただの盗賊ではありませんね。巣はどちらですか?」

 すると盗賊の男は強張った声色で答える。

「は……? そんなものはない。俺は、個人の盗賊だ」

「嘘はいけませんよ。どうしてこんな場所に、"ただ"の人間がいられるのです?」

 フェイロンの言葉に、男はだんだん顔を苦くさせる。

 レイエンは一瞬、どうしてそんなことをやたら問いかけているのか疑問に思ったが、ちょうど先日フェイロンが夜に言ってきたことを思い出した。

 ここは死の世界なのだ。

 この空間にいるだけでも狂って死ぬという恐怖の砂漠。

 キャラバンにフェイロンという呪術師がいるからこそ、我々"ただ"の人間は彼の結界に守られながらこの地で旅を続けられるが、個人の盗賊が一体どうしてこんな場所にいられるのだろうか。まさか呪術師なのだろうか。

「楼蘭には邪教を崇める異質な盗賊団が住み着いているようですね? 私たちはそこへ行きたいんです。案内してくださるのなら、見逃して差し上げましょう」

 男は顔を上げた。

 半信半疑の表情だったが、その瞳には希望の色が淡く見えた。しかし、すぐに俯き、何かを考え始める。

「……お、俺は……」

 やや青ざめた表情になって、苦しそうに呟いた。

「あそこから逃げてきたんだ……何日もかけて逃げてきたのに、また引き返せだと……」

「戻りたくないのなら、戻らなくてよろしいですよ」

 フェイロンが言った途端、ルーフンは腰にある青龍刀を抜き、男の首もとにかける。

「わかった!! 連れていくから! 殺さないでくれ!」

 焦った男は叫んで承諾をし、後は恐怖で怯えて、頭を抱えながらうずくまった。

 フェイロンはその情けない男の姿を見下しながら、また車へと戻っていく。

 ルーフンは、震えながらうずくまっている男を引き摺り、空いている車へ投げ入れて閉じ込めた。

 男は暴れたりすることはなかったが、あまり清潔とは言えない窮屈な車の中に閉じ込められた彼は、その姿を見なくても、哀れに思えた。


 早朝から一騒動があったが、何とか朝食と出発の準備は終わった。

 他のキャラバンも、出発の準備が整うと、一行は再び西へ歩きだした。

 敦煌から数日歩いても、まだまだ砂漠の世界は果てしなく広がっている。この一帯は人がほとんど立ち寄らないから、西を示す道はない。地図と指南魚を眺めながら歩き続けなければならなかった。指南魚は中に磁石が入っている構造であり、水に浮かべると口先と尾が南北を示してくれる。旅には欠かせない道具であった。

 だんだん歩いていると、岩がゴロゴロと散らばっている場所になってくる。今まであった岩とは違い、人工で削られたような角張った岩が多い。

 それらの並びを見るからに、明らかに建造物の跡地だった。原型をとどめていないものの、建物の下地や、岩の囲いを見ると、そこが何らかの建造物が集合している地帯であったことがよくわかる。

 そこはすでに、楼蘭王国の跡地の端の端にたどり着いていた。

 もっと先に進めば、大きな遺跡になっていくのだろうが、ここら一帯は貧しい人々の暮らす場所であったのだろう。建物の背は低いし、屋根として扱われた葦の藁が散らばっているし、壁は薄く、それ以外の文化的なものは何一つ見当たらない。このようなさびれた地域で、かつて人が住んでいたとは思い難いが、そもそもこの地域はもっと豊かな土地であったといわれている。木や草は豊富で、水も湧き出し、たくさんの人々が多様な文化の中で暮らしていた。しかしやがて別の民族から侵入を受けるようになると、徐々に国力を失っていった。奪略と殺戮が繰り返され、国土が荒れていく。交易の盛んだった豊かな国は、数十年のうちに跡形もなく崩れ去るのであった。

 しかしこの場所もいつ頃からか、死の世界と化している。ただ荒れ果てているだけではない、数多の妖怪が蔓延り、邪気に溢れ、無防備な人の出入りを許すことはない、燦々たる魔の荒野なのだ。

 この地の一帯がどういう状況なのか、知れ渡っていない理由は、桜蘭に近寄れる者が極僅かに限られているからである。言葉の通り、凡人には一度立ち寄れば引き返すことのできない砂漠らしい。

