魚顔
魚顔
俺の人生設計の中では大学のことまでは書かれていなかった。
別に高校生までで命を絶とうとか、そんなことを考えていたわけではなく、ただ単に、大学生になった自分の姿を思い浮かべることができなかったってだけだろうと思う。
まあ、それで正解だったと言ってもいいかもしれない。
何故なら、俺は大学生となった今でも、高校生の時とあまり変わり映えしていないからである。
「都留野、うるさい。ギャルゲの邪魔なんだよ。」
俺は男性合唱曲を聞いている後輩に言った。
「そんな大きな音ですか?」
後輩の都留野が俺に言った。
「うるさい。俺がギャルゲをするのを妨げるものは、すべて邪魔なんだよ。」
実際はそんなに大きくもなかったのだが、耳に関しては神経質な俺にはやはり耳障りなのだ。
「なんかさっきのセリフ、草加さんみたいですね。」
「お前、よく知ってるな。555世代じゃないだろうに。」
「先輩だって違いますよね?」
「俺は脳の片隅に猫舌が残ってる程度だ。」
現在、大学の二回生である俺だが、高校生活から一年経とうが二年経とうが、生活はあまり変わらなかった。ご察しの通り、高校の時の俺は、こうやって男子と無益な会話を時たましていた。決して、女性とは関わることはなかった。そして、これからもそうだろう。俺は女とは永久無縁なのだ。
「しかしまあ、お前もよくこんな部活に入ったよな。」
「本当ですよね。今でもなんで僕はこんなところにいるのかが分かっていないくらいですから。」
それは俺もそうだ。なんで俺もこんな部活に入っているのかよく分からない。
「男声合唱なんて、誰も興味ないですもんね。普通は。」
俺たちの部活は男声合唱をする部活。その名もグリークラブ。何故グリークラブという名なのかさえ、俺は知らない。
「その割に気に入ってるんじゃないか?副指揮者さんよ。」
「まあ、嫌いじゃないですね。」
と、都留野は耳を赤くして言う。これが女だったら萌えるんだろうが、残念ながら、おっさん顔の大学生には萌え要素の欠片もない。
「ギャルゲって、そんなに面白いものなんですか?」
「ああ。とっても。」
とはいえ、俺がこの都留野にギャルゲの魅力を語っても、理解してもらえないだろうから、俺は説明しない。どうも、俺は説明ベタのようだ。
「モテない男の悲しい末路ですよね。」
「お前が言うな!それと、三次元に対する反骨精神と言え!」
「引きこもりがなにを言ってるんですか。」
「笑顔で言わないで。なんか悲しいから。」
引きこもり、と言っても、部屋から一歩も出ないとか、登校拒否だとか、そんな重度の引きこもりではない。
ただ、家に帰っても親と顔を合わせず部屋に引きこもるとか、そういう程度の引きこもりを高校の間、続けてきた。
まあ、引きこもりには間違いはないのだが。
学校に行く引きこもりだったのだ。
それゆえ、一人暮らしを始めても俺はホームシックになることはなかった。高校の間、親と顔を合わせることが無かった故の、儚くも美しい耐性なのだ。
「まあ、でも、部室に引きこもることになるとは、自分でも思わなかったがな。」
あるいは、それが俺がこのクラブにまだいる理由なのかもしれない。
「そういえば、なんでウチの大学はこんな山奥にあるんでしょうね。」
なにか理由があって山奥に大学があるならば良かったのだが、恐らく大した理由などないだろう。
そして、こんな山奥にあるせいで、我々この大学の学生は他の大学生から仙人扱いされるのである。なにせ、登校する時に登山、下校するときに下山と言っているほどだからな。
「そうか。お前は知らなかったんだな。」
俺は冗談で言った。
「この大学ではな、人体実験が行われているんだよ。悪の組織が改造人間を作って、世界征服をするためにな。」
「なんですか、それ。どこのショッカーですか?」
