03話 契約
異世界転生の案内人を務める。
それは、異世界に転生するよりも面白そうだ。
妙なことになってしまったものの、悠は、新しい人生(?)にわくわくしていた。
「あ、あのあの、悠さん? その、えっと……お仕事の説明をする前に、け、契約をしておきたいんですが……」
「契約? なんだそれ?」
初めて聞く言葉だ。
悠が小首を傾げると、フィニーがたどたどしく説明する。
「えっと、その……悠さんは、今、幽霊というか魂だけで……こ、ここにずっと留まることは、ゆ、許されていないんです」
「え、マジで? じゃあ、ずっといるとどうなるんだ?」
「……すっごく怖いことになります」
涙目でそう言うフィニー。
気になるけど、聞かないほうがいいな……
悠は追求しないことにして、話の先を促した。
「な、なので、私と、け、契約を結んでもらいます。それで、し、使徒になってもらいます」
「使徒?」
「えっと……簡単に言ってしまうと、か、神さまの部下、という感じでしょうか。私の力を分け与えて、お、同じ存在に……神格化してもらうんです」
「なるほどね。それなら、ここに留まれるっていうわけか」
「は、はい。ああ、でもでも、本当に部下になるとか、そういうわけじゃありませんから! わ、私の部下なんてイヤですよね、最悪ですよね、死んでしまいたくなりますよね! あうううっ、ごめんなさいごめんなさい、部下なんて言ってしまってごめんなさい!」
「いちいちネガティブすぎないか? って、土下座しようとするな!」
「はぅ……土下座じゃ足りませんか? あ、足を舐めた方がいいですか……?」
「俺を変態にしたいのか!?」
「い、いえ、そんな! 私が舐めたいだけです!」
「お前が変態なのかよ!?」
やっぱり、早まったかもしれない。
ちょっとだけ後悔する悠だった。
「はぅ……す、すみません。わ、私、すぐに混乱してしまうクセがあって……そうなると、と、とんでもないことを口走ることがあって……」
「…………………………気にしてないから」
「すごい間がありました!? 気にしてるっぽいです!」
涙目になるフィニーを、悠は慌ててなだめた。
「え、えっと……それで、契約ってのはどうすればいいんだ?」
「あ、はい。わ、私が魔法を唱えるだけなので、悠さんは、そ、そこに立っているだけで構いません」
「そっか。なら、ちゃちゃっとやってくれ」
「わ、わかりました」
やや緊張した面持ちで、フィニーが悠の前に立つ。
ゆっくりと、手の平を悠の顔の前にかざした。
手の平から光があふれて、温かい熱が伝わる。
「わ……我は、太陽の女神、ふぃ、フィニー。こ、ここに新たな契約を、む、結ぶ。我が力を分け与えて、あ、新たなる、し、ししし、使徒をここに……」
詠唱が途中で止まった。
手の平からあふれる光も消えてしまった。
見ると、なぜかフィニーが涙目になって、ぷるぷると震えている。
「はぅ……ど、どうしましょう……? き、緊張して、うまく魔法を唱えることができませぇん……」
「知るかぁあああああっ!!!」
本日一番の、全力のツッコミが響いた。
「さっき、能力をあげる時は普通にできてたじゃないか」
「あ、あれは魔法ではなくて、神託のようなものでして……べ、別物なんです。でも、こっちは魔法で……し、使徒の契約の魔法なんて、は、初めて使うのでどうしても緊張して……」
「あのなぁ……フィニーのその性格、なんとかした方がいいんじゃないか?」
「うぅ……面目ありません……わ、私もそう思うんですが、な、なかなか……」
「直してみようと、がんばってみたことは?」
「あ、あります……現世に降りてみたことがあります」
「おお、特訓してるんだな。それで、どうなった?」
「た、たくさんの人に注目されて、恥ずかしくなって、あ、慌てて引き返しました」
「ダメじゃん」
