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04 異形対異能

 火花が散った。

私が目を見開くと、青白い霧、伸びきった大樹の他に、黒い刃が、払った右腕の鱗を掠めて通り過ぎるという光景が見える。

 一見、黒い影のようなもの。だが触れた瞬間衝撃はあった.

直後世界が本来の速度を取り戻し、私の真横に刃が突き刺さる音。砂を巻き上げ、貫いた音が周囲へと響き渡った。

(―――可能性としては、あり得ないと断じる事はできませんが…!)

 視線は上空へ。

 宙を舞いながら降下してくる人物が見える。黒い女学生服に赤いマフラー、黒いヘルメット姿の、恐らくは人間と思われる人物。その背からは数本の黒い影が触手のように伸びていて、落下速度を軽減する為か、地面を突き刺して着地速度を落としていく。

 私はすぐさま身構え、臨戦態勢へと移行する。最も、『あんな力』にどう対処すればいいのか、見当もつかないのだが。

「やっぱりお前、変異体だな…!」

 分かり易い程の敵意と共に、右腕を前に突き出す人物。声や服装からして女性である事は間違いないようだが、声はヘルメット越し故、くぐもって聞こえている。人物像までは把握できない。

「グァ…!」

(私はあなた達と戦うつもりなんて…!)

 言葉は鳴き声へと変わる。どれだけ人の声を出そうとしても、私の声は怪物の其れになる。

「威嚇してるつもりか。魔獣の癖に」

 結果、吐き捨てられて彼女の敵意は強まるばかり。

逃げようにも、周囲を見渡したところで広い空間だ、障害物も殆ど無い。この場から離脱するには、どう動いたとしても彼女の放つ黒い爪を避けて進まねばならない。正体不明の力を前にそんな無謀な賭けに出る度胸は、私にはない。

(不味いです。最初に戦った狼みたいなヤツ程破壊力は無いみたいですけれど)

 じり、と右足を僅かに後ろに下げ、出来るだけ体を小さく収める。予想外の攻撃を受けてダメージを減らす事、攻撃対象を絞る事で出来るだけ攻撃の特性を読む事を目的にしている。可能であればさっさと両手を挙げて降参したいのだが、言葉が通じない相手にそんな仕草がどれだけ伝わるというのか。

「普通の魔獣なら、問答無用で仕掛けてくる。けれど、お前はそれをしない」

 すると彼女は、突き出していた腕を頭上へと振り上げた。

 もしかして、違和感に気付いてくれたのか―――

「―――だから、こうだ!」

 血飛沫が彼女の腕から弾けるように飛び散った。黒く鋭い爪が無数に飛び出し、その切っ先は全て外側に向けて横に広がって、気付いた。


 この状況でそんな都合の良い話があるわけがない。


 振り下ろされる五本の爪。後退は間に合わない、横に飛び退いても体の一部は斬られる正面から突進したって同じ事これは圧殺だ、防げるはずが、


「グァァァァ―――ッ!!」

 叫び、両腕を後方へと振りかぶり、地面を踏みしめて一点を狙い、打ち放つ。

 握り拳を作った二本の腕は鋭い爪目掛けて衝突し、鱗が一部砕け散りながらも火花を散らす。


 三本、受け止めた。残りの二本が左右へと振り下ろされて地面へと食い込み、それ以上の動きはない。

「なっ、止めた!?」

 彼女はどうやら気付いていないようだ。

切れ味は確かにあるようだが、勢いが弱い。空中から同じ技を放たれていたら話は違って居ただろうが、この魔獣とやらの体ならば耐えられる。重量もない、ならば。



 一撃で仕留めたつもりだった。けれど、アタシの攻撃は、魔獣の腕に受け止められた。

 普段戦っている相手が、愚直に突進してくるか、物陰から不意打ちをしてくる程度の知性しかないから。そんな言い訳が脳裏に過ぎり首を左右に振る。

(こんな時まで言い訳に縋るな、馬鹿黑江!すぐに追撃を、)