もう少し笑ってくれるような気もしていたんだが、都留野は案外真面目に返した。
そう。こんなものはつまらない冗談のつもりだった。しかし、この世には冗談を真面目にする人間もいるということを、俺は身をもって思い知ることとなる。
バタンッ。
部室の扉が空く音がする。
俺と都留野は同時に部室の方を見た。
とても強引な開け方だったので、思わず二人とも部室の扉の方を見てしまったのだ。
普段なら、部員が誰か入ってきたのだろうと思うだけで、一々扉に気を取られない。
しかし、今回はどうも、部員ではなさそうだった。
手術着、というものをみなさんは見たことがおありだろうか。
ちなみに、俺は今この瞬間まで見たことはなかった。
ドラマなんかではよく見ることもあるだろうが、病院なんぞに行けるほど繊細な肉体ではなかった俺は、実物の手術着を見ることはなかった。
強引に開けられた部室の扉から、緑色の手術着を着た男どもがぞろぞろと入ってくる。
計四人。
そいつらは真っ先に俺のところへ進んでくる。
その様子を、俺はぼんやりと眺めていた。
あまりにも現実感がないためだ。
ダダダダン、ダダダダダン、ダダダダンダンダダダダダン。
世にも奇妙な物語のテーマが頭の中で響く。
そう。
俺は世にも奇妙な物語を見ているかのような感覚に襲われていた。
「って、お前かよ!」
俺は無抵抗のまま、手術着の男たちに担がれていた。
都留野が無駄にいい声で世にも奇妙な物語のテーマを歌っていたのだ。
いつの間にか、黒いサングラスを着けて。
「これから始まる物語は、日本食の代名詞とも言われる餅を、変な食べ方で食べるようになってしまった男のお話。何故冴えない魚顔の男が餅にマヨネーズをつけるようになってしまったのでしょうか。」
「どうでもいいから、助けろ!」
俺は病人を運ぶ、滑車付の手術台みたいなものに乗せられ、体を拘束されていた。
都留野は世にも奇妙な物語のタモリのモノマネをしている。
そんなことより、俺を助けろよ。
俺は滑車付の手術台に拘束され、部室から出されようとしていた。頭に、仮面ライダーのオープニングが響き渡る。
「って、歌ってないで、助けろよ!」
都留野は無駄にいい声で仮面ライダーのオープニングを歌いながら、俺を見送った。
「で、お前らはなんなんだよ。これはなんの冗談だ?」
俺は手術着の男たちに聞いた。
しかし、手術着の男たちはずっと前を向いて、視線をそらさない。
俺の話が聞こえてないようだ。まるでロボットのようだった。
「お前は知ってはいけないことまで知ってしまったのだ。」
どこからか女の声がする。
気が付くと、いつの間にか手術着の男四人の他に白衣を着た女性が俺に付き添っている。
「なんだよ、それは。」
俺はなにか知ってはいけないことを知ったのだろうか。全く自覚がない。
「先ほど部室で話していただろう?」
「ギャルゲの話?」
「改造人間の話だ。」
「いや、改造人間なんて存在するわけ・・・ぐひゅう!」
白衣の女は俺の腹にエルボーを食らわしやがった。
薄れていく意識の中で少年は、白衣って白銀聖衣に漢字が似てるよね、と思った。
クロスと打って聖衣が出てくるのも驚きだが。
目を覚ますと、俺は水の中にいた。恐らくプールの中だろう。プールのようなタイルが見えている。
と、そんな冷静に状況を把握している場合ではなかった。
俺は急いで浮上した。
浮上した景色を見てみると、やはりプールの中に俺は沈んでいたんだと分かった。プールから上がろうと、俺はプールサイドに手を乗せる。
しかし、その手は人間のものではなかった。
人間の手は指の間にヒレのようなものは普通、ない。俺は自分の手を握る。すると、その人間のものでない手も握られる。
どうやら、人間のものでない手は俺の手であるようだ。
そして、俺は人間ではなくなったらしい。
「なんじゃこらぁ!」
俺は大声で叫ぶ。
