04話 異世界転生の女神さまのお仕事
「よいしょ、っと」
フィニーは、『本日の営業は終了しました』という札を表に出して、教会の入り口を閉じた。
「営業時間なんてあったのか……」
「あ、ありますよ。神さまといっても、その、24時間続けて働けるわけじゃありませんし……適度に休んだり、寝ないと体が持ちませんし……そ、そういうところは、普通の人の生活と変わりませんから」
「なるほど」
悠としては、休みがあるのは大歓迎だ。
休みもなく、ずっと仕事をしていたら、生前のブラック企業よりもひどい。超絶ブラックになってしまう。
もしもそうだとしたら、仕事を一緒にすると言ったことを取り消してしまうかもしれない。
まあ、実際はそういうわけではないので、安心したが。
……なんてことを考えていると、くぅー、とお腹が鳴った。
「くすくすっ」
「使徒も腹が減るんだな」
「そ、そうですね。基本的に、普通の人と変わらないので……って、ああっ!?」
「どうかした?」
「すみませんすみませんすみませんっ! お腹が鳴ったのを笑ったりしてすみませんっ、許してください!」
何度も何度もフィニーは頭を下げた。
連射機みたいな勢いだ。
そのうち、首が外れてぽーんと遠くに飛んでいくのではないか?
「いや、別に気にしてないが」
「本当ですか? 後で仕返ししたりしませんか? ひ、ひどいことしませんか? 陰険ないじめをしたりしませんか? 私の靴にトカゲを入れたり、とか!」
「俺、そういう風に見られてたの……? というか、やけに例が具体的だな……やられたことあるのか?」
「あぁっ、すいません! 失礼なこと考えてすみません!」
「うん、ループするから謝るのはやめような?」
「すみません!」
「話を聞けっ!」
この後、謝罪とツッコミが、20分ほど応酬されることになった。
――――――――――
説明は食事を摂りながら……ということで、ご飯を食べることにした。
教会の奥が住居スペースになっていて、とても広い。
冷暖房は完備されていて、トイレはウォッシュレット付き。
キッチンは、最新のシステムキッチン。
バスルームは広く、さらに、サウナルームも設置されていた。
さながら、億単位の超高級マンションだ。
全て地球製のものが使用されているが、それは、数多の世界の中で、地球の文明レベルが一番高いから、という理由による。
神さまの住居なので、最新の文明レベルの設備が用意されている、というわけだ。
「「いただきます」」
悠とフィニーはテーブルについて、唱和する。
今日のご飯は、みんな大好きカレーだ。
それとサラダと、デザートに甘い桃。
「うん、うまいな」
「ほ、本当ですか? 私が作ったからって、気をつかってませんか? ま、まずいなら、遠慮なく言ってもいいんですよ? ……ぐすん」
「想像だけで涙目になるな、どんだけネガティブなんだよ」
「すみません……わ、私、どうしてもダメで……全宇宙ネガティブ選手権があったら、ぶっちぎりで優勝してしまうほど、ダメダメなんです」
「卑屈なのか尊大なのかわからないな……」
カレーを食べながら、ふと天井を見る。
電灯が輝いていた。
「ところで、電気とかはどうしてるんだ?」
「あ、そ、それは、魔力で補ってます。ガスも水も、全部、魔力で……」
「へぇ、魔法って便利だな」
「ゆ、悠さんも……使えますよ」
「え? なにを?」
「ま、魔法です」
一瞬、悠は何を言われたのか理解できなかった?
魔法を使える? 自分が?