 思考の乱れは、魔獣にさらなる行動を許す隙となっていた。

 次の瞬間アタシの振り下ろした三本は、魔獣の叫び声と共に払い飛ばされ、獰猛な瞳がアタシを捉えた。

不味い、そう判断して咄嗟に能力の解除を想像イメージし、黒い血液が霧散して一時的に魔獣とアタシの間には障害物が何も無くなった。


 そこを、魔獣は見逃していなかった。

「グァ―――ッ」

 地面を力強く踏みしめて突撃。あんな巨体で体当たりをされたらアタシの体なんて一溜まりも無い。

 だからもう片方、左腕を突き出して即座に行動を起こす。

「――いけえっ!」



 突撃する為に踏み込んだ直後、血が流れている右腕を振り下ろしながら左腕を突き出してきた。

 何をしようかなんて考えなくてもわかる、距離を詰めているからこそ避けるのは難しい。

だが、黒い少女の左腕からは血飛沫が一点より噴き出し、先程よりも早く、鋭く一直線に黒爪が放たれ、

「グァッ!」

(く―――!)

 突撃を急停止して身を屈めて左腕にて払いのける。再び火花が散り、鱗が大きく抉り取られ、手の甲に熱を感じる。恐らくは鱗の裏にある肉まで切っ先が到達したのだろう。

「こん、のォっ!!」

 再び、二つ血飛沫。苦痛に呻いているような音が声色へと混ざって聞こえてくるが、構って等いられない。

 当人は私を討つべく、黒爪を二本、私の胴体目掛けて放ってきているのだから。


 左腕と爪を軸に側面へと跳び避けると、黒爪は真っ直ぐに地面を貫いた。

銃弾のように軌道が見えないわけではない、このまま避け続ける事が出来れば。


(――――、真っ直ぐ?)

 違和感。

 そういえば、先程から彼女の放っている爪は全て、一方向にしか向かっていかない。

当初着地の為に爪を折り曲げたりしていたが、そのような軌道の修正が、行われていない。

(まさか、攻撃の為の黒爪は軌道を修正できない…?)

 だとすれば。

「くっ、もう一度!」

 再び爪が消失するのを見た。今度は血が流れている右腕を突き出し、左腕を庇うように下げた。


 もし、想像通りなのだとすれば、彼女を『倒す』だけなら容易い。黒爪は弾丸程の速度は保有していない。

ならば避ける事は不可能ではない。然し背を向けて逃れる事が出来ないのだとすれば。


 再び彼女の右腕から血液が噴き出し、黒爪が現れるが動きが徐々に遅くなっているのが判る。

 あの『異能』は無制限に使えるわけでもないらしい。そして使い手も、その限界をあまり理解していない。

ならば、私がここで選択すべき行動は―――無力化だ。



 激痛が左腕に続き、右腕にも走る。

こうも能力を連続して扱う事になったのは初めてだ。どこまで体が保つのか、自身でも判らない。

(負けられない。もしかしたらこいつがアタシの師匠を奪ったヤツかもしれないんだから、だからぁ…!)

 動け、と自身に鞭打つ如く、意識を集中する。

ただその一点を貫く事を意識して、黒爪を一本ずつ、顕現しては魔獣に、緑蜥蜴の胴体目掛けて放っていく。


 だけれど。

(―――当たら、ない!?)