俺の声は遠い残響となってプールに響いた。
声は出せることにほっとしている自分がいた。
しかし、息を吸うことができない。息を吸おうとすると、のど辺りが非常に痛くなる。俺は水の中に入り、口を大きく開け、泳ぎながら水を体の中に取り込む。
それは非常に奇妙な感覚だった。息をするのとは全く違う。息を吐くということをしないせいか、呼吸という面倒なことをしなくてすんでいるという、意味不明な快感が体を貫く。
聴覚も生きているらしい。
水面から誰かの話し声が聞こえる。
声の聞こえる方を見てみると、二人の人間の姿が見えた。
しかし、水面から見ているせいか、かなりぼやけていて、実際は人間なのかどうかも分からない。
人の声が聞こえるので人なんだろうという程度だ。
俺は恐る恐る水面に目を出す。
すると、俺の姿を見下す二人の人物があった。
そのうちの一人に見覚えがあった。
「¥・。-@」
口が水中にあるので、言葉を紡げなかった。口を水上に浮上させて言う。
「てめぇ、あんときのクソ女!」
白衣を着ている男女の一人、白衣の女性は俺の腹にエルボーを食らわせやがったクソ女であった。
「教授。このクソ生意気な魚顔を打ち殺していいですか?」
白衣の女が年老いた男性に言った。
「ダメだよ。せっかく改造した改造人間なんだから。」
教授と呼ばれた老人は言った。
「そもそも、なんで維持にコストのかかるような改造人間に改造したんですか?
海水でしか生きられず、陸上にも数秒しかいられないなんて。ゴキブリよりも無意味です。
このプールの海水の維持費とエサ代で安易な改造人間が製造できます。」
俺はゴキブリ以下か。
というか、エサ代って。
私は人間扱いしてもらえないのか。
「いやあ、だってさあ、淡水だと行動範囲が限られちゃうし、なんか、ズゴックみたいな改造人間を作ってみたかったんだよね。」
「残念ながら、これはアッガイ以下のゴミです。
そもそも、アッガイでさえ水陸両用なんですから、水陸両用の改造人間を作れば良かったじゃないですか。
それに、淡水も海水も耐えられるような改造人間も。」
「あ、それもそうだね。」
「あのー、お話の途中にすいません。俺、どうなっちゃったんですか?」
俺は二人に聞いた。
「改造人間に改造したんだ。」
さらっと、今日の晩御飯はカレーだからね、というくらいさらっと重大なことを言いやがった。
「なんで俺は改造されたんです?」
教授に代わって女が言った。
「お前が我々の存在を知ってしまったからだ。」
「部室を盗聴してたのか?」
「この学内は隅から隅まで監視カメラと盗聴器が施されている。」
そうですか。でも、それはそんなに重要なことではない。
「なんで俺だけなんだよ。部室にはもう一人いただろ。」
そう。俺は拉致されたが、都留野は無事だった。
俺だけわけのわからない改造をされてしまった。
「それはお前が魚顔だからだ。」
「さいですか。」
俺はまじめに問答するのが面倒臭くなったので、適当に答えた。
「よし、君は海に捨てよう。」
教授が言った。
「ちょっと待てよ。」
「よし。おい、ゴミ。お前は日本海か太平洋、どちらに遺棄されたい?」
「いや、勝手に改蔵しといて、捨てるとか・・・」
「よし、日本海だ!」
選ばせてくれるんじゃないのかよ。それにどっちかってえと、太平洋の方がよかったんだが。
そして俺は日本海にて一人の少女?と話している。
「ねえ、人魚さん。あなたは私の幼馴染に似てる。」
白いワンピースを着た、令嬢のような少女?は俺に言った。
「それは良かったな。」
俺は心底どうでもいいので、適当に返す。
この女を俺は知っている。俺の幼馴染だ。そして、同い年なので、もうすぐ二十歳である。よって、少女とは言い難いのだ。
「なんか悪口言った?」
幼馴染が言う。
「言わねえよ。」
俺は答えた。
