表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

24話 心・4

「……こ、殺す……?」

「ああ、殺す」


 顔を青くするフィニーは、悠は至って冷静に告げた。


 ……冷静を装っていた。


 いくらなんでも、悠は人を殺した経験なんてない。

 アレクセイが無茶苦茶な相手であれ、殺すつもりもなかった。

 『人を殺してはいけない』という道徳もあるが……それ以上に、『人殺しになる』という恐怖があった。


 同じ人間を殺す。

 最大の禁忌だ。

 これ以上ないほどに恐ろしい。


 しかし……このままアレクセイを放置するわけにはいかない。

 理不尽な暴力を止めなければいけない。


 何よりも、フィニーが傷つくことは、断じて防がなければいけない。


 その想いが、悠に決断をさせた。


「少し本気を出したらアレだ」


 悠の視線の先に、苦痛に悶えるアレクセイの姿があった。


「全力を出したらどうなるか……わかるだろ?」

「そ、そんな……じゃあじゃあ、殺さない程度に手加減を……」

「無理だ。今の俺は、そこまで器用なことはできない」


 殺さない程度に手加減したら、アレクセイを倒すことはできない。

 かといって、アレクセイを倒せるくらいに力を解放したら、殺さずにいられる自信はない。


 なら、どうするか?

 答えは一つだ。


「フィニーは下がってろ。俺が片をつける」

「……です……」

「なんだって?」

「だ……ダメ、ですっ……そ、そんなこと、ダメです!」


 フィニーは震えながらも、悠の目を見て言い切った。

 思わぬ反応に、悠は足を止めてしまう。

 その間に、フィニーは己の想いをぶつける。


「アレクセイさんがこうなるなんて、何か事情があるはずです……本当は、と、とても優しい人なんです……それなのに、その、殺してしまうなんて……ダメですよ、絶対にダメですっ」

「なら、どうする? 返り討ちにされるのか? それとも、ヤツを逃がすのか?」


 選択肢は三つだ。

 アレクセイを殺すか、逃がすか、返り討ちにされるか。


 しかし……フィニーは、四つ目の選択肢を掴み取る。


「わ、私が……やりますっ。私がアレクセイさんを無力化します!」

「本気か?」

「は、はいっ……できますっ、やってみせますっ。だ、だから……!」

「……わかった。任せる」

「い、いいんですか?」

「俺は、フィニーの使徒だからな。主の言うことには従うさ」

「い、いつもは全然言うことを聞いてくれないような……」

「5分、時間を稼ぐ。その間になんとかしろ」


 フィニーのツッコミは無視して、悠は駆けた。

 体勢を立て直したアレクセイと、再度、戦闘に突入する。

 再び力を抑えているのだろう。

 少しずつ悠は押され、防戦一方になる。

 しかし、決定的な一打を与えることはない。


 5分。


 悠が言ったその時間の間に、なんとかしなければいけない。


 まずは、フィニーは深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

 手の平をアレクセイに向けて、意識を集中する。

 自分の心の奥底に潜り込むような、そんな感覚。

 体の隅々まで魔力が行き渡り、全身が熱くなっていく。


「いきますっ」


 フィニーは魔法の詠唱を開始した。

 歌うように力ある言葉を紡ぎ、魔力を練り上げていく。


「くそっ」


 フィニーの詠唱を耳にして、アレクセイの顔色が変わる。

 ターゲットを悠からフィニーに切り替えようとするが、悠が立ちはだかる。


「行かせると思うか?」

「どいてくれませんかっ、邪魔なんですよっ! どけよっ、どけどけどけぇえええええっ!!!!!」


 アレクセイから余裕が消える。

 それだけ、フィニーが唱えている魔法を脅威に感じている、ということだ。


 やればできるじゃないか。

 そのままやってしまえ。


 悠は心の中でニヤリと笑いながら、アレクセイの足止めを務める。


「い、いきますっ」


 そして、魔法の詠唱が完了した。


 女神と使徒の絆とでも言うべきか。

 フィニーの攻撃の意思を感じ取った悠は、巻き込まれないように離脱する。


「ディストリオン・スマッシャー!!!!!」


 上級魔法を超える、人では決して扱えない魔法……超級魔法が炸裂した。


 光の奔流がアレクセイを飲み込み、その体をズタズタに切り裂く。


 フィニーの放った魔法は、空間そのものを捻じ曲げて、問答無用で対象を殲滅するというものだ。

 いかに頑丈な肉体があろうと、空間を捻じ曲げられては、抗う術はない。

 アレクセイは濁流の中で翻弄される虫のように、圧倒的な力に負けて、みるみるうちにボロボロになっていく。


 それでも、荒れ狂う光の獣は止まらない。

 アレクセイに牙を突き立てて、何度も何度もその体を食い破り……

 そして、トドメの一撃とばかりに、光が収束して、爆発した。


「……ふぅ」


 フィニーは小さく吐息をこぼした。

 先を見る。


 爆撃でも受けたように、大地がめくれ上がり、滅茶苦茶に荒れ果てていた。

 その中央に、アレクセイが倒れている。

 剣は折れて、鎧は砕けて、あちこちから血を流して、見るも無残な姿になっていた。


 退避していた悠は、アレクセイの元に歩み寄り、状態を確認する。


「こんな状態で生きてるなんて、しぶといというか、悪運が強いというか……いや、フィニーがすごいと、素直に賞賛するべきか」


 アレクセイは生きていた。

 時折、うめき声をこぼしながら、手足の先をわずかに動かしている。

 致命傷ではないが、戦うことは元より、立つことすらできないだろう。


「これ、狙ってやったのか?」

「は、はい……その、かなり手加減しました。本来は、く、空間を捻じ曲げて……最後に圧縮、自壊させることで、対象を分子分解する完全殲滅魔法なので……」

「お前、恐ろしい魔法を使うな……本当は殺す気だったんじゃないか?」

「ち、違いますよぉ……その、空間を捻じ曲げるだけにしておけば、アレクセイさんなら耐えられると思って、途中でやめたんですから……」

「こんな強力な魔法があるなら、最初から使っておけばよかったんじゃないか?」

「そ、それは、その……まだ、完全に習得したわけじゃないので……う、うまく手加減できるか、わからないところがあって……う、運が良かったです……」

「違うさ」


 フィニーの元に歩み寄り、その頭に手を置いた。


「アレクセイを助けたかったんだろ? そのためにがんばったんだろ?」

「は、はい……」

「俺と違って、フィニーは最後まで諦めようとしなかった。アイツを助けようとした。その判断と意思の強さが決めてになったんだよ。運は関係ない。これは、フィニーが自分の力で勝ち取った結末だ。誇っていいと思うぞ」

「あ……ありがとう、ございます……」


 フィニーはうれしそうに笑った。

 長いトンネルを抜けた後のような、晴れ晴れとしたもので……

 フィニーの心を表現したような、とても気持ちのいい笑顔だった


「で、でも、その……悠さんに褒められると、落ち着きません……」

「なんだ? 照れてるのか?」

「い、いえ……悪いことの前触れのような……あるいは、持ち上げて落とすといいますか……その、後でひどいことをされるんじゃないかと……」

「そういう余計なことを言わない方がいいって、いい加減学ぼうな?」

「いひゃいいひゃいいひゃいですぅ!?」


 フィニーの頬をぐいぐいと上下左右に引っ張り、情けない悲鳴が響くのだった。

気に入って頂けたら、評価やブクマで応援をいただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