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25話 心・5

「フィジカル・バインド。マインド・ダウン」


 拘束する魔法を使用した後、意識を奪う魔法を使い、アレクセイの自由を完全に奪う。


「あ、あのあの……傷を癒やしたらダメですか? このまま放っておくのは……」

「ダメだ。回復したら、拘束を破るかもしれない。コイツは頑丈だから、放っておいても死なないさ。むしろ、念押しで何発か入れておきたいくらいだ」

「こ、これ以上追撃をするなんて……お、鬼ですね……いえ、悪魔? いえいえ、魔王……?」

「毒を吐くようになるなんて、フィニーも成長したな。俺はうれしいぞ」

「ぴゃあああああっ!? え、笑顔でこめかみをグリグリしないでくださいいいいいっ!!!」


 ツッコミという名のおしおきを実行して、フィニーを離した。

 涙目でフィニーが睨んでくるが、気にしない。


「さて……これからどうしたものか」


 ひとまず、アレクセイの身柄を確保することに成功したが、これからどうしたものか?

 今までと同じように動くなら、アレクセイの能力と記憶を没収して、それで終わりなのだけど……そんな簡単に終わらせていいものか?


「そ、それじゃあ……能力と記憶を没収して……」

「……フィニー、ちょっと待て」

「はい? な、なんでしょうか?」

「その前に、ちょっとアレクセイを調べたい。なんか、便利な魔法はないか?」

「便利、と言われても……そ、その、もうちょっと具体的に……」

「体の異常を調べるとか、操られていた痕跡がないか調べるとか……それと」


 呪いのアイテムを身につけたことでおかしくなる……ゲームや漫画でよくある展開だ。

 そんなことを思い出した悠は、一つ、付け加える。


「呪われたアイテムなんかを装備していないか、調べられないか?」

「は、はい……大丈夫です。その、ちょっと待ってくださいね……サーチ・エンチャント」


 フィニーが魔法を唱えて、アレクセイの体が淡い光に包まれた。

 対象の状態やステータスなどを調べることができる初級魔法だ。


 ほどなくして光が消える。

 フィニーは……険しい顔をしていた。


「どうだった?」

「あの、その……呪いのアイテムの反応がありました」

「どこだ? 武器か? それとも防具か?」

「防具……でしょうか? アレクセイさんの胸元に反応が……」


 鎧を調べてみるが、至って普通の鎧だ。呪われている要素が見つからない。

 ならば、服だろうか?

 鎧を脱がせて衣服を確認するが、やはり変わったところはない。


 そうなると……?


 悠は、アレクセイの剣の破片を拾い、それで服を切る。


「ゆ、悠さん、何を……こ、こんなところで不潔です」

「フィニーの思考回路の方が不潔だろうが。お前、本当は腐女神なのか?」

「ち、ちちち、違いますよぉ……っていうか、また新しい不名誉な称号が……」


 余計なことを知ってしまったかもしれない。

 悠は心の中の駄女神情報に、『腐っている可能性アリ』と記録してから、作業を再開する。


 服を切り、アレクセイの胸元があらわになる。

 そこに……指先くらいの黒い宝玉が埋め込まれていた。


「ビンゴ、だな」


 人の悪意を束ねて結晶化したような……

 見ているだけで、恐怖に体が震えてしまいそうだ。

 宝玉はどこまでも暗く輝いていた。


「……取るぞ」


 宝玉を摘み、力を込めて引き抜いた。


 意外というか、アッサリと宝玉は取れた。

 しかし、もう役目は終えたというように、肉体から離れた瞬間、塵になって消えてしまう。


「今のに見覚えは?」

「な、なんでしょう……? 初めて見ますが……もしかしたら、『黒の核』かもしれません」

「なんだ、それは?」

「転生者の魔力が欲望と結びついて、肥大化したもの……なんていうか、呪いのようなものです。過去に散っていった転生者の恨み、憎しみが集まってできたもので……災害、いえ、災厄のようなものでしょうか」