お分かりの通り、俺は幼馴染に自分の正体を明かしていない。理由は、この幼馴染が嫌いだからだ。
コイツとの出会いは、小学四年の時だった。俺は両親が離婚し、父親に引き取られ、父親の田舎の小学校に転校した。そのとき同級生になったのが、この幼馴染である。
子どもを引き取るとかよく言うが、それって子どもを道具かなんかだと思ってるんじゃないか、と俺は嫌な気分になる。俺の両親は俺たちのことを全く考えずに離婚しやがった。子どものことを考えていたら、四歳だった弟を残して家を出て行ったりはしないだろう。親からしたら、子どもなんてのは人間ではないのかもしれない。ペット以下かもしれない。
話を戻そう。
俺がこの幼馴染が嫌いなのは、この幼馴染が俺をいじめてきたからだ。
今思えば、なかなか馴染むことのできない俺をなんとかしようとしてちょっかいをかけてきたのかもしれない。
しかし、そのときの俺はガキだったし、両親が離婚したショックで自閉症気味になっていた。
だから、いじめられているようにしか感じられなかった。
中学校も同じ中学校だった。ただ、その幼馴染とは中学の間は話すことさえなかったように思う。
高校も同じだった。この高校生活は、ただただ恐怖していた。
いじめられたトラウマか、俺は幼馴染に恐怖感を持つようになっていた。
まさか、同じ高校になるとは思ってなかった。
三年間、同じ電車だった。近くに幼馴染がいるだけで体が強張った。
幼馴染の声を聴くだけで、体が震えた。
高校で同じクラスになってしまったときは、俺は天から見放された、と思った。
幸運にも、関わることはなかったので、良かったが、この一年間はいついじめられるか気が気でなかった。
二年生からはクラスが変わったので、安心してつまらない高校生活を送ることができた。
「私は一体、何をやってるんだろうね。」
「・・・」
下手に発言すると言い返される可能性があるので、俺は黙っておく。
ただ、それを聞きたいのはこっちではあるが。
恐らく、俺が遺棄されたのは俺の故郷の近くの海だ。
最短で日本海へ遺棄しようと思ったら、ここの海しかない。
この幼馴染は確か地方の大学へ飛んだはずだ。
国公立を目指す奴は例外なく地方へ飛ぶ。
この幼馴染はこの時期にこんなところにいるはずがない。
「死んで楽になろうなんて、ずるいぜ、それは。」
俺だって、お前にいじめられたせいで何回死のうと思ったことか。
「そっか。ばれてたか。」
幼馴染は笑顔で言った。
「ほんと、なんで人魚さんは私を助けてしまったんだろうね。」
一生苦しみながら生きろ。俺がお前を助けたのは仕返しだ。
「人魚さんには好きな人っている?人魚姫とかかな?」
幼馴染は俺に向かってにっこりと笑った後、遠くの方を見ながら言った。
「私にはね、好きな人がいたの。
幼稚園の時にね、その子を好きになったの。
いわゆる初恋ってやつよね。
でもね、その子、幼稚園の時、事故で死んじゃった。
人が死ぬって、ドラマとかだとなんか劇的なんだけど、実際はすごくあっけないものだったの。
昨日まで一緒に遊んでた子が次の日から幼稚園に来なくなったんだもの。
悲しかったんだと思うんだけど、それ以上に、なんか呆れちゃったの。
それくらい死ってのはあっけないのよね。
でも、人は忘れるから生きていける。
私はそのこのことをたまに思い出したりしたけど、いつもその子のことを考えるわけにはいかなかった。
小学四年の時、転校生が来るときまでは。」
幼馴染はさしていた白い傘をぐるぐる回した。そして、回すのに飽きた頃、再び口を開いた。
「その転校生は死んだ子にそっくりだった。
たぶんそっくりなんかじゃなかったかもしれないけど、でも、そっくりなように感じた。
小さいころの記憶だから、曖昧なんだけどね。
でも、やっぱりその転校生は好きだった子じゃなかった。
全然性格が違ったもん。
