【二十九話 アクマの森の仔〜暁〜⑤】
別タイ:灰色の“護符”又は呪符とも言う
「今度はウーサーちゃん無しで囮なってもらうのよ」
ヴォーティガンの言葉に一時停止した兄を余所に彼は続ける。
「前に囮になって失敗したのはウーサーちゃんがいたせいなんでしょう?だから、今度はそのウーサーちゃんを抜きにして囮になってもらうの」
「お、叔父上...そ、それはっ」
我に返った兄が顔と声を引きつらせながら何とか言葉を続けようとしているが動揺しているせいで上手く出てこない。
そんな兄の代わりにエムリスが、
「ヴォーティガン様、それでは殿下に何かあった時、儂等では対処出来ぬ可能性が高いですじゃ。恥を承知で言いますが、メルリヌスの坊やには儂等の魔術の守りなど薄っぺらい紙同然なのですからのぅ...」
長い白髭を撫でながら言う横で、少し落ち着いた兄が悔しそうに手を握りしめながら続けて言う。
「お、俺も情けない話ですが、メルリヌスの強力な魅了の魔術に何処まで抗えるが分かりません...!」
「あら?私はウーサーちゃん抜きで囮になってとは言ったけど、兄ちゃんに身一つでやってとは言っていないわ。ちゃんと対策は考えているから安心して」
「え?」
「ほう?対策とは一体どんなものなのでしょうかのぅ?」
叔父の言ったこと思わずにきょとんとする兄に対して、エムリスの方は彼の言った対策とやらに興味を持ったようだ。
「あるものを使うの。今は此処にはないけれど、直ぐに用意してもらうわ───ウーサーちゃんに」
「ウーサーに?」
「....ああ、なるほど。そういう、事ですかのぅ...」
「?」
「にゅ?」
突然指名されたウーサーに全員視線を向ける。
何故と思う者達と対策の内容を理解し、死んだ目で遠くを見て現実逃避をしようとする者。
四人の反応を楽しそうに眺めるヴォーティガンはまだよく分かっていない様子のウーサーに、
「そう言う事よ。と、言う訳でウーサーちゃん。急で悪いけどあの“護符”を今から沢山作ってちょうだい」
「“護符”?」
「そうよ。ウーサーちゃんの作ったとても強力な“護符”これなら兄ちゃんを守る事が出来るはずよ」
初めて聞く単語に反応したマーリンに今から悪戯を仕掛ける子供のような笑顔を向けて言うヴォーティガン。
「兄さんの“ハジメテ”を守れるなら構いませんよ。どれくらい必要な「ちょちょちょっ!ちょっと待てーーー!!」兄さん?」
作る枚数を聞こうとした途中で、兄が物凄く焦った声でウーサーの言葉を遮ってきた。
「“護符”ってアレですかっ!?ウーサーの作る“護符”って!あの“教え”が書いてあるウーサーの“護符”ですかっっ!!?」
「兄ちゃん、動揺しすぎて語弊がおかしくなっているわよ。ええ、そうよ。あの“教えの後継者”であるウーサーちゃんが作ったありがたくもこわーい“護符”よ」
「やはり...ですかのぅ.....」
「嗚呼.....」
“護符”と聞いて頭を抱えるエムリスと床に膝をついて青褪める兄。
それぞれの反応を若干引いて見たマーリンは、ウーサーの方に目を向け、
「おい。お前か作る“護符”ってヤツ、何かヤバい効果でもあんのか?」
「そんな訳ないじゃないですか。至って普通の“護符”ですよ」
「普通じゃない!!」
「普通じゃないですじゃ!!」
「にゅ!?」
兄とエムリスに凄い形相で否定され目をまん丸にして驚くウーサーにマーリンは、
「.....普通じゃねぇんじゃねぇか」
と呆れた様子で呟く。
「ウフフ、妹ちゃんとウーサーちゃんは普通の“護符”と言うけれど、他の子からしたらアレはもう“呪符”ね」
「...やっぱそうなんのかよ」
短いコントを楽しそうに笑って答えるヴォーティガンの言葉にマーリンはもう驚かないとでも言うように言った。
「“護符”はね、私の国のごく一部の王族が受け継ぐ“教え”の内容が書かれた物なの。これを持っていれば、盛りのついたおバカさんが襲って来る事はほぼ無いのよ」
「ふぅん...(それは、いいことなんじゃねぇのか?)」
「因みにこれがその“護符”ね。ああ、これは私の妹ちゃんが作ったものよ」
スッとヴォーティガンが懐から出した長方形の一枚の黒い紙。
それを見た瞬間マーリンは得体の知らない悪寒が背中を走り思わず、
「うっ!?」
「ひっ!」
「おぉぅ.....」
