23話 心・3
先手必勝。
悠は大地を蹴り、アレクセイに突っ込んだ。
ただの突進だが、使徒の力で身体能力が大きく上昇しているため、並の人間ではありえないほどの威力を持つ。
トラックが突っ込むような衝撃がアレクセイを襲うが……
「あれ? こんなものですか」
悠の突進を、アレクセイは片手で受け止めてみせた。
そのまま地面に叩きつけられる。
「ぐっ!!!?」
鈍い衝撃が悠の体の中を走り抜けた。
骨がきしみ、悲鳴をあげる。
ありえない。
力だけで言うならば、悠と同等……いや、それ以上だった。
「あはははははっ、驚いていますね。おもしろいですよ、その顔。もっと見せてください、僕に見せてくださいよ、さあさあさあっ!」
「調子に……乗るなボケっ!」
地面に両手をつけて、体を起こすようにしながら、アレクセイの顎を蹴り上げた。
ゴッ!!!
巨人の手で弾かれたように、アレクセイの顔が上を向く。
……しかし、それだけだ。
すぐに体勢を立て直して、悠の脇腹に向けて剣を振る。
「このっ!」
悠はアレクセイを蹴り、その反動で剣を避けた。
そのまま距離を取り……
「ショックウェーブ・ディスパルサー!」
悠が離れたところで、フィニーの魔法が炸裂した。
空気が振動して、不可視の衝撃波がアレクセイを飲み込む。
致死性はないものの、極めて威力の高い上級魔法だ。
普通の人間なら、一撃で動けなくなるはずなのだけど……
「さすが女神さま、このような強力な魔法を使うなんて。ですが、僕には効きませんよ」
「う、うそです……今ので、どうして無事に……」
「呆けるのは後にしろ! くるぞっ」
銃弾のように、爆発的な勢いでアレクセイが飛び込んできた。
一瞬で距離をつめられて、懐に潜り込まれる。
アレクセイは両手で剣の柄を握り、剣閃を放つ。
「くっ! なんだよ、このデタラメな速度は……!?」
使徒の身体能力をもってしても、剣を避けるのが精一杯だ。反撃する間がない。
剣撃の嵐は悠を飲み込もうと、四方八方から迫る。
次第に避けるのが難しくなり、剣先が皮膚を裂いた。
「フィニー! 援護をっ」
「は、はいっ……エア・シールド!」
圧縮された空気の盾がアレクセイの剣を受け止めた。
……が、アレクセイが手に力を入れると、空気の盾を両断してしまう。
「う、うそっ!?」
「無茶苦茶だな……でも、十分だ!」
わずかな間とはいえ、空気の盾が剣を受け止めたことで、反撃のチャンスが生まれた。
悠は集中して、己の体に流れる魔力を操作する。
二度目なので慣れたものだ。
魔力を足に集中させて、アレクセイを蹴り抜く!
ゴガァッッッ!!!!!