その転校生ったら、全然話してくれないし、すぐ泣くし。
全然好きだった子と違うから、私はその転校生が大嫌いだった。」
えらの部分だけを水中に沈めていれば、俺は呼吸ができる。
それゆえ、幼馴染のいる岩に俺は引っ付いていた。
フナムシが俺の体に上ろうとするので、俺は逐一フナムシを海に放り投げた。
「中学に入ると、みんな発情期に入っちゃうから、幼馴染に話しかけることができなくなった。
みんながみんな、恋愛とかどうこうに過敏になってた。
男女でしゃべってるとなにか悪口を言われたりね。
でも、幼馴染に女が寄り付かないように、ずっと睨みを効かせてた。
まあ、モテる顔じゃなかったから、楽だったけど。
だって、すごい魚顔だったから。
ここまでしちゃうって、ほんと笑えるよね、人魚さん。」
「そうだな。とてつもなく面白いな。」
どいつもこいつも、俺のことなんて考えていない。
この幼馴染だって俺のことを魚人じゃなくて人魚と言ってるくらいだから、俺のことを人よりかは魚だと考えているのだろう。
それゆえに、自分のことをべらべらとしゃべれるのだ。ペットとか人形に愚痴をこぼせるのと同じだ。
「ごめんね。なんか一人でしゃべっちゃって。」
悪いと思っているのならしゃべるな。こいつは少しも悪いとは思っていないのだろう。
「その幼馴染がレベルの高い高校に行くんだろうなってことは分かってた。
全然目立たなかったけど、頭がいいことは分かってたし。
だから、私も幼馴染と同じ高校に行こうって決めたの。
まあ、私の学力で目指せないわけでもなさそうだったし。
なんでなんだろうね。
嫌いなはずなのに、離れてしまうと思ったら、突然悲しい気持ちになっちゃった。
やっぱり幼馴染のことが好きになってたのかな。嫌いだったのに。」
ふう、と幼馴染がため息をつく。
俺は幼馴染が話を中断したので水中に戻って、体を潤す。
皮膚はある程度の乾燥には耐えられるように改造はされているらしい。
が、長時間空気にさらすのは良くない。
何故俺は嫌いな幼馴染の愚痴を聞いているのだろう、と水中にもぐり口を開きプランクトンを取り込みながら思った。
プランクトンばかり食っていると、なんか物足りない。
せめて魚を食べられるように改造してもらいたかった。
人間にとって咀嚼するというのは結構重要なのだな、と俺は思った。
「おかえり。どうしたの?彼女が呼んでたの?」
「うるさい。いいから続けろ。」
「フフフ。彼女いないんだ。」
「余計なお世話だ。」
幼馴染は面白そうに笑う。
俺はそっぽをむく。
あれ?俺、なんかツンデレっぽい?
いや、男のツンデレってどうなのだろうか。
「嬉しかったことに、私と幼馴染は同じクラスになったの。
今までも同じクラスだったけど、他の幼馴染もいなくなったから、遠慮なく幼馴染と話せると思ったんだけど、中学の三年間のブランクは大きかったみたい。
今更私は幼馴染と何を話せばいいのか分からなかったし、幼馴染も私のことをひたすら避けてた。
教室ではほとんど一人で、時たま男子と話してる程度だった。
高校は進学校だったから、恋愛にうつつを抜かしているヤツはクズみたいな雰囲気だったし。
ホント、ついてないよね、私。
結局何にもなく一年過ぎて、二年生になってから私は理系に進んで幼馴染は文系に進んじゃったから、教室も授業も違っちゃって、全然関わりがなくなっちゃった。
幼馴染は誰とも話さなかったから、どっちに行くか分からなかった。
それに、みんな理系に行くみたいだったから、理系に行くと思ってた。
なんで文系に行っちゃったんだろ。
二年になってから卒業まで、ほとんど幼馴染の情報は入ってこなかった。
幼馴染は忍者かなんかだったんだろうね。
幼馴染と顔を合わせるのは登校の電車の中しかなかった。
少しも話さなかったけど、ただ幼馴染が近くにいるってだけで嬉しかった。
