【十話 湖の貴婦人⑦】
別タイ:蒼色の燐光、瑠璃色の声
結構難産でした……。戦いを書くのは難しいですね、うん……。あ、今回ちょっと話長いです。
「ランスロット……」
ここは『湖の城』の奥にあるランスロットと過ごした部屋。その部屋にある寝台に寝かされたウーサーの手を両手で包み心配そうに見るイグレインがいた。
『湖の城』に戻ったイグレインは直ぐにウーサーに治癒の魔術を施したが、何故か魔術が掛かりにくく、中々吐血が止まらなかった。
やっと吐血が止まったのは治療を開始してから、約四時間後の事だった。
しかし、吐血は止まったが、肝心のウーサーは一向に目を開かない。呼吸は安定し顔色はまだ少し悪いが徐々に色を帯び、体温も戻っているのにも関わらずにもだ。
イグレインは殆どウーサーの血で汚れてしまったドレスを水で落とす事も忘れ、唯ひたすらウーサーが目覚めるのを祈り手を握りながら待ち続けた。
「お願い……目を開けて、ランスロット」
するとイグレインの祈りが通じたのか、ウーサーの瞼がふるりと震え、ゆっくりと開き始めた。
「ランスロット!」
意識を取り戻したウーサーにイグレインは歓喜し、思わず彼の顔を覗き込んだ。
「精霊さん、悪夢から覚めて本当の【色】を視なさい」
パチリと開いたキレイな蒼い夜空の瞳と、それを映した湖の色の瞳。二つの色がぶつかった刹那
───カチリ
イグレインの【中】で何かが嵌る音が響いた───。
「っ!!?」
イグレインは払い除ける様にウーサーの手を離し、大きく跳躍し後ろに下がった。
恐れ、戸惑い、そして怒りが混じり合った目でウーサーを睨み
「お前は何者?!その視た事のない恐ろしい【色】は何?!」
「私の【色】を恐ろしいと思いますか……。良かったです。どうやら貴女は正常なようですね」
ベッドからゆっくりと起き上がり、イグレインを見るウーサーの瞳に蒼い燐光が宿り更に彼の瞳の色が美しくもこの『宇宙』『星』『世界』にも無い未知の蒼へと変えてゆく……。
「何を言っているの!?いいえっ、そんな事はどうでもいいわ!あの子をっランスロットを何処へ隠したのっ!!?」
「私はあの子を隠してもいないし攫ってもいませんよ。ランスロットさんは「黙りなさいっ掠奪者っ!!あの子の名を軽々しく口にしないで!!」」
イグレインが怒声を発するのと同時に彼女の身体から、不穏な紫黒が混じった湖色の魔力が溢れ、魔力に触れた湖の水が激しい渦になって彼女を囲う。
「うわぁ…。あの精霊ちゃん、かなり憑かれちゃってるね。しかも、半分くらい奴等に汚されちゃってるけど」
「ですが、ランスロットさんを含めた子供達が彼女を守っていますから穢れの進行は手遅れになるでまでには至っていません」
ぬるっと白いのを伴った【ナマモノ】が現れウーサーの肩をよじよじよじ登りながら現れた。
今度は【ナマモノ】をはたき落とさずに、今にも攻撃してきそうなイグレインを注視しながら答える。
ウーサーもベッドから降り、臨戦態勢をとった。
「作戦会議でも言ったけど、ウーサー君?」
「分かっていますよ。使うのはこの【みず】と私の魔力だけしか使いません」
「よろしい!」
〚おかあさま……〛
「安心して下さい。貴方のお母様には酷い事はしませんよ」
「そうだよ〜。逆に君のお母さんに酷い事してる最低な奴等を、今からウーサー君がお母さんから引き剥がしてボコボコにしてくれるからね!」
「付いてるバッチイのしっかり綺麗に洗いますからね」
「お願い。子供達のいる前では洗わないで下さい。トラウマになるから、マジで」
「?分かりました」
〚……(だいじょうぶかな)〛
ウーサーと【ナマモノ】がコントをしている間にイグレインが魔術で水を槍を形成し始め、彼等に攻撃を仕掛ける態勢に入る。
