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03 緑対黒

 跳躍を繰り返す。

景色が視界の中で急速に入れ替わり、踏みつけた建物のコンクリートが砕けるのを何度か感じた。――これは、狼人間と戦闘を行う前にも時々感じていた事だ。

けれどその頻度が増えているように思える。理由は恐らく、

(先程よりも速度が出ているから、でしょうか。―――全力で跳躍を続けてみたらどうなるか、という実験でしたけれど…)

 想定以上の脚力。通常の疾走では、走り辛くて適わない。しかし跳躍という形であれば、足の関節が曲がっているこの姿であっても速度を出す事が出来る。足場が犠牲になってしまうのは、一度目を瞑ろう。――元に戻れたら、修理費用は出そう。


 ともあれ。速度を出すという実験は概ね、想定以上の結果が得られていると言える。時速を計る事は出来ないが、吹き付ける風を切り裂きながら、バイクを駆っているような速度。疾走感と言うのだろうか、ちょっと癖になりそうだ。

 ――そんな風に調子に乗っていたから、前方に樹木生い茂る広大な景色に遅れて気付く羽目になり、

(――――足場がないっ!?)

「グァッ!?」

 最後の建物を蹴り、跳躍するがその先に飛び移れそうな建物はない。―――よって、弧を描くように私の体は、速度を保ちながら建物よりずっと低い樹木の中へと飛び込み、無数の打撃、衝撃。

 両腕で顔を庇い、小枝をへし折りながら急降下――次の瞬間、両足に生じる衝撃と、速度を殺しきれずに草砂を巻き上げながら三メートル近く大地を滑り、数秒後、足裏に感じる熱によって思考を取り戻し、安堵の溜息を溢した。

(怪物の体じゃなかったら骨折では済みませんよ…気を付けないと)

 一度、自分の体を大雑把に見渡した。鱗が若干破損しているらしき欠損はあるようだが、肝心の肉骨に影響は無いようだった。大木から逸れての着地となったので、衝突事故は避けられた、というのも運が良かった。今回、耐久テストなんて考えてはいないのだ。

 緑色の鱗に全身を覆われ、二足で立っている人間大の蜥蜴、それが今の私。まるで物語に出てくる蜥蜴人間リザードマンのようだ。爪を伸ばせば獲物を狩るためなのか鋭く、口を開けば細かい無数の牙、長すぎる舌に、感じた事のない尻尾の感覚、人間では考えられない広き視野。どれもが、元々の私――スマラクトにはあるはずのないものだ。


 霧の世界に踏み込み、共に突入した隊員達の姿を見失い、気付けば自身は怪物と化していた。しかも、この霧に居る者全てが怪物となっているわけではなく、人間も存在していた。同時に――そんな人間を襲う怪物との接触もあった。

 その怪物は人間ではなかった、と、思う。怪物となった事で私は言葉を発する術を失っているので、対話も出来なかったから曖昧な言い方になる。もしあれが人だったのだとしても、同じ人間を食し、さらに幼い命さえ食い殺そうとしていた様は見過ごせなかった。言い訳に聞こえるかもしれないが、会話が成立せず、怪我をしても尚怯まず向かってくる相手に加減など出来ない。元々の姿と異なり、勝手がわからないという事も確かに理由ではあったが。

 兎に角私は、霧のでは絶望的と思われていた生き残りと出会った。それも一人ではなく、もっと多くの生き残りが存在するかもしれない、そう思わせる声を聞いた。

(出来れば対話を試みたかった…ですが)

 先も述べた通りの理由が邪魔をする。――会話が出来ない、その上自身は彼らが敵対していると思われる怪物に近い外見をしている。少女が真っ先に、私へ「食べないのか」などと問いを向けてきた事も理由の一つ。とても平和的な対話は期待できない。何か手段を考えなければ。



―――キュルル


 不意に、どこか遠くからタイヤが擦れるような音が耳に届く。正確な位置はわかららないが、後方からのようだと判断する。

振り返りながら周囲へと視線を走らせ、ここはどこかの公園のような場所であると認識した。此処へ、何かが近付いてきている。

(先程も似たような事がありましたね。すごく、すごく遠くの声や音が…聞こえる。でもずっとではなく、ある時々に応じて、です)

 今はもうタイヤの音が聞こえない。途中で止まったという可能性もあるし、タイヤではない別の物だったかもしれない。本当は気のせいであった可能性もある、人の声とは違う以上は考えられる可能性だ。


 でも、もし。偶然でも気のせいでも無く、この体に成った事でそうした能力が芽生えているのだとしたら。それは、根本的な解決にならなくとも有用だ。

私は瞼を伏せ、耳に意識を集中あせてみる。遠くの、遠くの――空気の振動を聞き取るように。


――――キュルルルル、キィッ!