幸せだった。
ずっとこのままの日常が続けばいいと思ってたんだけどね。
でも、別れは来ちゃうんだよね。必ずね。
実は、卒業式に幼馴染に告白しようと思ってたんだ。
すぐ離れ離れになっちゃうけど、二人をつなぐなにかが欲しかったんだと思う。
私は千葉の国立大学で幼馴染は京都の私立を合格してたから。
まあ、幼馴染が私立大学に行くなんて驚いたけどね。
みんな国公立目指して、落ちたら私立って感じだったのに、幼馴染は低いレベルの私立一択で、それも推薦だったから。
もともとちょっと変わったところもあったんだけど、ホント、変わってる。
そんな幼馴染を好きになって、告白しようとしてた私も相当変わってるけど。
告白はね、失敗だった。
普通、卒業式はみんなでワイワイして学校にある程度の時間残ってるものなんだけど、幼馴染は変わってるから、すぐ帰っちゃったんだよね。
友達がいなかったからかもしれないけど。
でも、なんかほっとしてる自分もいた。
私が望んでたのは、そばにいるだけで、恋人ではなっかんだと思う。
でも、やっぱり残念だった。
それが、呪いになっちゃんだよね。」
友達がいないって。せめて友達が少ないって言ってやれ。すごく可哀想だろうが。
「大学に入って、幼馴染がいなくなって、私は抜け殻になっちゃった。
そのとき、初めて気が付いたの。
私の中心は今まで幼馴染だったんだって。
幼馴染が私の生きてきた意味なんだって。
でも、それがなんか癪だった。
だから、あんなやつ忘れてやろうと思った。
いろんな男と付き合ったし、部活とか勉強とか頑張った。
サークルも何個か兼部したりね。
でも、常に何か物足りなかった。
気が付けば幼馴染のことを考えてた。
今何してるんだろ、とか。
考えれば考えるほど物足りなくなって、空虚感ってやつかな。
そんなのが胸いっぱいになったとき、私はここに来てた。」
俺は幼馴染と再会した時のことを思い出す。
あれはこの海に来てすぐだった。
その日は海が荒れていた。
おおしけ、とでもいう現象なのだろう。
台風とかが来てたのかもしれない。
テレビなんてないんだから、確認しようがないんだが。
晴れている日なら紫外線が肌に刺さっていたいくらいなんだが、その日は海が夜のように、いや、夜よりも暗かった。
普通、改造人間とかにされたのなら、なんかこう、絶望とかするんだろうが、俺はそんなことを思わなかった。
授業とか仕事とかしなくていいと思うと、気持ちがすぅっと楽になった。
でも、そんなに楽しいとも思わなかった。
ニートになるのが心からの夢だったのに、なにか物足りなかった。
孤独には常に慣れてたから、寂しいとかではないと思うんだが。
やることもないから暇だったのかもしれない。
腹が減ったらプランクトンを食うだけの生活だったからな。
せめてテレビかギャルゲが欲しかった。
暗いから、岩に当たると怖いと思って、その日はじっとしていることにした。
でも、なにかすごい音が聞こえた。
波の音ではなくて、水に何かがうちつけられるような、そんな音がした。
改造によって水中の音だけは物凄く聞こえるようになっていたので、俺は太平の眠りを覚まされてしまった。
眠りを覚ましたのはなんなのか気になったので、俺は見に行くことにした。
工事とかだと、移動しないといけなくなるからだ。
場所は1キロ東のようだった。
脳もいじられたのか、耳から聞こえた音がどこの位置から聞こえてくるのかすぐに分かるようになっていた。
緯度経度もすぐに分かる。
ただ、何の役にも立たない能力だ。
俺は数秒でその場所に着く。
水中では高速移動できるらしい。
オリンピックに出場できるんじゃないか、と思ったが、塩素が肌に悪そうなので止めておいた。
教授とかいう老人も俺は海水でしか生きられないと言っていたからな。