短い悲鳴がマーリンに続いて兄、エムリスの悲鳴が上がった。
三人が悲鳴上げるくらいその紙は兎に角黒かった...。よく見ればその紙の黒は紙本来の色ではなく、小さな文字の羅列で紙が真っ黒に見えてしまうほどびっしり書かれてそう見えていたのだ。
更に黒は紙だけではない。そこから放たれるオーラも黒い。一字一句の書かれている言葉から何か途轍もない怨念めいたモノが宿っていて、それが一つとなり凄まじいオーラとなって放たれているのだった...。
「この紙一枚にはとーーーっても素敵なおバカさんたち専用の黒い悪夢と地獄、究極の狂気と怨念みたいなモノが宿っているのよ」
「それもう本当に呪符だろ」
思わず真顔でツッコミを入れるマーリン。君の言うことは最もだ。
「まぁ、そうなのだけど。でもね、これを持っている子には外はまったくないの。あるのはさっき言った盛りのついたおバカさん達だけよ。
肝心の効果はおバカさん達のおバカ度によるわね。
ちょっと下心のある者は悪寒と悪夢を数週間体験して、ムッツリな者は全身(主に下半身)に悪寒と痛み悪夢が数カ月あるのと数年性欲を失うか、そのままかしら。
そして、一番この“護符”の効果が発揮されるのは犯罪級のどうしようもない奴等ね。この符に書かれている“教え”の制裁をフルコースで夢で体験できるの。不思議な事にその夢で体験した制裁の痛みと恐怖が現実にも表れて、一生異性同性とも仲良くできない身体にされてしまう、とっても優れたアイテムなのよ♪」
「それもう守りとかじゃなくて呪いじゃねーか」
マーリン二度目のツッコミ。もう、彼の言う通りこれはもはや呪いだよね。
でも、実はかなりこのアイテム人気があって、主に女性子供が持っている。後は旅の商人とか。
だってこれを持って旅に出れば、盗賊に襲われないし、治安の悪い所で一人歩いていても路地裏に引き摺られなくなるからという高評価を貰っているのさ。見た目はアレなのにも関わらずだよ。
勿論男性にも人気があって、これを持ってれば変な異性同性に付き纏われなくなったと喜ばれていたし。
なお、効果の対象は人、霊、幻想の住人、悪魔、神他の全種族。お値段は無料。本当に必要と思う人の手にしか渡りません。
悪事に利用して売ろうとすれば謎の体調不良と不幸が起こるのでやる人は殆どいません。
「ウーサーちゃんに“護符”を作ってもらう中で、特別三枚一番強力な物を兄ちゃんに持ってもらうわ」
「え゛?」
「こら、兄ちゃん。そんな嫌そうな顔しないの。もうこれしかないんだから。今から話す作戦が失敗したら、もう後がないと断言してもいいのよ。
だから我慢して“護符”を持ちなさい」
「.....はい」
真剣に諭すヴォーティガンに兄は数秒黙った後覚悟を決めたようだ。
兄の返事を聞き、満足気に頷いたヴォーティガンは、先ほどから何かを考え込むように顎に手を当てるウーサーの方を向き、
「そういう訳でよろしくね♪ウーサーちゃん」
と、頼まれたウーサーは顔を上げ、ヴォーティガンの方を見て、
「分かりました。その前に一つ気になることがあるのですがいいですか?」
「何かしら?」
可愛い甥に優しく笑むヴォーティガンにウーサーは曇りのない純粋な目で言った。
「“ハジメテ”って何ですか?」
いつまでつづくか分からないおまけ
〜作戦会議の後のウーサーと【ナマモノ】の会話〜
ウーサー「“ハジメテ”の意味を聞いたのですが、皆さん「まだ知らなくていい」の一点張りで誰も教えてくれませんでした」
【ナマモノ】「そりゃそうだろうね」
ウーサー「何故ですか?」
【ナマモノ】「君が知るにはまだ早い年齢だからだよ」
ウーサー「むー...でも、マーリン君は知ってるような顔してましたよ」
【ナマモノ】「あー...それはあれだよ。知りたくて知ったわけじゃないことだから、ね。間違っても彼に聞いちゃダメだよ。彼にとって精神衛生上とてもよろしくないことだから」
ウーサー「なるほど、分かりました。もうちょっと成長したら知っていくということで良いんですね?」
【ナマモノ】「うんうん、そうだよ。偉い偉い(知ったら知ったでこの【竜】絶対変なこと言って場を凍りつかせそうだもんね。「“ハジメテ”とは交尾のことだったのですね」とか言っちゃったりしてさ.....)」
おわり