 目を見開く。

先程よりもずっと近くで、ブレーキを掛けて急停止したような音。恐らくは二輪車のようなものであると推測する。近くで止まったということは、この公園に立ち寄る為に降りたという事か。

 草木の合間を、瞳を細めて見据える。霧の影響で遠くまで見渡す事は適わないが、降りて真っ直ぐに近付いているのであれば草木が揺れるなり、擦れる音を鳴らしてしまう事は避けられないはず。だが、だとするなら視力よりも、先程の聴力に頼った方が良いのではないか。


 そう思って瞳は開いたまま耳に意識を集中させるものの、風が吹いて草木が擦れ合う音が全方位から響き渡る。この中から、人が気配を消して近付いてくる音を聞き分けるなんて難しい。目を伏せて集中するべきだろうか、そう思って瞼を伏せようとした―――直後。


 頭上から風を引き裂く振動と共に、陰りを見て頭を挙げ、

「――――!?」

 眼前に迫る黒い刃に、腕が咄嗟に動く。それは



→ブラック

東京都港区、同日、魔獣同士の戦い、三十分後 街道


 黒いバイクモドキを駆り、遠目に見える公園へと向かっている。

 進行方向が心櫻の目撃証言通りであれば、蜥蜴の魔獣はこの先に向かっている事になる。魔獣に思考回路があるにしろ、無いにしろ、人類が今や放棄している方面への地へと向かっている事は決しておかしな事ではない。魔獣の生態上、人を積極的に襲うという以外、野生動物に似た特性を持っているからだ。不要と判断して人の気配がある方向から離れるというのも、有り得ない話ではない。

(ただ、それは普通の獣に近い特性を持っているタイプ。『変異体』は含まれない筈)

 そして、アタシが今追っている存在は恐らく『変異体』である、と推測する個体。


 まず通常の魔獣との違いを示すのであれば、自身の実力有無に関わらず、魔獣は人が近くに居れば襲おうとする性質になる。空腹なのか、ただ人に対する敵意なのかは解明されていないが、とにかく襲うのだ。例え戦力的に不利であったとしても、彼らは襲いかかってくる。故に、非力な少女(心櫻)一人を前に何もせず立ち去るというのは、考えがたい。つまり『変異体』とはそういった、人に対する敵意が不自然に途切れ、獣らしからぬ行動を取る事に該当する。

 今回の蜥蜴はまさに『変異体』に該当する性質を持っていると言えるのだが、

≪あー、研究部より単独行動中のブラックへ。聞こえているなら五秒数える前に返事せよ。はい五、≫

「聞こえてるから茶番はやめて用件どうぞ」

≪はい零ー………おや、聞こえているのか。てっきり野垂れ死んだと思ってたんだが≫

 五の次が零なのは理不尽だと思うのだが、と、そんな思考を打ち切らせるように、バイクモドキの右ハンドル手前に取り付けられた通信機から、雑音の混じった男性の声が聞こえた。聞き覚えは勿論ある、何しろアタシ達にとって、切っても切り離せない存在の中心点に立つ人物だから。

何故このタイミングに連絡してきたか、なんて想像に難しくは無い。文字通り、彼の研究から情報を引き出してきたのだろう。

≪冗談はさておき。研究部室長、即ちこの俺、橘田ノイスより警告と情報が一つずつ、連絡する。ま、どうせ運転中だろうから小耳に挟む程度でいい≫

 優男染みた声が、特に真剣味を帯びることなく、アタシの返事も待たずに続ける。アタシも勝手に死んでいる事にされた事への不満はあったが、こういった言動は今に始まった事ではないので噛み付かない。