仮面ライダーとかだと、改造されると改造した悪の組織を恨むんだろうが、俺は別に恨むとかはなかった。
精神を操作されているのかもしれないが、なってしまったものは仕方がないなんて思っていた。
この生活も悪くはないと思っていた。
音がした場所には泡が発生していた。
恐らく、何かが水面に落ちてきたのだろう。
だんだん泡が晴れてきて、何が落ちてきているのか分かってきた。
白いもの。
黒い髪みたいなものがある。
肌色の手足のようなものが・・・
「#&|・。」
人間かよ、と言ったのだが、水中では何を言っているのか分からない。
天空から落ちてきた少女のように沈んでいく女を俺は受け止めた。
その少女の顔に俺は見覚えがあった。
俺の大嫌いな幼馴染だった。
幼馴染は違和感を感じたのだろうか、目を開けた。
幼馴染は驚いて、空気を全て吐き出してしまった。
俺の視界が泡でいっぱいになり、白くなる。
そりゃ驚くのは仕方がない。
魚の怪人が目の前に現れたのだから。
幼馴染は溺れかけているのが分かった。
水上には白い物体がある。恐らく船の船底だろう。
水面には波紋のようなものができている。
雨が降っているのだろう。
しかし、雨というよりは大雨だ。
水面も強い風のせいで波立っている。
こんな死ぬかもしれない天候で海に出るのは自殺行為だ。
それも、幼馴染が海に落ちて、船の上からなんのアクションもないからには、幼馴染一人で乗っていたに違いない。
俺は幼馴染が死ぬつもりなんだと思った。
嫌いなやつだったから、死んでもよかった。
そのまま海に沈めればよかった。
俺をいじめるようなやつは、社会にとって害にしかならない。
俺は幼馴染を水上に出し、俺はラッコのように背泳ぎのまま水中にいながら幼馴染を抱えた。
俺は改造によって高速移動中は水中からの水圧に耐えられる。
しかし、幼馴染は耐えられないだろうから水上に出した。
普段の移動速度の十分の一以下で陸まで泳ぐ。
普段だとジェット機なみになってしまうからだ。
それでも一キロ先の陸まで一分もかからない。
水中では問題はない。
が、問題は陸だ。
陸にほったらかしでは幼馴染は凍え死ぬ。
水を飲んでしまっているので人工呼吸も必要だ。
応急処置は陸で行う必要があり、俺は陸上でまともに動けない。
なので、人がいる場所まで行かなければならない。
陸の状況は分からないので神頼みだった。
幸運にも行き着いた先は漁港だった。
だが、嵐のせいで誰一人外にはいないだろう。
民家まで移動しなければならない。
陸は俺にとって最大の鬼門だった。
呼吸ができないので人間でいう呼吸と止めたままの状態で動かなければならない。
声を出さなければ一分ほどはもつ。
ただ、魚が水中で高速で泳げるのは、尾びれを左右に動かしているからだ。
そして俺の体は高速移動ができるように尾びれのようなものがあり、足も一応はついていて歩けそうだが、おまけみたいなものだった。
また、陸上の重力にどれだけ耐えられるかという不安もあった。
水中は動きやすいことから分かるように、浮力というものがあり、地球の重力はかなり弱くなる。
「ちくしょう!」
俺は陸上に出た。
幼馴染をおぶって走り出す。
全然走れない。
骨が悲鳴を上げる。
「ぬおおおおお!」
俺は、間に合ってくれ、と願っていた。
幼馴染はぐったりしている。
早く応急措置をしなければならない。
溺れてから二分以内の生存率は九割だが、五分経つと25%になる。
もう一分が経つ。
救急車の時間なども考えると、早くしなければならない。
自分が水中に戻る時間を考えると、三十秒しか陸上にいることができないのだが、その時は自分のことを考えている余裕はなかった。
明りのともった民家を見つけた。
そのときほど、心からほっとした時はなかった。
俺はインターフォンを押し、幼馴染を玄関の前に放置した。