「あ、安心してください。も、問題にならないように、その場にいた人の記憶は消しておきましたから」
「そういう気遣いができるなら、もっと他のことにがんばろうな?」
薄々、気づいていたけれど……
この女神、かなりのぽんこつだ。
女神というよりは、やはり駄女神と言った方が正しいかもしれない。
悠は、頭の中でフィニーを正式に駄女神認定しておいた。
「で、どうするんだ? 契約できないとなると、困ったことになるよな」
「は、はい……悠さんは、すごく怖いことに……ちょんぎられます」
「なにが!?」
恐怖が倍増した。
なにがなんでも契約してもらわないといけない。
悠は、固く決意した。
「俺たち、一緒に仕事するんだろ? なら、どうにかして俺を使徒にしてくれよ」
「えっと、えっと、その……」
なぜか、フィニーの顔が赤くなる。
「じ、実は、その……あの……使徒にする方法は、もう一つあるんです……」
「そうなのか?」
「そっちは、魔法を唱える必要がなくて……その……簡単に、すぐに済みます」
「な、なんだ……他に方法があったのか。ヒヤヒヤしたよ」
安堵する悠。
対象的に、フィニーはどんどん赤くなっていく。
もう耳まで真っ赤だ。
「じゃあ、早く契約してくれよ」
「えと、その、あの……ど、どうしてもしないといけませんか?」
「そりゃ、しないと大変なことになるんだろう? 一緒に仕事もできないし……」
「うぅ……でもでも……ちょんぎられるの、我慢できませんか?」
「よくわからないが、絶対にイヤだ」
「ですよね……わ、わかりました! 私、が、ががが、がんばりますっ」
どうして、そこまで気合を入れるのだろうか?
悠は不思議に思うが、尋ねるより先に、フィニーが行動を起こした。
「我は太陽の女神フィニー……その力、ここに」
短い詠唱なら問題ないらしい。
魔法のようなものを唱えるフィニー。
体全体が光を帯びた。
幻想的な光景に、思わず見惚れてしまう。
「悠さん。こ、こここ、こちらへ」
「あ、うん」
「で、では……契約を、し、しますっ!」
ちゅっ。
「え?」
唇に触れる感触。
柔らかくて、温かくて……
フィニーのキスだ。
「はぅ……うううぅ……」
フィニーはものすごく恥ずかしそうにして、もじもじしている。
その態度が、紛れもなくキスをしたという証拠で……
フィニーと同じように、悠も顔を赤くした。
「え? 今の……どうして、だ?」
おもいきり慌てる。
異性を意識する時期は、大体、中学生の頃だ。
しかし、悠が中学生の頃は、色々あってバイトをしていた。
思春期真っ盛りの時にバイトを詰め込んでいて……
当然、恋人ができるはずもなくて……
故に、初めてのキスだった。
どうしても意識してしまう。
「えっと、その、あの……い、今のが、契約する方法……なんです」
「キス……が?」
「い、言わないでください……は、恥ずかしいです……うぅ」
言葉にしたら思い返してしまう。
なるほど、これは確かに恥ずかしい。
悠は、なるべく口にしないように注意した。
「と、とにかく。これで、俺は正式にフィニーの『使徒』になった、っていうことだな?」
「えっと……右手の甲を見せてもらえますか?」
言われるまま、悠は右手の甲を差し出した。
うっすらと、痣が浮かんでいる。
剣のような形をしていた。
「そ、それが私の使徒になった証です。どうやら、せ、成功したみたいですね……」
「なるほど、これが……」
証をマジマジと見つめる。
フィニーの使徒になった。
フィニーと繋がりができた。
妙にうれしくなって、ニヤニヤしてしまう。
「改めてよろしくな」
「は、はい。よろしくお願いします」
悠は、ペコリと頭を下げるフィニーと握手をした。
後に、この二人は異世界転生のシステムに革命をもたらすことになるが……
今はまだ、そのことは知らない。