「ランスロット、ランスロットランスロットランスロット!あの子をあの子をあの子をあの子をあの子を───返せーーーーーー!!!!」
イグレインの絶叫と共に幾数もの水の槍がウーサー達に向かって穿たれた。
〚おかあさまっ!〛
「わぉ!すごい数!」
「届きませんよ」
ウーサーが言った通り、水の槍は彼等を貫く前に音もなく消滅、否、透明な壁によって溶けて呑み込まれていった。
「!?」
何が起きたのか分からず、イグレインは驚いて数秒固まっていたが、直ぐに攻撃を再開する。
剣・斧・弓・猛獣など水を様々な形に変え、更には大きな波を作り彼等を襲うも、全て到達する前に透明な壁に溶かされ呑み込まれてしまい、彼等に届く事はなかった。これには流石のイグレインも思わず、
「っどうして!?」
と、動揺し叫んだ。それに対しウーサーは冷静に答える。
「この【みず】は『宇宙』が写し取ったモノの一つ。だから、貴女の水がその元に還って来るのは当然の事です」
「【みず】?写し取った?」
「分かりやすく言うと、これは全ての水の真の原初なんだよ。大昔、『宇宙』が創られた時、『場所』にある【みずのないうみ】が少し流れ出てね、それを『宇宙』が拾ってそこでも在る事が出来るモノに創り変えたのが精霊ちゃんが操る水って事なのさ。まぁ、その水もその一部だけどね」
「真の原初の水……ですって?」
イグレインはウーサーの肩に乗っかっている【ナマモノ】の言葉に混乱してしまう。
もし、あのよく分からない白くて生っぽい奇妙な生物の言う通りなら、彼女の攻撃は全てウーサーの操り作り出した【みず】の壁により全て無効化されてしまうという事。
そうなるとイグレインに勝ち目は無い、がしかし、
「っそれがどうしたというの!?私はっ例えこの身が消えようとも、私の大切な子を取り戻すの!!」
〚だめです!おかあさまーー!〛
白いのが慌ててイグレインを止めようとするも、彼女に白いのの声は届かず、そのまま再び水の魔術で攻撃しようとした───、
「……え?」
イグレインが湖の水に魔力を幾ら注ぎ込んでも、水は全く何の反応もしない。それどころか彼女の声にさえ応えない。
「どうしてっ!?」
「私も唯【みず】の壁だけを作って貴女の攻撃を防いでいた訳ではありませんよ。───下を視なさい」
動揺するイグレインにウーサーは落ち着いた様子で彼女に下を視る様に促す。
ウーサーの言葉に警戒しながら恐る恐る足元を視た。
「!?」
そこには水に属する精霊であるイグレインが今まで見たことも感じたことも無い、全く知らないみずが彼女の足元に広がっていた。
「これが、真の原初の水、だと言うの……?」
「【ナマモノ】さんが言うのですからそうなのでしょう。これは私達の在る『場所』に存在する【みずのないうみ】の【みず】であり、私が使う事の出来るモノの一つです。───なので」
「あぐっ!」
ウーサーが左手を上に動かすと【みず】が縄の形になり、イグレインの腕と胴に巻き付き一瞬で拘束した。
〚おかあさまっ!?〛
「あっ!こらこらダメだよ、近づいちゃ!君のお母さんを縛ってる【みず】はただの水じゃないんだ。
使い手が動きを封じる対象者以外の存在が触っちゃったら、あっという間に全部蒸発しちゃうから今は大人しく見ていなさい」
〚!?それではおかあさまがきえちゃう!〛
「だから大丈夫だって言ったでしょ。ウーサー君は【みず】に君のお母さんを拘束とあのバッチイのの浄化をするようにだけ命令しかしてないから蒸発する事はないよ。その証拠にお母さん、消えてないでしょ?」
【ナマモノ】が示す方にはイグレインが【みず】の縄によって拘束されている姿があった。
その母の姿に複雑ながらもホッとした白いのは、まだ不安があった。