玄関から人が出てくる気配があったので、大丈夫だろうと思ったからだ。
魚人が玄関先にいたら失神するだろうからな。
俺は急いで民家から去る。
物陰から民家のおばちゃんが叫び声を上げて、家の人に救急車を呼ぶ声を聞いてから、俺は海に戻ろうとした。
体が重い。
目は見えなくなっていた。
自分が立っているのかさえ判明しない。
帰りの時間を計算していなかった自分を馬鹿だと思った。
でも、不思議と後悔はしていなかった。
体に衝撃が走る。
とうとう倒れてしまったようだ。
息がしたい。
慣れた感覚がする。
ブラックアウトしていた視界が回復する。
どうやらギリギリのところで海に戻ってきたらしい。
体が沈んでいく。
肉体はもう限界のようだった。
このまま魚の餌になるのも悪くない。
そう思った。
沈んでいきながら、俺はなぜ幼馴染を助けたのか、と疑問に思った。
大嫌いなはずなのに。
死んでしまえばいいと何度も願ったはずなのに。
助けているときは無我夢中だった。
死にたいなら死なせたほうが、幼馴染も幸せだったろうに。
そうか。
俺は幼馴染が死んで楽になるのが許せなかったのだ。
俺はお前のせいで何回も死のうと思ったのに、頑張って生きてきた。
死ぬほどの苦しみを与え続けたかったのだ。
なんにせよ、俺は幼馴染が死ぬのが許せなかったんだろう、という結論が出たところで、俺は完全に意識失った。
「人魚さんの顔を見たときね、幼馴染に似てたから驚いて水を飲んじゃったんだよね。
その後のことは全然覚えてないの。
気が付いたら病院で、起きた瞬間家族みんなからぶたれた。
親父にもぶたれたことなかったのに。」
ランバラルは良かったな、と俺はあの特攻シーンが蘇った。
「ありがと。」
あまり感謝がこもっているとは感じられなかったが、この幼馴染から感謝されるとは思わなかった。
俺の耳に声が聞こえた。人の声のようだ。
だが、何を言っているのか分からない。
俺は目を開けて、浮上した。
目だけを水上に出す。
岩の上に幼馴染の姿を見つけた。
「ねえ、人魚さん。あなたは私の幼馴染に似てる。」
俺はあの日以降眠りについていたんだと思った。
俺はエラを水中に浸けたまま顔を出して言った。
「それは良かったな。」
「私、ずっとこのままここにいて、人魚さんと話していたい。大学にも、家族のところにも戻りたくない。」
遠くを見つめたまま幼馴染は言った。
「悪いな。俺は人魚の国に戻らなくてはならない。」
「へえ、そんなところがあるんだ。そこって、遠いの?」
「ああ。とてもとても遠い。世界の果てのその先の果て。竜宮城の隣だからな。」
人魚の国があるのなら、俺だって行ってみたいさ。
きっと死ぬほどつまらないだろう。
今、この瞬間と比べたら。
「じゃあな。」
そう言って俺は水中に潜った。
そして水中から幼馴染が去るのを見ていた。
幼馴染は日が暮れるまでずっとそのままの姿勢だった。
尻が痺れなかったのだろうか。
太陽が沈むと、幼馴染は帰って行った。
恐らく一か月ほどは家族に自殺しないかどうかを見張られながら過ごすだろう。
そして、そのあとは大学生活に戻っていく。
幼馴染の言う、なにか物足りない日常へ。
俺は幼馴染が嫌いだ。
だから、嫌がらせをしてやった。
こんなところで立ち止まってほしくないとか絶対に思ってない。
多分。
俺は浮上して空を眺める。
空は暗くなり、星が出始めていた。
「ディズニーランドに行ってくるか。」
もちろんだれも聞いていなかった。
「男が一人でディズニーランドに行って、何が悪い。」
カミーユが男の名前だって何も悪くないだろうが。
流れ星が一筋、夜空に流れた。
二年ほど前最初に投稿した作品を再投稿させていただいた。
この『魚顔』のアクセスを見ると、意外と皆さん読んでいたようで、『糸』的な奇跡が起こったのだなと驚いた。
人々の考えというのは実に不思議である。