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21話 心・1

 身支度を終えて、教会に移動する。


「今日も、が、がんばりましょうっ」

「……」

「な、なんですか? その、壊れたオモチャを見るような目は?」

「フィニーがやる気を出すなんて……熱でもあるのか?」

「ど、どういう意味ですか!?」

「さてはニセモノだな? 本物は、常にやる気がないぽんこつなんだ」

「言いたい放題ですね!?」


 リスのように頬を膨らませながら、フィニーがぽかぽかと叩いてきた。


「うーっ、うーっ……がんばろう、って気合を入れたのに……悠さん、い、意地悪です」

「悪い悪い。冗談……かもしれない」

「本気かどうかわからない!?」

「今日は視察だよな? がんばろうぜ」

「その、がんばりをくじこうとしたのは誰ですか……」

「チョム・パックラのヤツだな」

「誰ですか!? 謎存在です!」


 いつもと変わらないやりとりが心地いい。

 これなら、今日はきっとうまくいく。



 ……その予感は、外れることになった。




――――――――――




「……なん、ですか……こ、これは……」


 いつものように異世界に転移して、悠とフィニーはストーリアに移動した。


 そこで二人を待ち受けていたのは、戦争でも起きたような、破壊された町並みだった。


 あちこちの建物が崩れ、倒壊している。

 街路樹はなぎ倒されて、あるいは、今も炎上している。

 病院がいっぱいなのか、道の脇に負傷したたくさんの人々が寝ていた。


「災害……いや、戦争か? フィニー、どう思う?」

「……」

「フィニー?」


 再び問いかけるが、返事はない。

 目の前の光景を受け入れられない様子で、呆然としている。


「フィニー!」

「あ……え……?」

「しっかりしろ。ここで呆けててもどうしようもない」

「……そ、そうですね……すみません」

「気持ちはわかる、気にするな。とにかく、何があったのか話を聞こう」


 この場にいる人は、怪我人か手当をしている人だけで、まともに話を聞くことはできなさそうだ。

 人を求めて、街の中心に向かう。


「……全部が全部、ひどい有様ってわけじゃないみたいだな」

「そ、そうですね……そんなに建物も壊れてませんし、怪我人もそんなには……」

「女神さまっ、使徒さまっ」


 呼び止められて振り返ると、見覚えのある顔があった。

 以前、能力を奪われたという、薬師のクレスだ。


「く、クレスさん! 無事だったんですか?」

「はい。俺、ちょうど薬草を採取しに行ってたんで……」

「何があったのか知っていたら、教えてくれないか?」

「街を離れてたから詳しいことはわからないんですけど、なんでも、冒険者が暴れたらしくて……」

「冒険者? まさか、これ全部、その冒険者が一人でやったってことか?」

「らしいです。とんでもない力で、人間離れしていたとか……魔物みたいだ、っていう話もありますよ」


 この世界の人間のスペックは、地球人と大して変わらない。肉体労働に就いている者が多いから、多少、力が強い程度だ。

 冒険者は日頃から鍛えているため、それなりの力は持っている。

 しかし、一人でこんな惨事を引き起こすことはできない。


 となると、答えは一つだ。


「転生者……か」

「そ、そんな……」

「暴れた冒険者の名前ってわかるか?」

「確か……アレクセイ、ですね」


 悠は、異世界に最初に来た時のことを思い出した。

 あの時出会った、穏やかな青年がこんなことを……?


 フィニーも信じられないらしく、目を大きくして驚いている。


「間違いないのか?」

「目撃者が複数いるんで、確かな情報かと」

「そうか……」

「あっ……俺、そろそろ行かないと。薬を届けないといけないんです」

「そっか。悪かったな、引き止めて」

「いえいえ。お役に立てたなら何よりです。では」


 人の良い笑みを浮かべて、クレスは立ち去った。


 残された悠とフィニーは、微妙な顔で互いを見る。


「どう思う?」

「そ、それは……その、あの……し、信じられません。アレクセイさんが主犯なんて……こ、こんなことをする人じゃあ……」


 納得できないという様子で、フィニーは顔を青くした。


 気持ちはわからないでもない。

 あの時出会ったアレクセイという青年は、好青年という言葉がよく似合う男だった。とてもじゃないけれど、こんなことをするなんて思えない。

 もしも真実だとしたら、まるで人が変わってしまったようだ。


「……人が変わる?」


 途中まで考えて、悠は自分に問いかけた。


 どこかで、そんな話を聞いたような気がする。

 昔じゃない、つい最近のことだ。

 そう。あれは確か……


「「転生者の暴走」」


 悠とフィニーの言葉がぴったりと重なった。


「翠の世界、だったか? そこで起きた事件が、ここでも起きたみたいだな」

「そう、ですね……信じられませんけど、ほ、他に可能性はなさそうですし……でも、どうしてこんなことが……?」

「さあな。そんなこと、考えてもわからない。それより、今は……」

「アレクセイさんを止める……ですね」


 原因はわからないけれど、アレクセイ・フルトは暴走した。

 転生時に授かった能力を『悪』に使い、人々を苦しめている。


 アレクセイが転生者である以上、この世界の人では太刀打ちできない。

 自分たちの出番だ。


「アレクセイがどこに向かったか、聞き込みをするぞ。この惨状を見る限り、まだそう遠くには行ってないはずだ」

「……」

「フィニー?」


 その場に縫い付けられたように、フィニーは動かない。

 うつむいて、体を震わせている。


「わ、私が能力を与えて……それで、また、こんなことが起きるなんて……」


 過去を再現するような状況に、トラウマが発症してしまったらしい。

 どうにもこうにも、体が動かないようだ。

 辛そうに、苦しそうに……そして、泣き出しそうにしている。


「フィニー、聞け」


 悠はフィニーの肩に両手を置いて、まっすぐに目を見た。


 フィニーは涙目になりながらも、悠を見返す。


「原因とか責任とか、そういうのは今はいい。今やるべきことは、アレクセイを止めることだ」

「アレクセイさんを……」

「フィニーはどうする? このままアレクセイを放置しておくのか? 止めないのか?」

「わ、私は……」

「がんばる、って言ったよな? なら、がんばってみせろ。前に進め。フィニー、お前ならできるはずだ」

「悠さん……」

「もう一度聞くぞ……どうする?」


 力強い声で問う。


 フィニーの目が……逸れた。

 しかし、悠の手を振り払おうとはしない。


 フィニーは、両手を合わせて、ぎゅうっと握る。

 力を入れて……

 そうすることで、勇気を絞り出すように……


 再び、フィニーの視線が悠に戻る。


「わ、私……やりますっ」


 声を震わせながらも、フィニーは最後まで言い切った。


「な、何が起きているのかわからなくて、怖くて……また失敗してしまうんじゃないかって、そんなことを考えて……だ、ダメダメな私ですけど……で、でもでも、がんばるって決めたんです! そう、誓いましたっ……だから、私は行きます!」


 あふれそうになる涙を、フィニーは手の甲で拭う。

 それから、キュッと唇を結んだ。


 ぽんっと、悠はフィニーの頭に手を置いた。


「良い顔だ。今なら、ちゃんと『女神さま』って呼んでやるよ」

「ふ、普段から呼んでくださいよぉ……」

「それは今後の成果次第だな」


 くすりと、二人同時に笑う。


「じゃあ、行くぞ」

「はいっ」

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