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22話 心・2

 街の人々に話を聞くと、アレクセイが北の平原に向かったという情報を得ることができた。


 平原には何もない。低レベルのモンスターが生息するだけだ。

 しかし、さらにその北に行くと?

 王都がある。


 もしも、アレクセイの次の目標が王都だとしたら?

 想像するだけで目眩がしてしまいそうな、とんでもない被害が出るだろう。


 絶対に止めなければならない。


 決意を固めて、悠とフィニーは魔法で空を飛び、平原に向かった。




――――――――――




 平原を抜けて森に差し掛かろうというところで、アレクセイの姿を捉えた。


 悠とフィニーは飛行魔法を解除して、平原に降り立つ。

 そのまま、アレクセイの背中に声をかけた。


「アレクセイさん!」

「おや?」


 悠とフィニーの姿を認めると、アレクセイは旧来の友人に会ったような、とても親しそうな笑みを浮かべた。


 その毒気のない笑みに、二人は戸惑う。

 このアレクセイが、本当にあの惨状を……?


 情報は確かなものなのに、疑いが出てしまう。


 ひょっとしたら、何かの間違いでは……?

 あるいは、止むに止まれない事情があったとか……?

 希望を抱いたフィニーは、まずはいつものように話しかける。


「あ、あのあのっ、聞きたいことがあるんですが……」

「はい、なんでしょうか?」

「ストーリアが大変なことになっているんですが……その……アレクセイさんは、な、何か知りませんか?」

「それは僕がやったことなので、全部知っていますが?」


 さらりと言われて、フィニーは頭がまっしろになった。


「え? ……え?」

「街を見てきたんですか? それで、僕のところに?」

「そ、そうなんです、けど……あれは……アレクセイさん、が?」

「はい、その通りです」


 にっこりと頷く。

 まるで罪悪感というものを感じない。

 悪党であれ、あそこまでのことをすれば、多少の罪の意識は感じるものだが……


 やはり、何か事情が?


 フィニーはそう考えて、さらに踏み込んでみる。


「ど、どうしてあんなことを? えっと、その、何か事情があるんですよね? 例えば……お、脅されている、とか」

「いえ、脅されなんていませんよ? おかしなことを言いますね」

「え? で、でも……」

「どうして、あんなことをした?」


 フィニーに代わり、悠が問いかける。


 悠は気がついていた。

 アレクセイの笑顔の下に、かすかに歪んだ欲望が渦巻いていることに。


「どうして? うーん、難しい質問ですね。あれは、僕にとって大して意味のない行動で、それを説明するのは……あえて言うのならば、ひまつぶし、でしょうか」

「あれが……暇つぶしだと?」

「近くのモンスターを狩り尽くして、やることがなくなってしまいまして。そこで、ふと思いついたのです。魔物のように、街を壊す、人を襲う……それは楽しいことなのでしょうか? 思いついたら試さずにはいられない質でして」

「……楽しかったか?」

「ええ、とても!」


 アレクセイは子供のように目を輝かせながら、元気よく頷いた。


 狂気を瞳に。

 愉悦を唇に。


 己が異常であることを自覚しないまま、異常を語る。


「今まで魔物しか相手にいていなかったから、冒険者を相手にするのはとても新鮮でしたね。悲鳴が上がるところなんて素敵でした。あと、街を壊すのも楽しいです。なんていうのでしょうか? 海で砂の城を作り、それを一瞬で壊す爽快感……それに近いものがありましたね。あれは病みつきになってしまいそうです」

「そうかそうか。それで……北に向かってるようだが、今度は何を?」

「ストーリアであれほど楽しかったのですから、王都ならもっと楽しめるのではないかと思いまして。即、実行しようと思ったわけですよ」

「そいつは楽しそうだな」

「でしょう? あはっ、あははははは、あははははははははははっ!!!」


 アレクセイは笑う。


 子供のように。

 悪魔のように。


 ただ、哄笑する。


「あ、アレクセイさん……どうして……」


 アレクセイの狂気にあてられて、フィニーは顔を青くしていた。

 恐怖を隠せなくて、体を震わせていた。


 逃げたい。逃げたい。逃げたい。


 今すぐ、この場から立ち去りたい。

 アレクセイに会わなかったことにしたい。

 何もなかったことにしたい。


 純然たる恐怖がフィニーを襲うが……しかし、逃げない。

 足を震わせながらも、アレクセイと真正面から向き合い、決して背中は見せない。


「どうして? どうしてこんなことを? 女神さまも、みなさんと同じことを言うのですか?」

「だ、だって……アレクセイさんは、こんなことできる人じゃあ……!」

「できないというより、知らなかった、という方が正しいですね。こんなに楽しいことがあるなんて知らなかったから、今まで実行しなかった。それだけのことですよ」

「た、楽しいって……そんな……」

「力を力でねじ伏せる……なんてすばらしいんでしょう。あぁ、楽しい……僕は今、とても満ち足りています。ふふふっ、楽しくて楽しくて、笑いが止まりませんよ……楽しい、楽しい、楽しい、楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい……」