アレクセイはオモチャのように吹き飛ばされて、その勢いのまま、地面に激突。大きなクレーターを作る。
今度は魔力を加えた一撃だ。
最初の突撃に比べたら、威力は格段に上昇している。
それだというのに……
「やあ、今のは痛かったですよ。さすが、使徒というべきですか」
アレクセイは余裕の笑みを浮かべて立ち上がる。
「おい、フィニー。あいつ、どうなってるんだ? ステータス、バグってるんじゃないのか?」
「わ、私にもどうしてなのか……いくらなんても、使徒の攻撃を防げるなんて……」
「……あいつの能力のせいかもな」
「え? で、でも、アレクセイさんの『ストレングス』は、身体能力を強化するものですが、し、使徒に匹敵するほどじゃあ……」
「他に考えられないだろ。なんかあって、能力が底上げされた、って考えるべきだ」
「そ、そんな……あわわわ、ど、どうしましょう……?」
「お前、戦いを挑んで後悔した、とか思ってないだろうな?」
「…………………………お、思ってませんよ?」
「あとでおしおきな」
「ぴゃあっ!?」
「とりあえず、もう少し様子を見る。援護しろ」
言って、悠は再びアレクセイの距離に踏み込んだ。
魔法を使えないので、肉弾戦に頼るしかないのだ。
こんなことなら、アリア辺りから攻撃魔法を教えてもらっておけばよかった。
後悔しつつ、拳や蹴りを打ち込んでいく。
「さきほどよりも速い! 侮れませんねっ」
「そう言いながら笑ってるぞっ、おい!」
悠の拳撃と蹴撃に、アレクセイが剣で応える。
「さあ、僕も本気でいきますよ!」
速度がさらに上がる。
剣が閃いたと思うと、すぐ目の前に切っ先が迫っていた。
かろうじて避けるが、再び剣閃が迫る。
無茶苦茶な速度だ。
悠でなければ、何が起きたかわからないうちに絶命している。
とはいえ、悠も余裕があるわけじゃない。
剣撃の合間に攻撃を加えることで、アレクセイのペースを乱して、なんとか避けることに成功している。
「しぶといですねっ……いい加減、死んでくれませんか!? ねぇ、早く死んでくださいよっ、うっとうしいんですよっ、ほら! 早く死んで死んで死んで死んで死んで死んでくださいよぉおおおおおっ!!!」
「このっ……お前は○○○かっ!」
「そ、そういうことは言っちゃダメですぅ!?」
「律儀にツッコミを入れてないで、さっさと援護しろ!」
「は、はいっ……ファイア・ランス! ナインロック・シュート!」
フィニーは炎の槍を九本生み出して、同時に操作した。
それぞれが生き物のように宙を踊り、あらゆる角度からアレクセイに迫る。
逃げるスペースはない。タイミングもばっちりだ。
しかし……
「甘いですね」
想像の上をいく速度で、アレクセイは炎の槍で作られた檻を抜け出した。
行き場を失った炎の槍が爆散する。
アレクセイの力は、こちらの想像の上をいっている。
このままでは倒せない。最悪、返り討ちに遭ってしまう。
そのことを悟った悠は、とある覚悟を決めた。
「甘いのはお前だっ」
「なっ……!?」
後ろに跳んだアレクセイを追いかけて、再び魔力を込めて蹴撃を叩き込む。
ガッ!!!!!
アレクセイが吹き飛ぶ。
その距離は、さきほどよりも大きい。
さらに……
「ぐっ……がは!?」
蹴られた腹部を手で抑えて、アレクセイが喀血した。
ダメージが通っている。
どうして?
「あ、あれ……なんで? ど、どうして……?」
「本気を出すことにした」
「ふぇ……? ゆ、悠さん、本気じゃなかったんですか……?」
「ああ。それなりに手を抜いてた」
「ど、どうして……?」
「まだうまくコントロールできないんだよ」
以前、グルタと戦った時に、悠は自分の力の底をある程度把握した。
そして、ゾッとした。
全力を出したらどうなるかわからない。
自分で恐れてしまうほどに、悠が得た力はとんでもないものだった。
だから、手加減をすることにした。
シグフォートと戦った時も、決して全力は出さなかった。
今、自分がコントロールできる範囲の力で……10%くらいの力で常に戦うことにした。そうすれば力の制御をミスすることもないし、事故を起こすこともない。
しかし、もうそんな悠長はことは言っていられない。
アレクセイは、手加減をして倒せる相手ではない。
さきほどの応戦で、悠はハッキリとそのことを悟った。
だから、覚悟を決めた。
「うまくコントロールできないから、力に振り回される可能性もあるが……まあ、すぐに終わらせれば問題ないだろ」
「そ、そうなんですか……よ、良かった……」
「……手加減できないから、殺すことになるけどな」
凍えるように冷たい声で、悠はそう言った。
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