遅れてフィニーの言葉を理解するものの、実感が湧かない。
当たり前だ。
いきなり魔法が使えるなんて言われても、納得できる方がおかしい。
もしも納得できるとしたら、それは頭のネジが数本抜けている証拠だろう。
「どういうことだ? 説明を頼む」
「あぁっ、す、すいません。いきなりこんなことを言って、混乱しますよね……」
ピンと、悠は閃いた。
「もしかして、使徒になったことが関係してるのか?」
「は、はい。その通りです。えっと、その……使徒になるということは、半分、神さまになるということなので……神さまの力を得ることができるんです。えっと、これを」
フィニーはコインを取り出して、悠に渡した。
「お、おもいきり握ってみてください」
「んっ……って、おお!?」
コインがぐにゃりと曲がった。
ありえない芸当に、自分でやっておきながら驚いてしまう。
「悠さんは、ぜ、全体的に力が上がっていて……えっと、えっと、さながら漫画のヒーローのような力を得ています。それと、ま、魔法も使うことができます。あっ、でもでも、いきなり使うのは危ないのでやめてくださいね?」
「あ、ああ……それはわかったけど、俺、すごいことになってるな。全部、使徒になった影響か」
「は、はい。使徒も、ある意味、か、神さまですから」
「なるほどね……でも、こんな力あっても使い道がないな」
「そ、そんなことはないですよ。わ、私たちの仕事は、ある程度、強くないと務まらないので……」
「ん? どういうことだ?」
死んだ人に能力を与えて、異世界に案内するだけの仕事ではなかったのか?
悠は自分の認識が間違っているのかと思い、視線でフィニーに問いかける。
フォニーは、いつものようにおずおずしながら、ゆっくりと応える。
「えっと、えっと……人々を転生させるだけじゃなくて、そ、その後の経過観察や、困っていたりしたら時にサポートをしたり……そういうことも、お、お仕事に含まれるんです。異世界に転生させて、それきり。はい終わり……じゃあ、さ、さすがに適当と言いますか……投げっぱなしはよくないので」
「あー、それもそうだな。アフターケアは大事だよな」
「そ、その際、荒事に巻き込まれることもなきにしもあらずなので……あ、ある程度力がないと、この仕事は務まらないんです」
「……ってことは、けっこう危険なのか?」
「あ、安心してください。荒事になることは、そこそこありますが……い、今の悠さんに勝てる人なんて、い、いませんから。とんでもなく強くなってますし……た、たぶん、ドラゴン相手でも問題ないと思います」
「いるのか、ドラゴン」
「い、異世界ですから……でもでも、ちょっとは危険かもしれません……た、戦うこともあると思いますし……や、やっぱり、やめますか?」
雨に濡れた子犬のような目で見つめられた。
そんな目を向けられて断れるわけがないだろう。
悠は心の中で苦笑した。
それに、こんなことになった時点で、とっくに覚悟は決めている。
まったく危険がないと言われたりしたら、それはそれで怪しいし、むしろ安心したというものだ。
荒事上等。
『神さま』としての仕事は、きっちりこなしてみせよう。
悠は新たに決意を固めた。
「大丈夫だ、やめたりなんてしない」
「そ、そうですか……ほっ……よ、よかったです」
「こう見えても、ケンカはわりと得意なんだ。荒事は任せてくれ。いざって時は、俺がフィニーを守るから」
悠はにっこりと笑い、フィニーの頭を優しく撫でた。
「ふわ、あわわわっ」
「どうしたんだ? 顔が赤いぞ?」
「い、いえ、その、あの、えっと……わ、私、女神ですから。い、一応、その、悠さんよりも強いんですけど……」
「それもそうか。でもまあ、使徒になった以上、主のために働くのは当然のことだろ? やっぱり、フィニーのことは俺が守るよ」
「はわわわっ」
フィニーがどんどん赤くなる。
まるで茹でダコだ。
「す……」
「す?」
「すいませんすいませんすいませんっ! わ、私なんかのために、そ、そこまで……申し訳なさでいっぱいです、すいません!」
感謝と申し訳ない気持ちを表現するように、フィニーは全力で頭を下げて……
べちゃ。
おもいきり、カレーに顔を突っ込んだ。
「……」
「……」
気まずい沈黙。
しかし、それは長くは続かない。
「あっ……あっ……あああ!?」
「ど、どうした!?」
「目、目がっ……目が痛いです!? カレーのスパイスの刺激が!?」
「……目がー目がー、って言ってみてくれないか?」
「な、何を言っているんですか。あううう……は、早くタオルをください」
「タオルより、顔を洗った方がいいだろ。ほら、こっちに洗面台があるから。俺の手を掴め。連れてってやるよ」
「はぅ……す、すいませぇん……」
顔をカレーまみれにして、情けない声をあげるフィニーを見て、悠は思う。
俺、やっぱり、はやまったかもしれないな……と。




