07話 初仕事・3
グルタの合図で、武器を構えた盗賊たちが、エサに群がるアリのように殺到してきた。
「あわ、あわわわわわっ!!!?」
「いいか。俺の背中から離れるな」
「ひゃわわわわわっ!!!?」
「……聞いてないな、この駄女神は」
こんな時なのに……と、悠は吐息をこぼした。
とりあえず、フィニーを背中にかばう。
面倒ではあるが、さすがに主を見捨てるわけにはいかない。
「まずは、これでもくらえっ!」
悠は足元に落ちている小石を拾い、それなりの力を入れて投げた。
ヒュンッ!!!
「ぐあっ!?」
小石は銃弾のように速く鋭く飛んで、一人の盗賊の肩を貫いた。
突然のことに、他の盗賊たちは目を丸くして、足を止めてしまう。
ただ、驚いているのは悠も同じだった。
まさか、ここまでの威力があるなんて……
今のは、ほんの10%くらいの力だ。
これでもし、100%を出したら……?
「……やめとくか」
全力に小石が耐えられるかわからないし、自壊せず無事に命中したとしても、色々とグロい展開になってしまいそうだ。
さすがに、そこまでやるつもりはないし、やりたくもない。
「まあ、これならいけそうだな……よっ!」
小石を数個拾い、まとめて投擲した。
複数の盗賊が悲鳴を上げて倒れた。
小石を投げただけで、これほどの威力が出るなんて……
盗賊たちは萎縮してしまう。
「情けない姿を見せてるんじゃねえ! 相手は二人だっ、数で押せ!」
グルタの叱咤に、盗賊たちは我に返った。
曲りなりにも、殺し合いをしてきた者たちだ。度胸は、それなりにある。
盗賊たちが一斉に襲いかかってきた。
「フィニーっ、魔法を!」
「あ、あわわわっ」
「早く!」
「は、はいっ……!」
悠の一喝に、フィニーは慌てて魔法を詠唱する。
そして、手をかざした。
「シャイニー・フラワー!」
ぽんっ、と花が出てきた。
「ど、どうぞっ。花です!」
「このポンコツがあああああああっ!!!」
やはりというか、フィニーは錯乱したままだった。
「この駄女神! もういいっ、そこで亀のようにうずくまってろ! いいな!? 動くんじゃないぞっ。下手に動いて邪魔したら、遠慮なく踏むぞ!」
「ぴぃっ!?」
恫喝……ではなくて、忠告をして、悠は拳を構えた。
盗賊が飛び込んできた。
走る勢いそのままに、短剣を突き出してくる。
……が、遅い。
(なんだ、これは?)
まるでスローモーションだ。
その上、悠は体を自由自在に動かすことができる。
悠は自覚していないが、フィニーの使徒になったことで、人間離れした力を手に入れていた。
単なる腕力だけではなくて、速度、動体視力、思考回路……全てが強化されている。
故に、フィニーは言ったのだ。
普通の人間は相手にならない……と。
「なるほどな」
ようやくフィニーの言葉を理解した悠は、拳一つで盗賊たちを撃退した。
武器を手に突っ込んでくる盗賊たちを、カウンターで打ち倒す。
全力を出してはまずいことになるとなんとなく理解しているので、手加減は忘れない。小動物に触れるように、そっと、優しく殴る。
殴って、殴って、殴って。
気がついたら、ほとんどの盗賊たちは昏倒していた。
「ちっ、この役立たず共が!」
倒れる部下たちを見て、グルタが吐き捨てるように言う。
もう任せていられないと、剣を抜いた。
どんな細工が施されているのか、剣はうっすらと輝いていた。
「ようやく親玉の出番か?」
「軽口を叩けないようにしてやるぜ!」
グルタが駆け出して……
不意に、その姿が消えた。
「なっ!?」
目標を見失い、さすがの悠も足を止めてしまう。
標的がいないと、どこを攻撃していいかわからない。
ヒュンッ!