〚う、うん……でも、アレが〛
「ああ、アレね」
【ナマモノ】と白いのが「アレ」を視る。彼らの目に映ったモノは、イグレインに憑いている無数の死霊と生霊の顔が彼女の次々と身体から出てきているものだった。
「精霊ちゃんにアレがいっぱい憑いていたのは分かってたんだけど、多すぎない?」
「そうですね。私もまさかこんなに黒くてバッチイのが付いていたとは思いませんでした……」
「………ウーサー君、そろそろ自分の眼調整し直しなよ」
「?私の眼は正常ですよ」
「全然正常じゃないよ。あー……それはまた後ででいいや」
〚あのひとたちはなんなのですか?なんでおかあさまにひどいことをしているの?〛
「あれはね、君と同じ様に彼女に助けられた子供達の親の死霊と生霊さ。最も奴等は親とも言い難いほどの屑だけど」
〚………〛
「一人一人大したことはない、あの精霊ちゃんでも祓える雑魚なんだけど、あんな一纏めに憑かれちゃちょっときついかなぁ」
「それだけではありませんよ。彼女がそんな大したことのない雑魚さんを憑かせてしまったのは、やはり大切な息子さんを目の前で失ったことが大きいでしょう。喪失で開いてしまった彼女の【中】にあった呪いの気配が漏れ出てしまい、それに引き寄せられて次々と黒くてバッチイのが入ってきてしまったのでしょうね」
〚のろい!?〛
イグレインの【中】に「呪い」がある。白いのは衝撃的な言葉に絶句してしまった。一方、【ナマモノ】の方は全く驚いた様子はない。元から知っていたのだろう。
「どう?このまま奴等引き剥がせそうかい?」
「バッチイのを更に汚す呪力とその源である呪いの方は消しましたが、そのバッチイのが思った以上にしつこい汚れだったので、縄だけの洗い出しは難しいですね。もう少し強めにしないと【中】まで洗い流せないのですが……」
「うぅっ!」
〚おかあさま!〛
ウーサーが【みず】に少し力を注ぎ込もうとすれば、イグレインは苦しそうに声を上げ、とうとうその場に膝をつき座り込んでしまった。
「……叔父さ、オネェさん。本気で精霊さんを退治しようとしたから、そのダメージが完全に癒えていないのでしょう。あの状態で浄化をすれば消滅こそしませんが、身体には大きな負荷を与えてしまいます。
最悪、数百年以上は眠って癒やさなくてはいけなくなります」
〚そんなっ!〛
最悪な事態を聞いてしまい絶望的な悲鳴を上げた白いのにウーサーは視線だけを向けて言った。
「そうしない為の方法はあります」
〚ほうほうがあるのになんではやくつかわないのですか!?〛
方法があるという言葉に思わず怒りをぶつける白いのにウーサーは視線を逸らさず、
「その方法には貴方の力が必要不可欠なのです。白いのさん、いいえ───ランスロットさん」
〚!?〛
白いの───ランスロットはピタリと怒りで震わせていた身体を止めた。
「力を貸して、くれますね?ランスロットさん」
蒼い燐光を帯びた綺麗な蒼い夜空の瞳を見つめ返したランスロットは迷わず頷いた。
〚はいっ!〛
「いい返事です。では───」
グワシッ!
「へ?」
二人のやり取りを傍観していた【ナマモノ】は丸くて柔らかい頭をウーサーに鷲掴みにされ───
「【ナマモノ】さん、ちょっとあのバッチイのの足止めとついでに汚れ少しだけでも落として行って下さい」
「はびゃあぁぁーーーーーー!!!?」
〚ええーーー!?〛
ブォン!と黒くてバッチイ群衆の中へぶん投げられていきました。
そしてその中に放り込まれた【ナマモノ】に更なる悲劇が襲いかかる!
「ぎゃぶぼぶぁ!ぶぅぢゅうぅぅぅ!!!」
バッチイ群衆の一つの顔面に見事ぶち当たり(しかもおっさん)【ナマモノ】と顔面は熱っっっっいベーゼをかましてしまった!!