「こ、こんなことはいけませんっ……やめてください!」

「……やめないと言ったら?」


 底の知れない瞳がフィニーに向けられた。


 見ているだけで吸い込まれてしまいそうな、そんな錯覚を抱いて……

 思わず、背中が震えてしまう。


「うっさいボケ。わけのわからないことをごたごたぬかしてないで、おとなしく捕まれ」


 場の空気を一刀両断して、悠が言い放つ。


 フィニーは、ぽかんとして……

 アレクセイは、不愉快そうに眉をひそめた。


「気分が良い時に、人の邪魔をしないでくれませんか?」

「アレクセイの邪魔をするのが仕事なんだ、諦めてくれ」

「……あぁ、なんて不愉快な人なんでしょう。悠さんが、このような人だったなんて……残念です、遺憾です、痛恨の極みです」


 大げさに頭を振るアレクセイ。

 元々、芝居がかっていたところはあったが、それがどんどん派手になっていく。


 それは、自身の感情を制御できていないようにも見えた。


「残念ならどうするっていうんだ? ほら、聞いてやるから言ってみろ」

「あなた方は、僕にすばらしい力をくれた女神さまとその使徒。いわば、僕の恩人。そんな恩人に手を上げるなんて、許されることではありません……しかし、僕の邪魔をするというのなら仕方ありませんね。全てにおいて、僕が優先されるべきなのです。女神よりも、正義よりも。そう、そうされないといけない。そうされるべきなんですよ」

「回りくどいことを言ってないで、こう言ったらどうだ? 邪魔だから殴る、ってな」

「ええ、そうしましょうか」


 アレクセイが剣を構えた。


 圧が放たれる。

 ビリビリと大気が震えて……

 質量を持ったように、空気が重くのしかかる。


 アレクセイは転生者ではあるが、神や使徒を相手に威圧するほどの力はない。

 それなのに、悠とフィニーは構え、最大限に警戒をしていた。


 どこでこれほどの力を得たのか?


 疑問が湧くが、考えている時間はない。


「許せません……僕の邪魔をするなんて、断じて許されることではありません」

「知るか。誰もお前に許可なんて求めてない」

「あ、あのあの、悠さん……あ、あまり刺激するようなことは……」

「もう手遅れだ」

「そ、それはわかっているんですが……こ、こういう時のパターンで言うと、怒らせれば怒らせるほど、その、強くなるっていう法則があるような……」

「そうだな、あるな」

「わかっていて挑発していたんですか!?」

「がんばれ、フィニー」

「責任を押しつけられました!?」


 しゃべりながらも、二人はアレクセイから視線を離さない。

 いや、離せない。


 殺意が質量すら伴い、二人に襲いかかる。


「僕の邪魔をしようしたのですから、殺されても文句は言えませんよ? いえ、むしろ、殺されて当然ですね。それ以外の選択肢なんてありません」

「なんだよ、裁判官気取りか」

「裁判官? 僕を人間の枠組みに当てはめないでくれますか。僕が下すのは神罰ですよ……そう、僕は神なのです!」

「は、話がすごい飛躍しました……」

「あああぁ、その神に逆らうなんて、嘆かわしい、愚かしい、疎ましい……」


 血走った目でアレクセイは悠とフィニーを睨みつけた。


 視線だけで人が殺せるならば、二人はすでに何百回と死んでいるだろう。

 それくらいに、悪意に満ちて……そして、狂った目をしていた。


「殺しましょう……僕の邪魔をするのならば、殺しましょう。腕を切り落として、足を潰して、耳をもいで、鼻を削いで……切って潰して切って潰して切って潰して、殺して殺して殺して殺して殺して、魂すら砕き、全てを塵にしてあげましょう。さあさあさあさあさあ、今、殺してさしあげますね? この僕の手で、殺す殺す殺す殺す殺すぅううううううううううぅぅぅっ!!!!!!!」

「ひぅっ!?」

「怯えるな」

「あ……」


 アレクセイの殺気に飲み込まれかけたフィニーだけど、そっと悠に肩を叩かれて、正気を取り戻した。


 ギリギリのところで踏みとどまり、理性を保つ。


「よくわからんが、あんな壊れたバカに負けるな。神さまの恥になるぞ」

「は……はいっ、が、がんばります……! 私は……ま、負けませんっ」

「よし、その意気だ」


 悠とフィニーは、互いをかばうように守るように、横に並び、構えた。


「いくぞ!」

「はいっ」

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