悪寒がして、後ろに下がる。
が、わずかに遅れた。
腕の辺りに、チリッと灼けるような痛みが走る。
何かで斬られたように、傷ができていた。
「へへへっ、どうだ? さっきまでの余裕が消えてるぜ?」
姿は見えないのに、声だけが聞こえる。
「……なるほど。これが、お前の能力か。確か……『インビジブル』だっけか?」
「なんだ、知ってるのか」
「そこのあほ女神に聞いた」
「あ、あほ言わないでくださいよぉ……」
フィニーが抗議の声をあげるが、今は無視した。
「なるほどな。能力を与えた本人だから、知ってて当たり前か。まあ……知ってても、どうしようもないだろうけどな!」
気配が消えた。
くるっ!
悠は直感を頼りに、左に体をひねる。
さっきまでいた空間を、何か鋭いものが走ったような気がした。剣で斬りつけられているのだろう。
ただ……さきほどの傷が気になる。
グルタが持っている剣は普通のものとは違う。おそらく、魔力が込められた魔法剣というヤツだろう。
そんな剣の一撃を受けて、かすり傷で済んだ? そんなこと、ありえるのだろうか?
身体能力が強化されているらしいが……ひょっとして、肉体的強度も増しているのだろうか? かなり頑丈になっているのだろうか?
とはいえ、実戦でそれを試すつもりはない。失敗したらアウトだ。
「へっ、運は良いようだな。だが、いつまで保つかな? 見ものだぜ」
「くそっ……おいこら、駄女神! 何が、俺たちに叶う相手はいない、だ。おもいきりピンチになってるぞ! ウソついたなっ」
「う、ウソなんてついてませんよぉ……」
「じゃあ、この状況をどう説明する!?」
「わ、私は、その、普通の人は相手にならない、って言っただけで……転生者は、能力があるから、場合によっては脅威になる、って……」
「んなこと今聞いたぞっ!?」
「あ、あれ? 言ってませんでしたっけ……?」
「言ってねぇよ! そんな大事なこと言い忘れるなんて、フィニーは鳥頭かっ。この鳥女神がっ」
「ついに人以下に!?」
フィニーを罵倒しても仕方ない、落ち着こう。
悠は軽く深呼吸をして、頭をクリアにした。
そして、考える。
敵の姿は見えない。
完璧な光学迷彩でも使っているかのように、周囲の景色に完全に溶け込んでいる。
気配も感じない。
足音もしない。
つまり、敵の位置を知ることは不可能だ。
(なら、どうする?)
考えて、考えて、考えて……
やがて、一つの結論にたどり着いた。
「おいっ、ちまちまと攻撃してないで、一気に来たらどうだ? そんなんじゃ、いつまでたっても俺を倒せないぞっ」
「はっ。そんな安い挑発に乗るか。俺が近づくのを待ってるんだろ?」
「いや、単なる時間稼ぎだ」
「なに?」
話をしている間に、悠は自分の体に意識を集中させた。
フィニーは言っていた。自分は、魔法を使うことができる……と。
いきなり魔法を唱えることはできないが……
魔力を拳に乗せて、攻撃力を増すことはできるのではないか?
漫画やゲームでは、わりとよくある展開だ。
きっと自分にもできるはずだ。
そう考えた悠は、集中して、己の体を流れる魔力を探し出した。
そして、それを拳に集中させる。
「な、なにをするつもりが知らねえが、お前に俺は見えない。これは絶対だ」
「ああ、見えないな。だから……」
悠は、魔力を乗せた拳で地面を殴りつけた。
ゴォオオオッ!!!
爆薬が炸裂したかのように、地面に大穴が空いた。
そして、衝撃波と粉砕された土と石が吹き荒れる。
広間に暴力の嵐が吹き荒れて……
「見えないなら、逃げられないように、まるごと全部攻撃すればいいよな」
倒れて気絶しているグルタに、悠はニヤリと笑ってみせた。
……とはいえ、少しやりすぎたかもしれない。隕石でも落ちたように、クレーターができている。
これでも、まだ10%のままだ。
魔力を上乗せしただけで、こんなになるなんて……
全力を出したら、どうなってしまうんだろう?
試してみたい、と思うと同時に、自分が人間の規格を越えた『ナニカ』になってしまったというような、恐れも抱いた。
「おい、フィニー。終わったから……」
帰るぞ、と言いかけて、目を丸くする。
少し離れたところで、同じように気絶してるフィニーを見つけた。
おもいきり巻き込まれたらしい。
「……正直、すまん」
さすがに悪いと思い、とりあえず、頭を下げておく悠だった。