「そんなものがあるなんて……」

「『黒の核』が、原因だったんですね……アレクセイさんは、悪くなかったんですね……よ、よかったです……本当によかったです……」

「よかったな、信じて」

「はい……!」




――――――――――




 ……それから、悠とフィニーは後始末をした。


 アレクセイの能力と記憶を没収して、治療を施した上で、ストーリアに移送した。

 町の人々の記憶を操作して、アレクセイが街を破壊したという記憶は消しておいたので、問題はないだろう。

 強いて挙げるなら、アレクセイはここ数日の記憶喪失に混乱するだろうが、それは仕方ない問題と諦めてほしい。


 本来なら、アレクセイのように、やりすぎた暴走車は処分することになっていた。

 しかし、呪われていたことが原因なら本人に罪はない。

 なので、処分はしないで、経過観察をするこということになったのだ。


 こうして、ひとまずは事件は収束した。




――――――――――




 あちこちに手を回して、記憶を改ざんして、後始末をして……

 全部が終わった頃には夜になっていた。


「はふぅ……つ、疲れました……早く帰りましょう……お風呂、お風呂に入りたいです……」

「……なぁ、フィニー」

「は、はい、なんですか?」


 悠は、さきほどからずっと考えていたことを口にする。


「昔、フィニーがやらかした失敗っていうの、黒の核が関わってるんじゃないか?」

「え……?」

「俺は、当時を見てきたわけじゃないから、推測でしか話せないが……話を聞く限り、今回と状況が似てるだろ。昔の暴走っていうのも、黒の核のせいじゃないか?」

「えと、その……そ、それは、どうなんでしょう……? 当時のことは、焦っていたせいか、よく覚えていなくて……」

「それは……」

「……やっぱり、私のせいですよ」


 悠の言葉を遮るように、フィニーはうつむきながらそう言った。

 どんな顔をしているのか見えない。


「呪いが原因であれ、なんであれ、わ、私にもっと力があれば……もっともっと、考えることができたら……その……そうすれば、あんな失敗をすることはなかったし、今回の事件も起きなかったと思うんです」

「そうやって、また全部自分のせいにするつもりか?」

「これは、その……事実、ですから。私は、この『太陽の世界』を管理する女神です。全ての物事において責任があります」


 そう言われたら、それ以上、かばうようなことは言えなかった。


 思わず、悠は黙ってしまうが……

 ただ、フィニーは言葉を続ける。


 顔を上げて……

 ハッキリと前を見据えながら、絶望ではなく強い決意を瞳に宿して、語る。


「わ、私の責任ですから……だから、ここで終わりにしません。どうして、こんなことになったのか……必ず原因を突き止めてみせます。そ、そして、責任を果たしてみせます」


 ぽかんと、思わず悠は目を丸くした。

 いつもおどおどしていて、自信がまったく持てなかったフィニーが、こんなことを言うようになるなんて……


 フィニーの心は、確かに強くなっていた。


「……そうだな、責任は果たさないとな」


 フィニーの成長が自分のことのようにうれしい。

 今になってようやく気がついたけれど、どうやら自分は、この女神に色々な期待を寄せているみたいだ。


 悠は笑みを浮かべた。


「えっと、その……ど、どうして笑っているんですか? 私、今、すごく良いことを言ったと思うんですけど……」

「まあ、否定はしないが、そういうことを自分で言うようじゃダメだな」

「で、でもでも、悠さんは褒めてくれないような……いつも、意地悪ですし……」

「よくやったな」

「え……?」

「今回、フィニーはよくやったよ。俺が諦めたアレクセイの命を救った。理不尽に負けず、立ち向かう決意をした。責任を果たすと宣言した。立派な女神だ……それでこそ、だ」

「え、えとえと、あの、あわわわ……」


 途端に、フィニーは赤くなって、挙動不審に陥る。

 褒められたら褒められたらで、落ち着かないものがあるらしい。


 どうしろと?


 悠は心の中で苦笑した。


「ゆ、悠さんが褒めてくれるなんて……あわわわ、明日は雨なんでしょうか? い、いえ、それよりももっとひどいことが……せ、世界の終わり!?」

「ほう……そこまで言うからには、覚悟してるんだろうな? それとも、自虐願望があるのか?」

「き、聞こえてました……?」

「バッチリとな」

「えっと、今のは、なんていうか、その……えへっ♪」

「笑ってごまかされるわけないだろうがこのどあほうっ!」

「ぴゃあああああっ!?!?!?」


 悠の怒声とフィニーの悲鳴が響く。



 とりあえず……今は、世界は平和になった。

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