 一本目は身を捻って躱された。

 二本目は足下を狙ったが容易く飛び越えられ、爪が踏み台にされ一気に距離を詰められた。

 慌てて三本四本と放つが蜥蜴は直ぐさま地上へと飛び降りた。


 同時に顕現出来るのは左腕と右腕で五本ずつ。あと一本で着実に仕留めなければならない。

だが、地に降り立った緑蜥蜴は、よりにもよって。


(――――なんで、その、構え)

 大きく右腕を振りかぶり、姿勢を落とした、とある人物に良くにた構え。

アタシは目を見開いてその構えを見据えて、体の奥底で何かが、熱に悶え、悲鳴を挙げた。

「なんでお前が、その構えを――――!!」

 叫び、放った。

既に限界に近い程の血液を消耗していながら、一撃に力を込めた一層巨大な黒爪を顕現して、高速で緑蜥蜴を圧殺せしめんと放つ。

 ――――けれど。



「―――グァァッ!!」

 彼女の叫びを耳にして、言葉の意味を理解する間もない。

 私は地面を蹴った。巨大な黒爪が私の頭上を掠めたが、それだけだ。

踏み込んだ。間合い。同様して体を揺らした彼女の懐へ、

「く―――ッ!?」


 ―――鈍い炸裂音。


 瞬間、黒爪は周囲から霧散し、黒装束の彼女も腹部へと受けた一撃で宙に浮かび上がり、着地する事も出来ずに落下。

そのまま地を転がり、動きを止めた。


「…………グァ」

(仕留めました………)

 安堵。

 これでどうにか逃げられ、

「…グァァ?!」

(いやいや仕留めてどうするんですか私は!!)

 不味い。現状私の体は異常な程に強化されている。その状態で、手段を選んでいられない状況とはいえ全力で腹部を殴ってしまった。

 しかも、手加減の一つさえ考えられていなかった。失態にも程がある、何が特殊部隊か――いや、今はただの怪物なのだがそれはそれとして。

私は慌てて、倒れた彼女の元へと近付く。ただ数歩近付いた程度で一度動きを止めた。万一、生きていればむしろ彼女の必殺距離だ。不意打ちで近距離ともなれば、とても防げる見込みはない。


 だが、一歩、また一歩と近付いても彼女が起き上がったり、攻撃を仕掛けてくる気配はない。

近寄り、姿勢を落とす。頭を近づけ、彼女の様子を見据えた。


 少なくとも、呼吸はしているようだ。息苦しそうではあるが、すぐに死亡する程の様子は見て取れない。

もう少し詳しく状況を見ておきたいところだが、この体では繊細な作業は難しい。それに。

(……酷い傷ですね。こんなになるまで、異能を使い続けるなんて)

 両腕の出血が尋常では無かった。

応急措置を施したいが、持ち物の一切が失われている今、魔獣の体ではどうしようもない。だが、このまま放っておくのも良くない。

 周囲に人の気配はないが、また叫んでみるか、と思考して数歩身を引き、


「あー…そこの魔獣さん。食べないですね? 殺さないですね?言葉理解できるなら、すぐにそっから立ち去って貰えますか」

 不意に、この場にいる私と倒れた黒装束の少女とは異なる声が聞こえて、私は身構え振り返る。

 二人の男女が、そこに居た。

「待った、戦う気はない! あ、そっちが襲ってこない襲わない前提だけど」

 慌てた男が両手を振って弁明する。

少女の方は怯えた様子もなく、一見杖のような武器を私へと向けながら、凜とした表情で見据えてきていた。

「戦闘する気はないですが、殺さず、食べずにしているアナタに危害を加えるのは理に適ってないってだけデス。なのでぇ…この場は任せて、消えてくれないっすか?」

 もしそうしないなら、此方にも考えがある、そんな威圧的な雰囲気を出す彼女に私は身構えたままだ。

しかしそんな彼女に対し男性は「待て待て、そんな威圧的な言葉で煽ってどうすんだよ!?」と反論し、少女の方はと言えば「いや通じないなら何言ったって一緒でしょぉよ」と言い合いを始めてしまった。


 私は思考を巡らせる。

一つ、どうにかして彼らと対話が出来ないだろうか。この状況だ、問答無用に襲いかかってくるわけではないのなら、事情を理解して貰える可能性がある。

二つ。―――何もせず、さっさとこの場から離脱する、である。


 ―――――その実。あまり悩みもせず、私は決断を下す事となったのだが。


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