 レイエンは本当に生きて出られるのか、半信半疑だった。

 ただでさえ広いというのに、道の存在しない砂漠の中を、ただ西へ向かって歩み続ける。迷って行き倒れないのか、妖怪の群れにあって殺されるのではないかといった不安は多少あったが、それが主な理由ではなかった。

 歩み続ければ歩み続けるほど、心臓が痛くなる。

 初めて心臓の激しい痛みを感じたあの夜以来、それはほぼ毎晩続いている。心臓の痛みだけではなく、悪寒や吐き気、誰かに見られている感覚にも襲われるようになった。

 記憶がないから、前からこんな痛みがあることは定かではないが、この状況は完全に異常であるとわかっていた。しかし、誰に言うこともできないまま、レイエンは一行に着いていった。


 敦煌を出て十日ほどが経った日の夕刻、縄で縛られながら歩かされている盗賊の男はようやく盗賊団の砦に近付いていることを断言した。

 確かに西の方を見ると、粗末で大きな岩城があり、そこは松明の光が淡く輝いている。

 そこへ近づけば近づくほどに、ラクダやロバの落ち着きが悪くなり、リンシンは彼らを何とかなだめていた。普段おとなしい彼らにしては、異様に歩みがぎこちなかった。暴れるようなことはなかったが、怯えているような様子である。

 それほど、かの砦の不穏さは気のせいなどではないものなのだろう。それと同じぐらいのタイミングで、レイエンはまたもや心臓の痛みを感じだした。

 この調子で砦に向かいたくはなかったが、案の定、フェイロンはこのまま砦に向かうことを決断した。

「ただし、人員を限定します。レイエンさんとディジャンと私は砦の浄化へ。残りは野営の準備をお願いします」

 するとディジャンは不服そうな顔をした。

「は~? 俺かよ! ルーフンに行かせりゃいいじゃんか」

「あなたが野営の守備をするのは、些か不安です」

 フェイロンは訝しげに言うと、ディジャンは口を尖らせたが、何も反論はできないようなようすだった。

 フェイロンが不在の分、野営地の浄化は焚き火に厄除けの札を燃やし続けるという簡素なものになった。

 陽もさほど落ちているわけではなかったが、準備が整うと、一行は野営地にいる者を置いて、砦へと歩き始めた。もちろん目前にある盗賊団から逃げてきたという盗賊の男も、フェイロンが鎖で引きながら同行させている。盗賊の男は、いつもよりもずっと張り詰めた様子だった。

「こんなの正気じゃないぞ……本当に行くのか?」

 男は苦虫を噛みつぶしたような顔をさせ、震えた声で問いかけた。

「まぁ、仕事ですからね。報酬が前払いでしたので、今逃げれば信用に傷がつきますもの」

 フェイロンはため息をつきながら、軽い口調で答える。

 それに対し、男は呆気に取られた様子のまま、語気を強くして言った。

「仕事だと? こんな場所に仕事に来させる依頼主は正気なのか! お前らにはわからないのか!?」

 するとフェイロンは、落ち着いた声で言った。

「もはやここらは、普段何も感じない人でも感じる領域ですよ。……私が着いてきて正解でした」

 その時、レイエンは確信したように思えた。

 この心臓の強い痛みは、まさしくフェイロンの言う「邪気」というものであると。

 邪教を信仰し、怪しげな儀式を行い、邪気を放ち続ける盗賊団が住み着いていると言われるその砦へ近づく度に、心臓の痛みが強まってくる。

 ディジャンはいつものようにけろっとした余裕の雰囲気だった。何か嫌なものを感じているような様子でもない。

 個人差があるのだろうか?

 レイエンはあまりの体の重さに、皆の行く足に追い付けていない状態だった。

 立ち止まることはなかったが、今にも座り込みたいほどの気分の悪さに、脂汗を垂らしながら足を引きずる。

 歩みを遅くしていると、フェイロンが側に寄り、小さな純黒の数珠を差し出してきた。

「つらいですか?」

 そしてまたもや見透かした目を向けてくる。

 体の重さで余裕のないレイエンは、その眼差しを見て、思わず不快さを感じた。

「……そんなもの必要ない」

「気休めにはなりますよ」

 フェイロンは数珠を差し出しているのをやめなかった。

 そんなやり取りで立ち止まっていると、先を行くディジャンがこちらのようすを伺っている。

 レイエンはそのまま無視をして歩き出そうと思ったが、なぜかいたたまれず、その数珠を渋々受け取っておくことにした。

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