【二十話 悪魔の森の仔〜灰色の言葉の真相①〜】
湖の貴婦人がウーサーの部屋に訪れてから日が大分高くなった頃。
「アハハハハハ!」
突然、彼の部屋から盛大、しかし気品ある美しい女性の笑い声が響く。
笑い声の主は言わずもがな湖の貴婦人イグレインだ。
どんなに面白可笑しな事を聞いても直に見ようとも、常に波風無い湖畔の様に静かに微笑む彼女が腹を抱えて大笑いしている。
彼女を知っている者達が今この光景を目撃したらおそらく彼女を四、五度見して湖の貴婦人が狂ったのかっ!とさぞ驚いただろう。
しかし、今この部屋にいるのは部屋の主のウーサーとイグレインの二人だけ。(時々白い生物こっそり出現)
笑われているウーサーの方は昨日の事件を聞き終え大笑いするイグレインを見て、爆笑されてむーっとふくれっ面をしていた。
「……笑いすぎですよ。イグレインさん」
「ご、ごめんなさい、フフッ……でも、ねぇ?それは貴方が悪いわ、ウーサー。
いくら夢魔の子猫ちゃんが掛けた暗示に取り憑いた呪いを解呪する為とはいえ、夢と精と快楽を糧とする夢魔にとって最大の禁句を二度も言うなんて…。それじゃあ、流石の子猫ちゃんも怒っちゃうわよ」
と、やっと笑うのが治まったイグレインは真面目にウーサーに悪い事をした子供を叱るような口調で言った。
叱られた方のウーサーは少しバツの悪そうな表情をした後、蒼い瞳を伏せ小さく溜息を吐いた後ポツリと、
「……確かにイグレインさんの言う通り、他にも方法はありました。が、どれも時間がかかってしまうものばかりで、時間が余り程無い私では不可能です。だからあの手荒い手段しかなかったのですよ」
「あぁ…そうだったわね」
【ウーサー】がこの世界に組み込んでいられる残りの時間は十年にも満たない。
その限られた時間の間に【アヴァロン】諸共【■■■■■■■】を殺し、全てを裏切ってしまった『ブリテン』を過去・現在・未来の奇跡と選択の抹消せねばならないのだ。
本当だったらこの国も住人達も、ましてや敵にツギハギにされ捨てられた半魔の子供の面倒など見ている時間など無いはずなのに、この目の前の【竜】は自らの時間を分け与えている。
「(そうね…仕方ないわね。私も彼も─のなり損ないモノ同士、例え残り少ない時間しかなくてもあげてしまうもの)」
イグレインは少しだけ過去の自分と【生贄竜】の過去の物語を思い出し苦笑し、何かウーサーに言おうと少しだけ視線を動かす、綺麗な蒼い瞳が───
───ぞくり……
「っ!?」
湖色と蒼、互いの色が交差した瞬間、イグレインは全身に悪寒が走った。
この感じは彼女は覚えている。これは、ウーサーが本気で怒っている時のものだ。
「気分を悪くしてしまい申し訳ありません。ですが、やはり【アレ等】に近しいモノ共の所業を目の当たりにしてしまうと、本当に…抑えが効かないのです……」
普通の笑みを浮かべてはいるが、光が一切宿っていない蒼い瞳は一切笑っていない。
憤怒の陰が覆っているにも関わらず、この蒼の瞳の美しさが損なわれないのは流石【■■の原色】だなと、見当違いなことをイグレインは思ってしまう。
が、少し思考がウーサーの瞳の方に向いてしまったがイグレインはそれを振り払い、直ぐに今の現状に意識を傾けた。
ウーサーが怒りこの表情になる原因は大抵あちら絡みだという事をイグレインは嫌と言う程知っている。
その証拠がウーサーのこの怒りを抑えているようで余り抑えられてないこの態度と黒いオーラ。もう完全に奴等が黒だ。黒だけに。
しかし、ウーサーが怒る理由が分かっても聞かないと話が進まない、と判断したイグレインは大きく溜息を吐き長い沈黙の後、嫌そうに確認するように言った。
「はぁ………………もう貴方のその態度で呪いを掛けたの犯人が誰だか分かったけど、一応聞いておくわ。解呪した呪い………お父様と妹達がやったモノと言うことでいいかしら?」
イグレインは元【アヴァロン】に住まう精霊で、そこを治める【王】の十人姉妹の長女だった。
しかし、ある事件により彼女は【アヴァロン】から離れた。その時にイグレインは家族としての縁が切れ【王】の娘、姉妹ではなくなってしまったのだ。
【アヴァロン】から離れ長い放浪の末、この国に辿り着きある衝動でうっかりウーサーを誘拐してしまうが、それが切っ掛けで彼女はウーサーと【ナマモノ】の【アヴァロン】への案内人として“協力者”となった。
“協力者”イグレインの質問にウーサーは冷笑を浮かべ、
「ええ。呪いの内容は───絶対に口にはしたくないので言いませんが、一言で言うと■■が沸くほど反吐が出る、ですね。本当だったら、解呪ではなくこの世の数字では表せないくらいの倍で返したかったのですが」
「【ナマモノ】の必死の説得で止められたのね。よくやったわ【ナマモノ】。ウーサー、貴方は大いに反省なさい。気持ちは解らなくもないけど、それをやってしまえば全てが無駄になってしまうの分かっているのでしょう?」
「はい……。すみませんでした」
イグレインの二度目の叱責に冷たい笑顔を引っ込め、今度はちゃんとしゅんと反省するウーサーだった。
「でも、よく耐えたわ。そこは褒めてあげる」
「【アレ等】じゃなかったからなんとかとどまれました」
「……【アレ等】じゃなくて本当に良かったわ。……それにしても、本当に碌な事しないわね、あの人達」
元親姉妹に対して嫌悪感を隠しもせず吐き捨てるようにイグレインは言ったが、その表情はほんの少しだけ何処か悲しげなものだった……。
いつまで続くかわからないおまけ〜没シーン〜
彼女はマーリン達を一度だけ直接見た事があった。
───それは、ウーサーが気絶したマーリンを浴場で彼等の身体を洗った時。
初めて彼等を見た時は、その酷く悲惨な姿に人の感情を余り持ち合わせていない精霊である彼女でも、戦慄が走りいつもの微笑みの仮面が落ちて無表情になってしまう程だった。
「イグレインさん」
ウーサーに名前を呼ばれ、我に返り彼の身体を洗う為のただの水ではなく、浄化の作用がある水を出現させた。
おわり