恐ろしいベーゼをかましてしまった二人の断末魔が木霊する。
「これで少し時間が稼げます」
〚あ、あのなまっぽいひと(?)はだいじょうぶなんでしょうか?〛
「問題ありませんよ。【ナマモノ】さんはアレくらいの汚れでどうこうなるような、柔らかいけどやわな身体ではありませんから。あと、私の【みず】で蒸発することもありません」
〚でも、なんかものすごくもがいているようなきがするのですが……〛
なお、この恐ろしい場面はランスロットに見せないようにちゃんとウーサーがちょっとランスロットの眼に細工のフィルターを掛けていたので、ランスロットの眼には【ナマモノ】が唯藻掻いているようにしか視えていませんので安心して下さい。
そして、ランスロットの言った通り【ナマモノ】は短い足を必死でバタバタさせていた。
「臭いが予想以上にキツかったのかもしれません。汚れはどうにかなるとして、臭いまではどうすることも出来ないのを失念していました。投げる前に鼻栓を付けてからやってあげるべきでした……」
〚たぶん、においだけのせいじゃないようなきがします……〛
「さぁ、【ナマモノ】さんが身体を張ってバッチイのを引き付けている間に、私達は精霊さんからバッチイのを引き剥がしましょう」
〚は、はい!なにをすればいいのですか!?〛
「精霊さんに貴方の声を届けてあげるのです。私の魔力を貴方の声に乗せて届きやすようにしますから貴方はありったけの思いを込めて声を届けるのです。大丈夫ですよ、貴方の声は今度こそちゃんとお母様に届きます。だから、今までの通り諦めずにお母様のことを呼んであげて下さい」
そう言うと、ウーサーはイグレインに向けて手を差し出すように上げた。すると、彼の掌から瞳の燐光と同じ色を帯びた蒼い魔力の光が生じる。
ランスロットにもう一度視線を向け頷くと、ランスロットも頷き返し迷わずウーサーの掌に乗り、
〚おかあさまーーーー!!!〛
ありったけの思いを込めてランスロットは母を呼んだ!
ランスロットの声と想いを乗せた蒼い魔力はイグレインに向かって飛んで行き、死霊・生霊の瘴気と呪いで出来た穢れの壁を突き抜ける。
そして、蒼い魔力はイグレインを守るように包みこんだ。
「───あ」
懐かしくて、もう一度聞きたかった愛しい我が子の声。傷の痛みも穢れによる苦しみも跳ね除け、イグレインは俯いていた顔を上げた。
「嗚呼っ!!」
湖色の瞳は長い時を経てやっと視えた。
薄水色の髪と瑠璃色の瞳の小さくて幼い男の子の姿───ランスロットを……。
いつまでつづくのか分からないおまけ〜ある記録者のレポート【竜】と【龍】について〜
一般的に『宇宙』『星』『世界』の認識としては【竜】と【龍】は邪悪な存在であるか、神聖な存在であり最強の幻想種です。
【竜】と【龍】と存在が生まれた経緯は【生贄竜】───【■】【■■■】【□】の三体の獣の創った【宇宙(檻)】が出来た際に獣達の因子の一部が流出しました。
その流出した因子を【宇宙(檻)】が取り込み三体の獣を模した幻想の獣達が誕生したのです。
なので、【生贄竜】は全ての【竜】と【龍】の祖になります。
これは【竜】と【龍】達も本能的に理解しているそうです。
続いて人間達から名が知られ知名度が高い【竜】と【龍】は最強の存在として捉えられている事がおおいようですが、彼等からしたら最強の【竜】或いは【龍】とは無も不明、知名度も不明なモノが最強だと言われています。こればかりは魔力の量と質と覇気を感じないと分かりませんね。
何故そちらの方が最強の証になるのかと言うと、彼等の名にはとんでもない程の力と呪力がそれはもうゴリゴリに込められているからです。
同等の力の者同士だったら互いに名を言っても明かしても問題ありませんが、力が釣り合わなく耐性も無いようものなら、名を聞いただけで名の持つ力に負けて死にます。姿を見ただけでもアウト覇気で押しつぶされて死にます。
もし、同胞同士で戦うことがあろうものなら必ず己の力量は鉢合う前に感知するのが、【竜】と【龍】の常識なのです。
勿論、【生贄竜】にも本来の名はありますが我々は知りません。
知っているのは【生贄竜】と同じ二体の獣とあのサボり魔の【ナマモノ】だけです。
三体の獣の天敵である【アレ等】と【■■■■■■】は知りません。
知ったら多分一瞬で蒸発するでしょうからと、サボり魔は言ってました。
それと、それでは彼等の怒りの溜飲は収まらんからと笑っていってました。
確かにそうかもしれませし、獣達もあんな輩に自分の名を名乗ることなどしたくはないでしょうと私も思いました。
以上