 むしろ、早く情報を寄越せというスタンスで口を閉じている。彼の言うとおり、運転に集中させてもらう事にした。

 聞こえてきた一つは、長くわかりきった優先順位最底辺の指示だったので、要約すると『余計な事をするな帰ってこい』である。霧の世界で出来る限り犠牲を減らす為、変異体の魔獣とは出来るだけ一人で戦わないように、というルールが提示されているからだ。それに対してはもうノイスも諦めているようで、アタシの返答を待つ事はなく言葉を続けた。

≪―――で、ここからが君も気になっている内容だが…ああ公園はもう直ぐだっけ、そこに大きな緑蜥蜴みたいなのが飛び込んでいく姿が目撃されている。寄せられている情報だと班別は難しいが、まあ十中八九変異体で間違いない。ということで…まあ、ヤバいって思ったら戻るように。いいね?≫

 提示された情報は概ね想定通り。研究部のトップが言うのなら、間違いはなさそうだ。「努力はする」と答え、姿勢を低くしてバイクモドキを加速させる。―――長い間放置され、樹木が大きく成長した公園が見える。他の魔獣が潜んでいる可能性を考慮して周囲に時折視線を向け、

≪個人的にもう一ついいかな、ブラック。駄目でも言う、通信切ってたとしても知らずに言うが≫

 くだらない戯れ言を呟くつもりだろう。そう思って私はバイクモドキの速度を落としながら、駐車場のスペースへと侵入し、ブレーキで停車させたところで、

≪変異体を一人で倒したからって、君の師匠が戻ってくるわけじゃ≫

「うるさい」

 

 ぶち。


 手順を守って本来は通信機材の電源を落とすのだが、感情に手が動いてしまった。

アタシは一つ溜息を溢して、公園の、奥へと続く草に埋め尽くされた道を見た。この先には恐らく、蜥蜴が隠れ潜んでいる筈―――。

(………? 視線、なんで?)

 感覚的なものである。故に、信憑性は高くない。

 けれど、何か背中に感じるのは悪寒。まるで、正面の、生い茂った草と木に視界を遮られているにもかかわらず、アタシの姿を目視しているような、気持ち悪さ。

バイクモドキのスタンドを降ろしてから両腕を左右に広げてゆっくりと、一歩ずつ前へ踏み込む。

 視線は、外れない。確かに、アタシを見続けている。

(魔獣はアタシ達人間のような異能力は持っていないはず。いくら音を聞いたにしたって…こうも確実に、アタシを見ていられる?)

 一度足を止める。正面から進むのは得策とは言い難い。


 ならば。

「―――こっち、だ」

 背中の皮膚を裂く痛みが走る。眉を寄せて、しかし意識を途切れさせない。

瞬時に伸びた太く、赤黒い蜘蛛のような爪が石畳の地面を突き刺し、停止した。アタシの能力、『影の血(ブラッドオブシャドウ)』は自身の血を用いて硬質化させ、蜘蛛の爪のように扱う。尤も血液の消耗が激しく使えば使う程に動きが鈍ってくるのだが――まだ今は問題ない。

 姿勢を落とし、背の赤黒爪に力を込めるように意識をして、頭上を見上げて、一気に力を入れて跳躍する。


 人の跳躍よりも何倍も高い。大きな樹木を飛び越え、身を捻って姿勢を整えながら、公園全体を見渡す。

直ぐに、緑色の影が視界に収まった。それは真っ直ぐに先程アタシが居た場所を見据えている。だが頭上に意識が向いていないところを見るに、こんな方法で仕掛けてくるとまでは考えなかったのだろう。


 ならば、後は宣言通り『礼』を叩き込むだけの事。


(あの鱗はきっと堅い、だから貫くならばその頭部ではなく、胸部!)

 体が重力に引かれ、落下を始める。吹き付ける風が強くなる中、左腕を伸ばして地上に立ち尽くす蜥蜴の胸元へ狙いを定め、振りかぶった右腕に意識を集中させる。


 血が走る。

 赤黒の血がアタシの皮膚を裂き、螺旋を描いて傷跡を残しながら掌へと収束して行く。

 想像するのは一点貫通の槍。そんな格好の良いものではありはしないが――――!


 弾けた。

皮膚と、血が弾け飛び、鋭い赤黒の爪が高速で空中から地上へ、緑蜥蜴の胸元目掛けて襲い掛かった。


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